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 1章ー2 ピンチと境遇

今回は少し長いです!

 突如足場を失った身体はなす術なく、宙に投げ出された。目下に広がるのは青々とした葉が生い茂る森。俺は転生と同時に死ぬのか? 上を見上げてみるが俺が落とされた穴は消えて、虚空となっている。落下していく中で全身にこれまでにないほどの風圧を浴びる。どうすればいいんだよ! ついさっき最弱だと告げられたばっかの俺にはこの状況を打破する方法は思いつかないのですが!? 

 そうだ、エイルさまなら。そう思って目を向けてみるが彼女もまた俺と同じような状況、つまりただ落下しているのみであった。違う点としてはスカートを抑えていることぐらい。邪な気持ちは決してないがついスカートを抑えるその手に凝視してしまう。いや、そんなことより!


「エイルさま! 何とかできないんですか!?」


 見習いとはいえ、女神さまなら何とかできるんじゃないか。俺の呼び声をきいて顔を向けてくれたエイルさまは、俺の願いも空しく首を横に振った。いくら女神さまでも人間の住む世界ではできることが限られているのかもしれない。え、じゃあこのまま落ちるのか? 手足を振り回してみるがもちろん推進力も滞空時間も生まれそうにはない。

 再び下を見てみるが地面がさっきより近づいているだけだ。ひとつ望みがあるとするなら俺たちの落下するであろう地点は湖だということだ。いきなり宙に投げ出されたことへの補正か、風圧による身体への影響は抑えられているようだが、落下時の衝撃がないとは言い切れない。

 だったらせめてその衝撃をくらうのは俺だけでいい。今の女神さまは非力に等しいだだの少女だ。そんな彼女が負傷するぐらいなら俺だけで。あの時と同じような思いはしたくないから。高くはないけど一応ある俺の防御力を信じよう。迷いは無理やり消し去り、覚悟を決める。


「エイルさま手を!」


 俺は手を伸ばす。俺の必死な表情から意図を察してくれたのか、恥ずかしそうにしながらもスカートを抑えていた片手を伸ばしてくれる。エイルさまの伸ばしてくれた手はあと少しのところで届かない。……あと少し。もう少しで。届きそうで届かない手がとてつもなくもどかしい。そうしている間にも着実に近づいてきている湖。届いてくれ……! 願いが届いたのか将又はたまた偶然のことか、突如吹いた風が俺の体を押しエイルさまの手に届いた。

 そのままエイルさまの手を伝って柔らかな身体を手繰り寄せ、俺より小さなその身体を包み込むように抱きしめる。間近だからエイルさまの息遣いや鼓動が聞こえてくるがそんなことを気にしている余裕はない。

 …..十メートル、九、八……四、三、二。目と鼻の先となった湖にエイルさまを前に抱え、背中から盛大にダイブした。

「いっ……て……」


 補正なのか防御力が役に立ったのかはわからないが、どうやら致命傷には至らずに済んだようだ。多少痛みはあるが、全身がびしょ濡れになっただけで済んだからよかった。背と足で感じる感覚から、底は相当浅いようだ。そうだエイルさまはと目を開ける。

 すると俺の上にまたがる姿を確認する。よかった、見たところ外傷はなさそうだ。ふとエイルさまと目が合う。その危機を脱した後の安堵した表情をみて俺もほっと息をつく。

 だんだんと下がっていく視線とともに俺の思考は通常に戻っていき、さっと目を背くことを余儀なくされる。俺の視線の移動に気付いたエイルさまは自分の身体を見下ろすと、見る見るうちに顔を紅潮させていき、声にならない悲鳴をあげてうずくまった。


「す、すみません!!」


 俺は急いで背を向けた。そう、湖に落ちた俺の全身が濡れていたように、エイルさまもまた全身を濡らしていたのだ。なによりも気になったことが一つ。


(もしかして、エイルさまは下着を身に着けていない……?)


