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薬師と悪魔と  作者: 雉虎 悠雨
第二章
18/24

18 予感

 マクリルはすっかり立派な肩書きを持ち、サンチトラ王国の組織の中でも高い地位になっていた。相変わらず一人で仕事をして、グレンの元に帰るくらいで傍目には何も変わっている様子はなかったが、一つ大きく変わったことがあった。


「ドラゴン? グレン以外に? ったく、また面倒臭そうだな」


 口調だ。または性格とも言えなくもない。

 マクリルと頻繁に会話するのはグレンだが、グレン以外にもマクリルに仕事を持ってくるいつもの男だけがその変化を感じていた。そしてドラゴンの話を持ってきたのもまたこの男だった。


「まだ噂の段階なのですが、どうもフォームタ国が我が国をそのドラゴンに襲わせる兆しがあるという話です」


 ファームタ国とはサンチトラ王国の南方に位置する隣国で表面上は友好関係にあるが裏では敵対していると言っても過言ではないような仲だった。

 どちらもかなりの大国だけに安易に攻撃を見せることは無かったのだが、ここにきて何か思うことがあったのか妙な噂が流れるほどには揺らぎがあるのだとマクリルは受け取った。


「ファームタ国かぁ、まあ何かあったら対処するってことで」

「分かりました。情報を集めておきます」


 男が地下の部屋を去っていった扉を眺めながら、グレンはおかしそうに笑い出した。


「なんだよ急に。何が面白かった?」

「いや、あやつもこの部屋にきて雑談するほどには我に慣れたのだなと思うとおかしくてな」

「ああ、そう言われればそっか。慣れってすげーな」

「お前もな」

「なにが?」

「その喋り方にも慣れたものだ。突然使う言葉が変わったときにはついに壊れたかとおもったのだがな」

「仕事上必要な会話は前通りだし、今の喋り方も馴染みはなかったけど違和感はなかったぞ」

「それはお前の感覚だろ。我とあの男には違和感しかなかったと分からぬか」

「そういうもんか? でも何も言わなかったじゃねーか」


 確かにマクリルが変えたその時ははっきり気付いたのに二人ともそのことを指摘しなかった。わずかに目を見開いただけで何事もなかったように振舞っていた。

 だからマクリルは大したことではないのだと思ったのだ。


「それはお前、グレた子どもにあからさまな否定や動揺を見せたりしない方が良いと思うのが親心ではないか」

「オヤゴコロねー。でも何か言われてもやめるつもりなかったから、それで良かったのか。てかグレたわけじゃねーけど」

「同じことよ」


 グレンはにまにまと笑ってマクリルを恥ずかしさで居た堪れなくさせた。

 マクリルが話し言葉を変えたのはいろいろ考えた末の策の一つだった。グレンとの出会いで自我というものを認識してしまったマクリルはそれと同時に自我を拒絶する感情が自分の中にあることに気がついた。

 その拒絶が果たして五歳のときに施された術のせいなのかは探れなかったのだが、とにかく相反する心を平静に保つ手段を探らねばならなかった。結果自分の言葉で喋ってみる方法をとってみる事にしたのだ。

 学校で聞いた事のある言葉をつなげて体に馴染むものを選んだ。

 それも所詮借りてきた言葉ではあったが自分自身の想いがあまりないマクリルにとって何か感情があるように受け取られることが少し楽しかった。

 封じられているだろう自分の心が疼く様な感覚を知らず知らずに追いかけ始めていた。


「それにしても我のほかにも人間に使われる奴がおろうとは驚きだのお」

「さすがに気になるか?」

「真実だとするならばじゃ」

「どうだろうな。ドラゴンなんて噂でしかないからな」

「我を前にしてよく言うものだ」


 そんな笑い話で終わると思っていた二人のもとに真実がやってくるのにそれほど長い時間は掛からなかった。


「フォームタ国は本当にドラゴンを手に入れたようです。近日中にこの国を襲わせるというところまで分かりました」

「あらー、それって結構大ごとなんじゃねーの」

「その通りです。ですからお二人に指令が出ております」

「指令ねー。そのドラゴンを退治しろってだろ。言われなくても分かるけど二人でってグレンは外には出られないのにどうするんだ?」


 ドラゴンを退治しろという話自体にインパクトは無かった二人だったが、グレンと供にというところには違和感があった。グレンはもともと城を守護するためにその存在をつながれているのでそれ以外に力を使うことはあまりない。使うとしても、グレンを封じている六人の力を増幅させるくらいしかない。それにしたって使いこなせる分だけの力など高が知れていた。

