03 初恋
あの人と別れたその後のことはあまり覚えていない。
綾子が新刊が読めると喜んでいた気がする。それと同時に私のことを心配もしていた気がする。早く家に帰って頬を冷やすようにとも言われた気がする。
気がする、ばかりなのは私が恋にのぼせてぼーっとしていたせいである。
私は今まで特に好きな人がいなかった。カッコいいなとか優しいなとか、そういったことは思ったことはある。
でも恋ではなく憧れ?程度のもので、皆が言うような恋をしたことがなかった。
そう、初恋。16年間生きてきて、初めての恋なのです。
多分、一目惚れに近いんだと思う。
でもまだ落ちてなかった。今までと同じ、憧れのようなもの。
『女の子なんだから、顔は大切にね』
あの一言で「あ、落ちたわこれ」とただ漠然と思った。ほんとに落ちるときはあっという間なんだな。
あまり女の子扱いをされたことのない私には、あの一言の威力は抜群だった。
それに加えて容姿がドストライク。もうこれは恋に落ちるしかないですね、はい。
私は女にしては背が高かったし、顔は少し男っぽい顔立ちをしている。良く言えば中性的?
なので昔から男子的扱いをされることが多かった。まぁこれは私にも問題があるのだが。
友達は男友達と女友達が半々くらいで、女子にしては男友達は結構いた方。だから男子とは結構接点があった。
だが男子から告白されたことなどない。何故なら男子に私は男友達のように思われているからだ。女っぽさがないから仕方ないね。
そして好きな人などいなかったので私から告白したこともない。
そんな色恋沙汰から縁遠く生きてきた私だ。そりゃ初恋にのぼせもする。
この気持ちをどうしたらいいのか分からない。今まで味わったことのない、誰かを焦がれるような気持ち。
こういう時、皆どうしているんだろう。
今はとにかく、まだ名前すら知らないあの人に会いたい。
後になってああすればよかった、こうすればよかったと思う。
名前聞けばよかったな、優しかったな、綺麗だったな。
私の話し方は変じゃなかっただろうか。変なことを言わなかっただろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
自分がこんな風になるなんて思いもしなかった。恋って恐ろしいわ!
そして自分がこんなにチョロイとは思わなかった!ちょっと悲しいよ!
初対面のよく知りもしない男性に惹かれるなんて…人生何が起こるか分からんな。
初恋を知ったその日は、そんなことばかり考えながら一日を終えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
あの事件?のあった次の日に由美子さんと沙也加さんが謝りに来てくれた。
叩いてしまった頬は大丈夫か、腫れていないかと陳謝していた。
別に頬は少し赤くなっただけで腫れたりはしていなかったし、私のことはそんなに気にしなくていいのに。
それよりも綾子に謝ってほしい旨を伝えると、彼女たちは綾子にも土下座するんじゃないかという勢いで謝っていた。
由美子さんはあの後冷静になり、自分のしでかしたことを思い出して物凄く後悔したそうだ。丁寧に謝ってくれた。
綾子と由美子さんが少し会話をした後、由美子さんは綾子のことを誤解していたようだと話し、和解したようだ。
これで一安心だな。
その後数日はいつものように日々を過ごした。
その間に綾子があの人と連絡をとってくれて、あの人は藤堂秋人という名前だと教えてくれた。
やっと、やっと名前が知れた!
そして藤堂さんの予定と私たちの予定が合う日が決まり、2日後に彼の働く喫茶店に行くことが決まった。
もう私はルンルンである。家に帰って自分の部屋に入るなりガッツポーズを決めて小躍りをした。
やっと会える!またあのご尊顔を拝めるぞ!
藤堂さんに出会って気付いたが、私はかなりの美形好きらしい。とんでもないメンクイ女である。
綾子の顔も凄く好きだ。可愛くて綺麗でお人形さんみたい。
だがしかし、それを超える美形が藤堂さんなのである!
私の今まで出会った中で一番の美形であると断言できる!美しい!女神!
元々、私は綺麗なものとか美しい風景とか、とにかく美しく感じられるものが好きだった。
まさか対象が人間もだったとはな!それでもいい!
またあのご尊顔を拝めるならメンクイで構わない!美形万歳!
そして喫茶店に行くまでの2日間を、今まで感じたことのない程の待ち遠しさで過ごした。