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第8話:最強教師は自習をさせる

 学院を出てからずっと走り続けて三時間ほどでイリス平原に到着した。当初の目標だった二時間では辿り着けなかったが、想定外というわけではない。

 A組の生徒ならともかく、成績下位者が集まるE組の生徒では無理なことは初めからわかっていた。


 それでも挑戦させたのは、今の実力を客観視させるためだ。数字は嘘をつかない。一週間後にこの合宿を終えて学院に帰るときには成長を実感できるだろう。それが狙いだ。


 周りには草木と、少し離れた場所に小さな川が流れている以外には、何もない場所だ。合宿をするには安定的に水を確保する必要があるので、川の側をあえて選んだ。

 サンサンと照る太陽に反射して水面が輝いている。素晴らしい景色が地獄の合宿を歓迎してくれている。


「リオン先生」


 疲れている生徒を休憩させていると、後ろからメリナの声が聞こえた。彼女はこの中でも一番の体力がある。イリス平原は危険な魔物が生息するため、先に行かせず全体のペースを合わせるように指示した。だから、この長距離を移動しても平気な顔をしている。


「なんだ?」


「ここに来て言うことでもないと思いますけど……ここで合宿をするって本気ですか?」


「本気だぞ。短期間でA組に確実に勝つにはこの合宿をやるしかない。不安になったか?」


「この平原は手練れの冒険者でも命を落としかねない場所なのは先生もご存知だと思います。……よく学院から許可が下りましたね」


「許可なんかもらってないぞ」


「なっ……! 冗談ですよね!」


 メリナは俺の胸ぐらを掴んでゆさゆさと揺らしてくる。


「落ち着け、ダメとは言われてないから大丈夫だ」


「良いとも言われてないんですよね!? あぁ……今日死ぬかもしれない……」


 メルヴィン魔法学院は魔法のエリート校だ。ここに入学してくるのはほとんどが貴族や金持ちの子供。生まれから今までずっと保護されてきた存在だ。危険な場所など一度も行ったことのない者が大半なのだろう。貴族出身者は教師ですら一度も街の外に出たことがないという者もいる。外の世界を怖がるのも無理はない。


 俺はメリナの頭にポンと手を乗せた。


「安心しろ。ここに連れてきた以上、誰一人として死なせない。俺を誰だと思ってるんだ?」


 メリナの瞳がとろんとして、顔を赤くした。


「わ、わかりました……! 先生がそこまで言うなら信用しますからっ!」


 メリナは早口で捲し立てると、目を合わせずに俺から離れた。

 もしかして嫌われたか?


 ◇


 合宿初日は自習にすることにした。

 成績下位者が下位者であるにのには理由があるはずだ。その理由を探るには、普段の練習を観察して問題点を指摘するのが手っ取り早い。

 毎年何十人も天才が生まれるはずがないのだから、入学時点では生徒間に突出した才能で他を寄せ付けないものなどほとんど存在しない。……もっとも、稀に天才は生まれるのだが。


「先生、どうですか?」


 【風球】の高速連射練習をしていたメリナが、俺を見上げる姿勢で感想を求めてきた。

 彼女の魔法軌道は理想的だった。魔法自体も安定していて、ほとんどムラがない。まるで芸術品だ。教える立場としては手放しで褒めていいものか困ってしまうが、嘘をつく必要もない。俺は感じたままのことを伝えた。


「文句のつけようもないな。【風球】自体を極めるなら、地道に魔力を増やして威力と連射回数を増やすくらいしかないだろう」


「本当ですか!? とっても嬉しいです♪」


 メリナは放っておいても強くなりそうなので大丈夫そうだ。

 課題は実力的に底辺の生徒。ここを底上げできれば結果は大きく変わる。


 俺は一人の女子生徒の名前を思い出した。

 アンナ・ブルクヴィス。彼女は記録によれば、孤児だったらしい。下級貴族に養子として迎えられたという経歴を持つ。


 魔力の総量が低いものの、魔力操作と魔力感受性に優れているということでギリギリの点数で合格している。入試成績は今年の全入学者で最下位だ。


「調子はどうだ?」


「し、しぇんしぇ!」


 蒼髪翠眼の少女は声を掛けると、身体をビクッと揺らした。メリナと同じく同年代の生徒に比べて背丈は低いが、胸の方は平均以上。締まるところはしっかり締まっていて、肉が付くべきべきところにはしっかりと付いている。スタイルは申し分ない。可愛い少女ではあるのだが、どちらかというと綺麗な少女という印象を受けた。


