第6話:最強教師は改める
メリナを学生寮まで送った後、俺は隣に建てられている教員寮の自室に帰ってきた。
家族がいる者は通いで通勤することもあるが、独り身だと寮に住む者が多い。自由に使える一部屋に加え、キッチン、トイレ、シャワールームが完備されていて、部屋も真新しいという好条件だ。それだけじゃなく、家賃が無料だというのだから、恵まれている。
一年目の教師の給金なんて大した金額ではないが、支出が少ないおかげで助かっている。
俺は部屋に戻って一番、シングルベッドで横になり目を閉じた。
力を持つ者は早死にする。……一年前の一件以来、俺はそう信じている。
――武力には武力でしか対抗できない。己を守るには力が必要だ。話し合いで解決できればいいが、決裂したときに役に立つのは力しかない。……世の中には話が通じないやつはたくさんいるだろう?
ふと、親友が常々話していた言葉が蘇ってくる。孤児院で幼少の頃からともに育ち、一緒に戦場を歩いた。そして、今は亡き親友。彼女の言ったことは確かに正しかった。
悪徳商人に騙されて盗賊に殺されそうになった時に自分の身を守れたのは力があったからだ。でも、俺に戦う力がなければ、あの依頼を受けなかったのかもしれない。
ぐるぐると力の在り方について考えていると、パッとメリナの顔が脳裏に浮かんだ。
彼女はまだまだ未熟ながらも、他人のために力を奮った。下劣な教師の考えを改めるため、言葉による争いでは解決できないと判断して、魔法を使った。俺は彼女が間違っているようには思えない。
レイラルドのような人間に言葉は通じない。力がなければ、正義が負けてしまう。
「大事なのは、力の正しい使い方か」
俺は今日まで、魔法という強大な力に苦しむ者を減らすことばかりを考えていた。弱ければ争いに巻き込まれないと思っていた。だが、現実は違った。
メリナは正義のもとに戦い、地を舐めた。その後メリナを取り戻せたのは、レイラルドを上回る力があったからだ。俺は理想と現実が違うことにすら気づいていなかったらしい。
となれば、やるしかねえか。
「明日、どんな授業すっかな」
◇
翌日、俺はEクラスの教室にて、『魔法式』の授業をすることにした。
黒板に初歩魔法である【火球】の魔法式を書き終えた頃に質問があった。
「先生、質問なんですが」
「どうした? メリナ」
「どうして今さら魔法式なんて勉強するんですか? 魔法を使う上ではこんなもの必要ないのは常識です!」
メリナの主張に、生徒たちは一同にうんうんと頷いていた。
魔法式というのは、魔法の構造を0~9とA~Zの英数字で表したものだ。すべての魔法を魔法式で表すことができるが、一般的には魔法が完成された後に文字を書き起こすので、学ぶ価値はないとされている。彼らが七歳くらいの時に魔法の基礎でサラッと勉強した程度の扱いだ。
「はぁ……これだからロクに魔法を知らないやつは困る」
クラスの空気が殺気立ったのがわかった。
別の生徒が立ちあがり、俺に文句を投げる。
「今になって魔法式の授業をする理由を教えてくださいよ! ……まさか、教科書レベルの授業さえできないからこうやって時間を潰しているんじゃないですよね!?」
まあ、何も知らなければ当然の質問か。……ちょっとばかり実演することにしよう。
ドォォォォンッ!