 水で張り付いた服越しに見えた肢体は直接見えた気がした。巨乳ではないにしろ程よい大きさの胸が見えたような……。そういえば抱いていたときの柔らかい感触は。


「くしゅっ!」


 エイルさまの可愛らしいくしゃみではっと我に返る。まだ水の中であったことを思い出す。俺もそろそろ寒気を感じてきた頃合いだ。このままでは風邪をひいてしまう。幸い岸までは遠くない。


「エイルさまひとまず岸に上がりましょう。……俺は振り向きませんから!」


 付け加えるように言って俺は岸に向かって歩き出す。少しして後ろから水の中を歩む音が聞こえてくる。決して後ろは振り向かない!

 そうして近くの幹の大きな木に寄りかかるようにして座る。もちろんエイルさまのことは見ないように湖側とは反対のほうにだ。ほどなくしてエイルさまが腰を下ろす気配がした。なんとも気まずい空気が流れる。

 さてどうしてものか。ふと空を見上げれば太陽が落ちかかっており、夕刻を示すように空は橙色に染まってきている。頬を撫でる風は優しくとも濡れた身体には鞭のように鋭い寒さに感じられる。あの湖の水温は存外低かったようだ。ヒーターや暖炉なんてないこの状況下ではとてもきついものだ。強いて火ぐらい起こすことができれば暖をとれるのにな。

 遠くから何か鳥のようなものの鳴き声が聞こえてくる。木々の上を走るリスのような生物の親子を見ることもできる。

 そうこうしているうちにすっかりと日は落ちきっていた。星々も次々と姿を現してくる。星座の見られ方があちらと同じなら、季節的には早春あたりか。厳しくはないが夜風は少し肌寒い。幹越しにチラッとエイルさまを見てみると寒さを凌ぐように身を縮こませている。かくいう俺も同じようなのだが。

 どうにかして火を起こせないだろうか。両手を前に突き出し虚空に向かって念を込める。火よ起きろ、火よ起きろー。道理ではこんなことで火が起こるはずもないのだが、なんたってここは異世界だ。何か奇跡が起こってくれるんじゃないかという淡い期待を抱きながら続ける。

 ……一向に変化は見られない。あと少ししてなにも起こらなかったらおとなしく朝を待とう。そしてありったけの熱意を込める。中にはこんなところに落とした女神さまへの非難もあった。だが罰が当たりそうな気がしたのでそれはやめることにする。


「やっぱ無理か」


 とうとう変化は起こらず諦めかけたその時俺の手を柔らかい感触が包んだ。顔をあげるとエイルさまがそこにいた。暗いため姿はよく見えないが、冷たい掌が彼女の身体は冷え切っていることを教えている。でもその芯は温かく感じた。そのまま二人で三度みたび念じる。すると、


「! エイルさま火が!」


 小さいながらも確かに灯る火が現れた。エイルさまは「わぁ……!」と驚きと嬉しさの混ざった感嘆の声をあげている。俺はこうしてはいられないと急いで立ち上がり、近くの木や茂みへよって素早く戻ってくる。俺の手には何本かの枝。俺は火が消えてしまう前に薪とすべく材料を取ってきた。それを一本ずつ入れていく。そして二人が暖を取るには十分な火の大きさになる。

 俺は火を挟んだエイルさまの反対側に座り、火を囲むように暖まる。熱すぎず、ぬるすぎない程よい温度の火。こんなに温かいものに充てられたのは久しぶりだ。それも俺がだいぶ幼いころ以来。わずかに郷愁を覚える。

 火で暖かくはなったが、場の沈黙は続いていた。エイルさまの服は乾いているようなので視線を向ける分には問題はないはずだけど。

 これからいつまでかはわからないけど、しばらくは一緒に冒険していくだろうしなるべく早く仲良くなりたい。


「「あの!」」

「え?」 「あ」


 俺が話しかけようとしたのに合わせてエイルさまも話しかけてきたので言葉が重なってしまう。


「シロガネさまお先に」 「いえ、エイルさまこそ」


 互いに譲り合う状況。再び沈黙が生まれるがほどなくして沈黙は破られた。


「あの、助けていただきありがとうございました。わたしを庇って下敷きになってくださったのですよね?」

「そんな、当たり前のことをしたまでです」

「ありがとうございます。濡れてるのを見られたのは少し恥ずかしかったですが、その、カッコよかったです!」


 カッコよかっただなんて面と向かって言われたのは初めてだから正直めっちゃうれしい。しかも相手は美少女だし。女神さまとはいえ、女の子と二人きりというこの状況をつい意識してしまいどぎまぎしてしまう。


