第4話:最強教師は駆け付ける
リオン先生からは「くれぐれも他言しないでくれ」と釘を刺されてしまいました。
私はその後、先生と別れて一人です。もちろん、友達がいないから一人というわけではないので、くれぐれも勘違いしないようにっ!
さて、どうしましょうか。
レイラルド先生のことは他言無用と言われましたが、このまま放っておくつもりはありません。リオン先生が無能だという発言に関しては一考の余地があるような気がしなくもないですが、教師としてあの口汚い言葉の数々は取り消していただきたく思います。
学院寮の前でそんなことを考えていた時でした。
「メリル君じゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
「はっ……」
いつの間にか目の前にレイラルド先生がいました。どうやって見つけ出そうかと頭を捻っていましたが、まさか自分からノコノコやってくるとは予想していませんでした。
でも、私にとっても好都合です。見つける手間が省けました。
「これはこれは、レイラルド先生じゃないですか。私はあなたを探していたんです」
「へえ、僕を探していたのか。それで、どういった要件なんだい? クラスを変えて欲しいなら僕から学院長に直訴して……」
「違います。勘違いしないでください」
笑顔で取り繕っていますが、私はこの男の本性を知っています。ああ、本当に気持ち悪い。
「あなたにはリオン先生に言った口汚い言葉の数々の撤回および謝罪を要求します!」
「な、なんだと……? ……じゃなくて……それはどういうことなのかな、メリナ君?」
レイラルド先生は口角を片方だけ上げ、ヒクヒクさせています。思い当たることがったのでしょう。しかしまだ笑顔は崩しません。
「私聞いちゃったんです。職員室に向かうリオン先生がレイラルド先生から罵倒されるところを」
「……ふん、事実を言ったまでだがね。それがどうかしたのか?」
「あなたはリオン先生の何を知っていてあんな言葉を吐けるんですか! 私はそれを聞きたい」
レイラルド先生は私からそっと目を逸らし、軽く舌打ちしました。
「メリル君も見ていただろうが、あいつは弱い! 昨日のメルヴィン歓迎祭で初めて手合わせしたが、あの程度の実力で教師になろうというのがおこがましいのだよ。どうせコネか何かで入ったんだろうから根性を叩き直してやろうと思って可愛がってやってるんだよ」
眼鏡をクイっと上げて私を睨みます。私は彼の鋭い眼光に背筋が震えました。
「……メリル君があいつを師に選んだのは賄賂を渡されたと思ったんだが、どうやら違うようだ。直接話してわかったよ」
「賄賂なんて貰ってません!」
レイラルド先生は私の耳元で小さく囁きます。
「あの男にたぶらかされたんだろう? 君みたいな年齢の女の子にはよくあることだ。世間を知らないガキは身近な大人の男に惚れる。おおかた歓迎祭の後に誑し込まれたんだろう?」
リオン先生を罵倒していた時と同じ、意地の悪い笑みを私に向けてきました。何かを想像しているのか、舐めるように私の身体を視姦してきます。
「そ、その発言はリオン先生への侮辱であると同時に、私へのハラスメントだと理解しているんですか?」
「ハラスメントだとして、誰が証人になるんだ? 証拠もなしに尊敬すべき存在である教師を悪者にしないでもらいたいものだね」
「……まさか、ここまでのゲスだとは思いませんでした。そちらがその気なら、こちらも考えがあります」
私は左を強く握りしめると同時に、右手の人差し指をレイラルド先生に向けます。人に指を指すのは失礼に当たりますが、レイラルド先生になら失礼には当たりません。
「メリル・マウリエロの名をもって決闘を申し込みます。あなたが負ければリオン先生への侮辱の撤回及び謝罪を要求します」
「グハハ! 生徒が教師に決闘を申し込むだと? 前代未聞じゃないか!」
レイラルド先生は愉快そうに笑った後、しばらく無言になりました。
そして、
「いいだろう受けてやるよ。ただし貴様が二つ要求したように、俺からも二つ要求させてもらう」
「……聞きましょう」
「一つ目は貴様を俺のクラスに転入させる」
予想通りの要求です。レイラルド先生はリオン先生に私のことで難癖をつけていましたから、自分のクラスに引き込みたいという思いはあったのでしょう。
「そして二つ目だが……メリル、お前俺の女になれ」
「……は?」
私は言葉を疑いました。
今まで口論していた相手に交際を要求するなんて信じられません。頭のネジが何本かぶっ飛んでいるんじゃないでしょうか。……いえ、もとより刺さっていないのかもしれませんね。
「どうした? 怖気づいたか! そうだよなぁ? お前には愛しのリオン先生がいるもんなあ! ははっ受けれねえよなあ!」
「それでいいです」
「あ″?」
「その条件で構わないと言っています。……あなたが負けるのは明白なんですからどんな下劣な条件でも構いません」
私の答えを聞くやいなや、レイラルド先生は少量のよだれを垂らして機嫌が良くなりました。
「へっ、物分かりがいいじゃねえか。へへっ、お前が俺のものになるとはな……ぐへへ!」
「……あなたと話している時間が私の人生の中で一番無駄です。早く決闘場に向かいましょう」
◇
決闘は第一決闘場で行うことになりました。
昨日のメルヴィン歓迎祭で使われた、大きなステージです。周りには全校生徒が座れるほど大規模な観客席があります。放課後は自由に使うことができますが、決闘でこの場所を使う者はほとんどいないそうです。
そんな場所で決闘をするということで、観客もいつの間にかたくさん集まっていました。
どうやら決闘ではなく模擬戦をやると噂されているようです。あまり人に見せたいものではありませんが、見たいというなら止めません。このゲス教師に赤っ恥をかかせてやらなくては!