 それをわざわざ二人でと言ってくることにどんな理由があるのか、その答えは驚くべきものだった。


「出しても良いそうです」


 二人は心底驚いた。

 男のあまりにあっさりした態度が余計それを助長させた。


「それは議会の決定か?! そういう報告はもっと仰々しくするもんじゃないのか?」

「今それどころではないほどこの国は動揺しているのですよ。ドラゴン襲来の話はもう市民にも知れ渡ってしまっています。そのパニックを治めるどころか、大臣の中にはすでに市民達と同じく国外に逃亡している者までおります。ドラゴン襲来を止める手立てを探るどころか、フォームタ国との対話も成り立たないような状況で、さらにこの期に乗じて他の国からも戦火の気配があるとまで報告がきている始末です」

「国王は切羽詰っちゃたんだな」

「はい、退位されまして先ほど第一王子が継承させたところです」

「は? 退位ってことは崩御したわけじゃないんだな。さすがにそれは無責任じゃないか」

「ですからこの国は今不安定どころの話ではないということです」

「お前のその落ち着きはどういうことなんだよ」

「腹を括ったと言うのが正しいかと思います。この地下だけが唯一穏やかな雰囲気をしておりまして、外はまさに地獄と化しております。誰も冷静でなく、顔には絶望や焦りが表れていてまともに会話ができる者などおりません。しかしお二人は違われました。ドラゴン襲来の話に顔色一つ変えられません。ですからお二人がどうにかしてどうにもならなかった時はこの国が滅ぶときだと腹を括ったのです」

「……なんかお前も冷静じゃないということがよく分かったよ」


 翌日、続報が入った。

 マクリルとグレンはこれといって何の準備もするつもりはなかったが数日後と聞いていたものが早くもやってきた形となっていた。

 しかしドラゴンに襲われているのはサンチトラ王国内のどこでもなくフォームタ国の都市だった。

 どこから連れてこられたのか分からないが、フォームタ国の誰かが手なずけているだろうはずが、フォームタ国内でも火を噴き大風を起こし目に付いたものは片っ端から壊してサンチトラ王国に向かってきているらしい。

 つまりは誰も制御し切れてないということで、ドラゴンの使役者をなんとかすれば襲撃が止まるという話でもなくなっているということだ。

 マクリルとグレンがそのドラゴンをどうにかできなかったら、サンチトラ王国どころか世界中が危険に晒されるということになる。


「無茶するなー。ドラゴンなんかに手を出すから」

「だから我を前にしてお前が言うな」


 マクリルに来る仕事もなくなっており、ずっと地下に篭もっている二人には世界の状態は伝えられる分しか把握していなかったが、惨状は十分イメージしていた。

 グレンはもちろん自身も竜であるため同胞が暴れればどうなるか分かるというもので、マクリルも子供の頃の修行の一環で世界の歴史を様々な方法で見せられていた。その中に竜の情報もあったことから暴走が如何なるものか知っていた。

 そしてなりより毎日のように地下室へ訪ねてくる男のことを信頼していた、だから外に出て現実を確かめたり、過剰に反応したりせず、言葉のままに受け入れて必要最低限の心構えだけをすれば良かった。

 それでも足りないと思われる情報は幻術の小ネズミに集めさせたし、マクリルが常備している道具だけは欠かさないようにしていた。

 一方の暴走竜は勢いを変えることなくフォームタ国を破壊しながら着実にサンチトラ王国に向かってきていた。

 手に負えないと判断したフォームタ国政府は一国も早くサンチトラ王国に竜を追いやろうとし、対するサンチトラ王国では国内に侵入させまいと軍を配置していた。

 サンチトラ王国は領地のほぼ中心に王都があるので、その王城内地下にいるグレンはそこから遠くはなれることはできない。

 グレンを縛る術は王城の庭に出るだけでも精一杯に掛けられている。それだけでも術を相当歪めているし、それができるのもマクリルが7人中2人分の負担を担っているおかげとも言えた。

 王城の地下の空間に縛っているものを、一時的にマクリルを拠り所として縛り変えることでグレンは久しぶりに外気に触れ、空を見上げることとなった。


「久々の外の空気はどうよ?」


 寄り添うマクリルを一瞬だけ見下ろしグレンは再び空に目を向けた。

 返事も無く空を見続けるグレンにマクリルは静かに問うた。


「このまま逃げるか?」

「そんなことをして我もお前もただではすまないだろ」

「まあな」


 何十年ぶりに見る空は青空の中に重たい灰色の雲を幾つも浮かべ、キツイ日差しを時より遮らせながら勢いよく模様を変化させていた。


「嫌な天気だな。風も強い。こういうときは何か起こる」

「ヤツが来るのはもう少し先だとあの男が言っておったではないか」

「それもどうだかな」


 そしてそれはすぐさま立証された。


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