08 デート?のお誘い
それは秋人さんと出会った桜の季節から暑さが厳しくなってきた、初夏を少し過ぎた頃。
私はあの時に、初恋とは実らぬものだと知ったのだった。
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女装喫茶『LaLa』へと綾子と一緒に行くだけではなく、一人でも行くようになっていた私は学校が休みの日にはルンルン気分で喫茶店へと向かっていた。
何回目かに喫茶店に行った時に秋ちゃんに連絡先を教えてもらったのです!そして秋ちゃんがシフトの時に通うようになりました!
どうやら私のようなお客さんもいるみたいで、店員さんと仲良くなってシフトを教えてもらい、目当ての店員さんがいるときに来るお客さんもいるらしい。皆考えることは一緒だね!
女装喫茶『LaLa』へ足しげく通うお客さんは大体が女装観賞が目当てであり、大抵お気に入りの店員さんがいる。私の場合は秋ちゃん。単純にドリンクやケーキが目当てで来る人もいる。元々は普通の喫茶店だったらしく、ここの紅茶やコーヒー、デザートはとても美味しい。
ドリンクやケーキが口コミで美味しいと広まっているらしく、それを知って初めて来た人は吃驚するらしいが、それで何かに目覚めてしまう人もいるらしく、リピーターになることが多いそうだ。何故か口コミでは女装のことは伏せられている。何故。
もちろん女装で無理!となる人も結構いるらしく、そういう人は扉を開けたら暫く停止して、静かに扉を閉めるそうだ。看板で女装喫茶だと気付く人はあまりいないらしい。ここは看板の文字に気付かなかったら普通のお洒落な喫茶店にしか見えないからね。やっぱり看板の女装って文字が見えづらいんだよ!分かりづらいんだよ!私だけじゃなかった!
そして今日は秋ちゃんのシフトの日。藤堂さんに会える!
…何故秋ちゃんと呼んだり藤堂さんと呼んだりしてるかって?
秋ちゃんだと好きな人って気がしないからだよ!ここの喫茶店で会う彼は完全に女性だから!
だからせめて心の中でだけ、好きな人を男性だと思い出すために藤堂さんと呼んでいる。そうじゃないとほんとに男性だっていうのをたまに忘れかけるからね、油断ならない。
喫茶店の扉を開く。カランっと鈴が鳴ると、秋ちゃんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!1名様ですか?」
「はい」
「よく来てくれたわね、ありがとう!いつもの席でいいかしら?」
「はい、大丈夫です」
「ではこちらへどうぞ、ご案内します」
ああ…眼福だ。今日も秋ちゃんは女神だった。
「いつも来てくれてありがとうね」
「いいえ、私も楽しみにしてますから。それにここのココア、本当に美味しいので」
「ふふ、分かるわ~。私は紅茶が好きなんだけど、ここの紅茶を初めて飲んだときは本当に感動したものよ」
「これはリピーターになるのも納得の味ですよね。私もたまに違うの頼んでみようかな」
「ならお勧めはアールグレイよ」
「じゃあ今日はそれのホットでお願いします」
「はい、かしこまりました!」
好きな人の好きなものは知りたい。私も藤堂さんの好きな紅茶を飲んでみようと思った。
同じ味を知り、共有するとでもいえばいいのだろうか…そういうことをしたい。積極的にそんな風に思うのは初めてだけど、気持ち悪くないよね…?
「ふふ、もしかしたら紅茶仲間が増えちゃうかも」
「気に入ったらまた頼むかもしれません」
「あら、じゃあいつでもお待ちしてます」
秋ちゃんはよく笑う。本当に綺麗に笑う。花が咲くように笑うってこういうことなんだなって思う。
男性なのに言葉遣いも女性みたいだし、秋ちゃんといると本当に女の人と話してるみたい。
「秋ちゃん、ここの店員さんって皆言葉遣いも秋ちゃんみたいな感じなの?」
「いいえ?人によるわね。普段通りに話す人もいれば、私みたいに女性を意識した言葉遣いをする人もいるわよ。その辺は緩いのよ」
「そうなんだ。秋ちゃんは徹底してるなぁ」
「そうかしら?」
少しだけ寂しそうに微笑んだ気がした。なんでだろう?
「…裕ちゃん、今度一緒にお出掛けしない?」
「へ?」
秋ちゃん今なんて言った?
繰り返す、秋ちゃん今なんて言った?
「都合が悪ければ別に無理にとは言わないわ。よかったらなんだけれど…」
「い、行きます!ぜひぜひ行かせてください!」
「そう?よかった、そう言ってもらえると嬉しいわ」
私は藤堂さんと一緒にお出掛けすることになったのだ!
…これって一般的にデートっていうやつじゃない?じゃない?
…Oh,myGod!
後で連絡するわね、と言ってくれた秋ちゃんと別れた私は嬉しさのあまり駅までスキップしそうになった。もちろんスキップはしなかった、怪しい人になるからね。足がスキップしそうになるのを止めるのが大変だったけど。
人生初のデート!これは浮かれない方がおかしい。しかも好きな人から誘ってくれたのだ!帰り道ではずっと顔がにやけていたように思う。家に帰ってから兄に「何にやけてんの?」と言われたので間違いない。自分の部屋に入ったらガッツポーズと小躍りは忘れない。今日という日を私は一生忘れないだろう。
私は藤堂さんとのデートの日まで、悶えながら日々を過ごした。そしてまた女性物の服を買い忘れていた。不覚っ!