観客の入りが落ち着いたところで決闘が始まりました。観客は二百人……全校生徒の約半分が集まっていました。これはさすがに予想以上です。生徒の代表が審判をしてくれることになりました。
でも、観客が何人いようが私のやることは変わりません!
「一撃で終わらせます」
リオン先生は言っていました。レイラルド先生は決して弱くはないと。絶対に負けられないこの戦い、力を出し惜しみしている場合ではないのです。
【剣製】で魔力の剣を生成し、同時に【風滅】を発動します。リオン先生には歯が立たない魔法でしたが、この程度の男なら一撃で……っ!
「この歳で【風滅】……まさに俺のために生まれてきた女だな」
「はぁぁぁぁああああっっ!」
剣を一閃。
これでレイラルド先生を一撃で戦闘不能にするはずでした。
なのに……。
「な、なんで……」
私の剣は光の粒子となって虚空に消えてしまいます。
レイラルド先生は私の背後を取り、私の首筋に【火斬球】を突き付けていました。
「勝負ありだなぁ? おい、審判!」
呆気に取られた審判は、少しの間硬直していました。レイラルド先生の声で正気を取り戻し、試合終了を宣言します。
「勝者、レイラルド先生!」
その直後、観客席から無数の拍手が飛んできます。何も知らない生徒たちは、私への労いも込めて拍手しているのでしょうね。その想いが、私にとっては本当に重いです。
「お前の【風滅】は確かに強力だった。……だが、俺は火属性の魔法、【火斬球】を使うことができる。風は火に弱い。……俺の使える属性を知らなかったのが敗因だ」
グハハと笑い声を上げ、ガッツポーズをします。
「さて、約束は覚えているな? メリナ、お前は俺の何になるんだ?」
レイラルド先生は私の両肩に手を置き、顔を近づけてきます。……約束は約束です。決闘での約束を反故にすることはできません。けれど、心までは奪わせない。私はレイラルド先生をキッと睨み、言葉を捻り出します。
「わ、私はレイラルド先生の女に――」
と、その時でした。
「まったく、教師が生徒相手に馬鹿げた要求をしたもんだな」
「リオン先生!」
リオン先生も会場にいたのでしょう。まだ二百人の観客がいる中、先生はステージの中心にいる私たちに近づいてきます。
そして、唐突に観客席に向かって叫びました。
「おい観客! 聞け! 今の戦いは練習試合でも模擬戦でもない。決闘だ! そして、レイラルドが要求したのはメリナ自身だ。生徒を手籠めにしようとしていたというわけだ! お前ら、それでいいのか!」
観客からどよめきが起こります。
にわかには信じられないのでしょう。当たり前です。……それにしても、どうしてリオン先生はレイラルド先生の要求を知っているのでしょうか?
「あ、あの――」
「すまないが、メリナとレイラルドの話は全部聞いていた。そういう魔法があるのでな。普段なら放っておく案件だが、今回は事情が違う。メリナは俺のために決闘をした。……なら、放っておくわけにはいかないと思ってな」
「そ、そういうことだったんですねっ!」
私とリオン先生が会話していると、レイラルド先生が不機嫌そうにリオン先生に詰め寄ります。
「ホラ吹いてもらっちゃ困るなぁ? 関係ない奴は消えてくれないかね?」
「いや、俺は当事者の一人なんだがな。……まあいい、それよりいいのか? 観客席ではレイラルド先生がメリナ自身を決闘で奪ったと話題になっているが」
「……何が言いたい?」
「いやなに、レイラルド、俺と決闘しないか? 俺の要求は『メリナの返還』。そっちの要求は俺に『全員の前で謝罪させる』って感じでな」
レイラルドは数秒の間沈黙しました。メリットとデメリット、勝てるか勝てないかを考えているのかもしれません。
「連戦で疲れているが、いいだろう、その決闘を受ける。だが、昨日負けたばかりのお前が俺に勝てるとは思えないがな! グハハハハッ!」