「アンナはみんなと一緒に練習しないのか?」


「私は魔法がぜんぜん出来ないですし……みんなと練習しても迷惑をかけちゃいます。……だから、一歩引いているというか」


「ふむ、じゃあ友達はちゃんといるということか?」


 アンナの目が泳ぎ始める。


「えっと……それはいないですけど」


「ああ、お前もボッチか」


「ボ、ボッチじゃなく……はないですけど、もうみんな仲良しって感じで入っていけないです」


 アンナは足元に目を落とし、暗い表情になった。どうやらメリナと過程は違えど、正確に若干の難がありそうな感じだ。

 競い合える仲間がいると上達は飛躍的に早くなる。ここは少しフォローしておかないとな。


「アンナ、それは間違ってるぞ」


「え?」


「お前は『みんな仲良し』って言ったけどな、他にもボッチはいるぞ」


 俺は一人で自習に励むメリナの方を見た。俺につられてアンナも彼女を見る。


「メ、メリナさんに友達がいないなんて嘘ですよ! 今は一人で練習をしているだけで……学年主席だし、一緒に練習しても迷惑がかかるからみんな空気を読んでるんだと思います」


「それがそうでもないんだがな。お前もボッチなら同類は見ればわかるだろう。アンナが言った通り、あいつも周りに比べて実力がかけ離れている。そのせいでクラスと馴染むきっかけを失って今まで引きずってる」


「……言われてみればそんな雰囲気はあります」


 メリナの後ろは、どこか寂しそうな印象を受ける。それをアンナも感じ取ったようだ。


「担任としては寂しそうな生徒を放っておくってのもちょっと辛くてな。……そこで、アンナの場合はコンプレックスを取り除くのが早いと判断した。ズバリ、お前は何に悩んでる?」


「……魔力量が少ないことです」


 アンナは的確に自分の弱点を理解していた。俺の質問に即答した彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。


「やっぱりそこで悩んでるのか。んー……まずは勘違いを正さないとな」


「勘違いですか……?」


「そうだ。入学試験を突破できた時点で、それほどの差はないというのが事実だ。アンナは魔力操作と魔力感受性が高いんだから、そこを生かせばいい」


「簡単に言いますけど、魔力はすべての魔法に通じるエネルギーです。これが少ないのは魔法師として致命的だと思います……」


「高威力の魔法を撃つには大量の魔力が必要……正論だが、そこで終わってしまうと魔法の進化は止まる

。逆を考えてみろ」


「逆……?」


「魔力が足りないなら、同じ結果を出せるように魔法を最適化してしまえばいい。魔法式の理解が足りない今でもできることはある」


 アンナは食い入るように俺の言葉の続きを待った。

 慎重に言葉を選びながら、次に繋げる言葉を考える。


「アンナの魔法属性は光と闇だったよな?」


「はい」


 光属性と闇属性を両方とも所有者は少ない。それに加え、二属性を扱えること自体も珍しい。俺の他に光と闇を含む複数属性持ちを他に知らないくらいには希少な存在だ。


「光と闇はかなり特殊でな、どちらも自然界のエネルギーを直接魔法に変換することができるんだ。今まで意識していなかったかもしれないが、魔力感受性の高いアンナなら出来るはずだ」


「そ、そんなのどうすれば……」


「まずは目を閉じて、今まで意識してこなかった光の流れをあえて意識してみろ。何かが見えるはずだ」


「やってみます!」


 アンナは言われた通りに目を閉じ、【火球】などと同じE級の属性魔法【光球】を発動する。彼女の【光球】に、サンサンと輝く太陽の光が吸い込まれていくことを確認した。


「いいぞ、その調子だ」


「は、はい!」


 【光球】はどんどん大きくなり、十分な大きさにまで膨れ上がっていた。


「いきますっ!」


 発射された【光球】は猛スピードで風を切り、目の前の大木に激突する。


 ドゴオオォォンッ!


 その威力は十分なものだった。メリナの【風球】と比較してもまったく遜色がないくらいの、完璧な魔法だった。誰にでもできるわけではない。魔力感受性が高く、集めたエネルギーを魔法にそのまま使えるだけの魔力操作の技術がないと再現不可能なものだ。


「わ、私やれました! 本当にありがとうございます!」


 アンナは初めて見る満面の笑みを俺に向けた。


「俺はちょっとアドバイスしただけだ。アンナは最初からそのくらいの実力があっただけのことだよ」


 抱きついてくるアンナの頭を優しく撫でてやる。汗をかいているのか、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 甘い香りを感じると、条件反射なのか、空腹になっていることに気づく。思い返せば、朝から何も食べていないんだ。腹も減って当然である。


 その辺に美味いものでも転がってないかな?

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