「その、わたしのことについて話しておかないといけないことがあるのですけど聞いてもらえますか……?」


 続けて問うてきたエイルさまの声は、恥ずかしいという感情は感じられないが、不安の入り込んだ消え入りそうな声だった。


「聞かせてください」


 本当は話したくないのかもしれない。それでも人見知りのエイルさまが話そうとしてくれているのは、これから話すことがこの先俺と一緒に冒険していくうえで重要なことだからなのではないか。そう思った俺は真剣に答える。


「では。わたしは見習い女神と紹介されたと思います」

「そうでしたね」

「確かに見習いなのですが、普通見習いの女神はシロガネさまの世界でいう学校のような場所でいろいろなことを学ぶのです」

「え、でもエイルさまはここにいますよね? 成績がいいから特別に飛び級したとかですか?」

「……いいえ。逆です」

「逆?」

「成績が悪すぎから、つまり落ちこぼれだからです」

「_______っ!」


 俺はその言葉、『落ちこぼれ』という言葉を聞いて思わず息をのんだ。俺も言われていた言葉だ。


「女神には種類、専門のようなものが各々存在します。例えば、火や水を司る女神、戦の女神などです。周りのみんなには何かしらの適性があったのです。だけどわたしだけは何も……」


  気づいた時には理性で考えるより先に身体が動いていた。


「シ、シロガネさま!?」


 思わず抱きしめてしまっていた。そのまま感情のままに口から言葉が次々と出てきた。


「俺も元の世界ではさんざん『落ちこぼれ』と言われていました。一度失敗しただけだったけど、まわりにとってはそれだけで価値はなかったんです。それまで頑張っていた俺は諦めてしまいました。それからいろいろとあった結果死んでしまったのですが、転生できるって聞いたとき次こそは! と思えたんです。この世界でなら頑張れるかもって。それに拍車をかけたのがエイルさまの『カッコよかった』っていう言葉だったんです。身を挺して助けようとした人から言われるとこんなにも嬉しいだなんてって思ったです。えーと、何が言いたいのかというと」


 いろいろ言った後にやっと理性が追いつく。自分と彼女の境遇に共通点を見出してしまってよくわからないことを口走ってしまったかもしれない。エイルさまを抱いていて腕を解き、手を彼女の肩に乗せる。


「新しい場所ならもう一度やり直せるというか、心の持ちようで何とかなるということです! 精神論みたいで説得力はないかもしれませんが……」

  彼女を元気づけたいと思ったら自然と笑顔になっていた。自分の言葉を振り返ってみると自分らしくないと羞恥心に押しつぶされそうになるが、ここは耐えなくては。


「ありがとうございます。わたしにはもったいないほど素晴らしいお言葉です……! シロガネさまも大変な思いをされていたんですね……」


  エイルさまは流れる涙をぬぐいながら言う。その言葉がいつからため込んでいたのか、ダムを決壊させる決め手となった。気づいたら俺も泣いていた。

 似たような境遇の二人は互いに慰めあい、涙を流した。


「初めに『過去最低ステータスの転生者が現れたから、あまりもののあなたがついていきなさい』って告げられたときは、わたしなんかが役に立てるのか、落ちこぼれのわたしがって思ってました。でもシロガネさまの言葉で元気が出ました! この世界ではわたしも頑張りたいと思います!」


 落ち着きを取り戻したエイルさまは満面の笑みで言った。木々の間から指す月光がそれをなお輝かせる。


「俺たちは幸運なことに二人です。二人で頑張っていきましょう! もう落ちこぼれと言われないように!」

「はい!」


 それからしばらく談笑をした。主には俺の世界のことや昔話、他愛のないものだったが、エイルさまは楽しそうに途中相づちを打ちながら聞いてくれた。そしていろいろあった疲れからか、次第に瞼が重くなっていき俺たちは眠りについた。





ご拝読いただきありがとうございます

書きたいことをつらつらと並べていたらこんな分量になってしまいました(笑)

よかったらブックマーク等よろしくお願いします!

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