07 秋人さんの友人
春が終わり、少しずつ夏の匂いがしてきた頃。
以前よりも女性らしさを感じさせる服装に身を包み、電車に乗る。
私は実らぬ初恋に心を痛めつつも、諦めきれずにいつものように女装喫茶『LaLa』に来ていた。
「いらっしゃいませ、1名様ですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
どうやら今日は秋人さんはいないようだ。しまった、やってしまった。
今日はなんとなく気分で来た為、秋人さんに前もって連絡していなかったのを思い出した。
秋人さんはもちろん毎日いる訳ではないのでいつもは前もって連絡を取り合ってからお店に来ている。そうしないと今回のように会えないこともあるからだ。
まあいいんだ。ここのココアはとても美味しいからね!
「あれ、今日は秋人いないよ?」
そう話しかけてきたのは黒髪を腰まで靡かせた綺麗なメイドさん。もちろん男だ!ちなみに髪はカツラである。
「…みたいですね。連絡し忘れました」
「へ~珍しいね。じゃあ今日は俺とお喋りね」
「別にお喋りは義務じゃないんですから他のお客さんとどうぞ。私はココア飲んでまったりしてます」
「相変わらず冷たいな、川田ちゃん。いーから今日は俺と飲もう!」
「洋介さんは飲まないでしょ」
「まーそうなんだけどね」
にかっと笑うのは速水洋介さん。彼もここでバイトしている大学生だ。そして秋人さんと同じ大学に通う秋人さんの友人であり、バイト仲間である。
彼は秋人さんとは全然違うタイプの人で男らしい顔立ちの、綺麗な顔をしている。イケメン、めっちゃイケメン。体も他の店員さんたちに比べるとガッチリしているけど女装しても違和感がないくらいの、所謂細マッチョというやつだ。姉御!って言葉が良く似合うタイプの女装男子に仕上がっている。
「あとで秋人に連絡しとこうか?」
「い、いいです、結構です!今日はココアを飲みに来たんですから!」
「はいはい、わかりましたよ」
しょうがないな、ってな感じに笑われて厨房のほうにオーダーを届けに行った。
あー恥ずかしい!
秋人さんに会いに来たのに秋人さんに会えなくて地味にショックを受ける私のこの情けない姿をよりにもよって彼に見られるなんて!
彼は、私が秋人さんを好きだということを知っているのだ。
巧妙に隠していたつもりだが、彼曰くバレバレらしい。Oh!ナンデヤ!
「はいよ、お待ち!川田ちゃんの大好きなココアだよー」
「いちいち言わなくていいんで」
「つれないなぁ、川田ちゃん」
「他の席に行って、どうぞ」
「俺泣いちゃうよ?」
しくしくと口で言いながら泣いたふりをする洋介さん。
あざとい、実にあざとい。
「わー大変だ―」
「欠片も大変だなんて思ってないだろ!」
「泣いたふりする人にはこれで十分です」
「お兄さんの心が今物凄く傷ついたわ…」
「可愛い彼女でも作って慰めてもらってください」
「いたら慰めてもらってるわっ!欲しいわ可愛い彼女!」
「大丈夫ですよ、洋介さんイケメンだからすぐできるでしょ」
「川田ちゃんが俺のこと褒めてくれたよ!やったぜ!」
洋介さんとお喋りをするときはいつもこんな感じだ。男友達と話している感じ。
でもどちらかというと彼が絡んでくるので兄の相手をしているような気分になる。
ここは女装喫茶だが、話し方まで女性になるように徹底しているわけではない。だから洋介さんは秋人さんみたいに女性言葉では話さない。見た目以外は完全に男である。
最初は皆秋人さんみたいに女性らしい話し方をするのかと思っていたが、秋人さんからそういう訳ではないと教えてもらった。もちろん、女性らしい話し方をわざわざする店員さんもいるが、人それぞれのようだ。面白いお店だと常々思う。女装を徹底する以外は意外と緩いんだよね、ここ。
「今日は珍しくスカート履いてるね。可愛いよ、川田ちゃん」
「はー。イケメンって怖いわー。さらっとこういうこと言うんだもんなー。何人の女の子がこの毒牙にかかったのか…」
「失礼だな!俺はチャラいって言われるけどどっちかっつーと誠実な方だから!」
疑いの眼差しで洋介さんを見る。
彼は慌てたように否定する。
「いや、ほんとだから!マジだから!なんなら確かめてみる?」
「は?」
顔を近づけてきて、耳元で囁く。
「今度一緒にデートでもしてみようか?そうすれば確かめられるでしょ?」
一瞬、どきりとした。イケメン怖いわー。
「うわないわー。そういうとこがないわー」
「なんでだよ!じゃあどうしたら分かってくれるんだ!?」
「誠実な対応を求める」
「だからそれを確かめるためにだな…」
「普段から誠実な対応を求める」
「やっぱりちょっとチャラい感じなのが駄目なのか!?厳しいな川田ちゃん…」
元々チャラいタイプが苦手なのと、私が秋人さんを好きだと知っててからかうのでその罰だ。
ちょっと冷たい対応したくらい許されるだろう。
「秋人とは出掛けるのに俺は駄目なのか…」
「秋人さんは女性なのでいいんです」
「いや、まあそうだけど…」
苦笑いをする洋介さん。秋人さんは特別なのでいいのです!
好きな人だからね!
「…まだ好きなんだ?」
小さな声で気遣わし気に言う。分かっている。
私は秋人さんの恋愛対象になりえないって。
「うん。やっぱりまだ諦められないんだ…」
力なく笑った私は、秋人さんから彼がオカマだと初めて聞いた日を思い出していた。