一人目、一話
目を覚ますと、木製の狭い部屋の中にいた。何もない。ただ、妙に高さのある部屋で、回りはよく見えないほど暗い。
『おはようございます。松成奏さん』
上から声が聞こえてきた。変声機も使っていないただの声だった。目を凝らすと、天井にスピーカーと空気穴のようなものがあった。
「おい、ここはどこなんだ! どうして俺の名前を知ってるんだ! お前は誰だ! 」
俺は、出せる限りの声を出してスピーカーから聞こえてくる声の主にそう問いかけた。
『…まあ、落ち着いて。私は、そうですね…コウと名乗っておきます。ここは、木箱です。貴方の名前は、半年ほど前から知っておりました』
コウと名乗る者は女のようだ。声は高く、イタズラのような笑みが籠っていた。
「ここから出せ」
俺は落ち着いて言った。落ち着かなければコウの声がさらに笑うのがわかっていたからだ。
『…それはできません』
「は? 何でだよ」
コウが否定し、俺はつい怒りを込めた声で言ってしまった。
『ここから出る方法は一つです。それをクリアしなければ、そこから一生出ることはできません』
よくある脱出ゲームみたいなノリだな。あの空気穴から問題でも降ってくるのか? まあ、ここから出られるのであれば、それでいい。
「早くここから出る方法を言え、大事な仕事が残っているんだよ」
『知ってますよ。大学生時代、可愛がってもらった先輩がたまたま昇進していてその推薦で入った会社で、その先輩企画のお手伝いを今までやってきて、ようやく自分の仕事任せてもらえたんだもんね。もう三十過ぎてるのに。そりゃあ大切だよね』
コウがいきなり馴れ馴れしい話し方になった。印象が一気に幼くなった。
「じゃあ、ここから出せよ」
『だから、それは課題にクリアしたらだってば』
ウザい…。ガキっぽい話し方を一向にやめそうになく、そうとすら思った。
「何をすればいいんだ」
さすがに怒りが隠しきれなくなってきた。それでもできるだけ抑えてたずねた。
『じゃあ、指令を読むよ』
コウがそう言うと、ガサッという紙を広げたような音が聞こえた。
『指令、今から十分以内に死んでください』
「は? 」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。え? 死んでください? 冗談だろ。
『それでは、注意事項を説明します。この箱は…』
「は? 待て待て。え、俺死ぬの? 」
『はい。それが課題になるので』
「え、俺、ここから出られないじゃねぇか」
俺はかなりテンパっていた。ただ、テンパって落ち着きをなくせばなくすほど、コウの声にイタズラがみえた。
『いいから話を聞いて。貴方が死ねれば、死体は遺族に返すよ、課題をクリアするから外に出す。ただ、死ねなければ貴方は海に沈められるね』
「は? わかってんのかガキ、これは犯罪だぞ? 今ならまだ許してやる。だからここから出せ」
コウの理不尽さについに怒りを隠しきれなくなった。だから俺は少し強い口調で言った。
『わかってないのはお前だよ、異常犯罪者』
コウはイタズラ染みた声をやめ、怒りを含んだ、低い声で言った。俺はもちろん、何を言われたかわからなかった。
『まあ、いい。異常犯罪者。注意事項だ。この箱は二×二×五 (メートル)の箱だ。この中には他に何もない。以上。それでは今から十分間。よーい、始め』