俺は黒板を素手で殴った。新緑の板は無残にも穴が空き、破片がボロボロと零れ落ちる。
教室中から固唾を飲む音がシンと静まり返り、固唾を飲む音が聞こえた気がした。
「俺は遊びでやっているんじゃない。考えが変わった。俺をお前らを本気で強くしてやる。自衛のための力を授けてやる。……だから、黙って話を聞け。わかったな?」
「わ、わかりました。……続けてください」
文句をつけてきた生徒が座ったことを確認する。
「メリナも座れ。ちゃんと説明してやる」
「は、はい……」
静まり返った空間で、怯えた生徒たちの視線が俺に集中する。黒板を回復魔法で修復し、元通りにする。「おおっ!」っとどよめきが起こった。
「お前らは『魔法式』を今さら学ぶことじゃないって言ってたよな。――そこで質問だ。俺が素手で黒板を破壊できたのはなぜだと思う?」
生徒たちは顔を見合わせ、疑問符を浮かべていた。
「それは、先生が身体を鍛えているからでは?」
どこからか声が聞こえた。
「残念、間違いだ。メルヴィン魔法学院の備品は例外を除き、全て魔法による保護されている。決闘場が破壊できないのもそのせいだ」
「で、では! 魔力保護を上回る攻撃を加えたのでは!?」
「それも違う。魔法を使えばできるが、さすがに素手では無理だな」
「そんな……」
どよめきは更に大きくなっていく。いつの間にか、シンとした空気は過去のものとなっていた。
メリナが手を挙げたので、指名してやる。
「もしかして……それが魔法式の効果ですか!?」
俺はニヤリと笑いを浮かべ、パンッと手を叩いた。
「まあそれが正解だな。この程度のことなら、ちょっと勉強すればお前らでもやれるはずだ。魔法ってのはただ単に火力を上げれば強くなるってもんじゃない。……どうだ? ちょっとは聞く気になったか?」
全員の目が真剣になったことを確認すると、俺はさっき書いた【火球】の魔法式を指した。
「魔法式ってのは0~9の数字と、A~Zのアルファベットの集合でできている。きちんと法則を理解しさえすれば、実は魔法式から実際の魔法を発動させることができる。……それも、普通の起動よりも何倍も速くな」
俺は黒板に羅列した英数字を丸で囲む。
「例えばラストの『1111』を『2222』に書き換えると、球じゃなく正方形になる。……こんな風にな」
俺は【火球】を実演して見せる。
すると本来なら火の球になるはずが、正方形になって出現した。……そして、すぐに消えてしまう。
「【火球】は正方形とは相性が悪い。今度は頭の『0101』を『0202』に書き換えるとどうなるか予測してみろ」
五秒ほど待ってから、実演して見せる。
「正解は、『属性が風に変わる』って感じだな」
「ば、馬鹿なっ! 【火球】と【風球】はまったく別の魔法のはず……!」
「それが固定観念というやつだ。【火球】と【風球】は実際には兄弟みたいなもんだ。ちょっと弄るだけで六大属性の全てに変えることができるぞ。まさに自由自在だ。まあ、もともと持ってる属性以外は大した火力は出ないが……例えばさっき黒板を壊したくらいなら、使い方の問題だな」
俺は【風球】の魔法式に英数字を足したり、引いたりする。原型が残らないくらいまで改変された魔法式を見せた。
「この魔法は俺が作ったオリジナル魔法だ。黒板の属性は土。それに風属性の魔法で攻撃すると、何倍もの威力に膨れ上がることは想像できるよな? この魔法は任意の場所を一定時間風属性に変化させる効果がある。俺は腕を風属性に変化させ、土属性の黒板を殴った。……その結果、粉々になったというわけさ」
種明かしをすれば簡単なことだ。だが、一から法則を見つけ出し、改変することはかなり難しい。
既に体系化された魔法を少し改良するようなものではないため、見よう見まねで会得するのは無理だ。地道に魔法式の理解を深めることでやっと使えるようになる。
とはいえ、これは俺のオリジナル魔法の中でも初歩中の初歩。実在するかどうかもわからない未来の文明――日本という国でプログラマーとして人生を送っていた時に発見したことだ。魔法がない世界に魔法を強くするヒントがあった。段階的に理解を深まれば、更なる高位魔法への道も開ける。
「さて、授業はここからが本番だ。俺は地道な暗記と理解を要求する。用意はいいな?」
昨日徹夜で作ったプリントを全員に配布し、暗記させることから始めた。プリントには英数字と魔法名が羅列してあり、法則を身体で覚えることを目的にしている。
このプリントをやるだけでも、数日で実力を二倍から三倍に伸ばすくらいは容易い。……力をつけたら、ちゃんとコントロールしないとな。