最終話 初恋の結末
秋人さんは、何て言ったのだろうか。
いや分かっている、分かってはいるんだ。一瞬言葉の意味が理解できなかったけど、今は分かる。
だけど信じられなくて。これは夢なんじゃないかと思ってしまうのだ。白昼夢を見てるのかなとか、実は私はまだベッドで眠ったままでいるのではないかとか。
だって秋人さんはオカマで、男の人が恋愛対象だから私は恋愛対象外のはずで。
こんなの信じられないじゃないか。どう考えても私に都合が良すぎるもの。
…あ、友達として好きってことね!だいぶ仲良くなれたもんね!
なーんだ私ったら早とちりしちゃったよ!お馬鹿さんだよねー。
「言っておくけど、友達としての好きじゃないわよ」
私の思考を読んでるかの如く、秋人さんはそう言い放った。
Oh!違うの!?え、じゃあどういうこと!?
友達としての好きじゃないなら。それなら、本当に秋人さんは私が…恋愛的な意味で、好きなのだろうか?
パニックになっている私に気付いたらしい秋人さんは苦笑している。苦笑する秋人さんも素敵だなぁ!輝いてるなぁ!
…いけない、私の頭が溶けて思考回路はショート寸前のようだ。
「以前、恋愛対象が男の人って言ったでしょ?それは確かなんだけど…それでも裕ちゃんを好きになったの」
ん?どういうこと?
今現在真夏のチョコレートみたいにどろっどろに溶けてしまっている私の頭ではよく分からない。
恋愛対象は男…でも私が好き…はっ!?まさか!?
「違う違う!なんて言うのかしら…性別とかを考えずに、裕ちゃんが裕ちゃんだから好きになったの」
またもや私の思考を読まれた気がした。もしかして、顔にでも考えていることが出ているんだろうか。
しかし、私が私だから?
…それは、つまり。
「本当に…本当に、私を好きになってくれたんですか?」
「…そうよ」
…Oh,myGod!
神よ、こんな奇跡があってよろしいのでしょうか。
好きな人が自分を好きになってくれるなんて、まるで奇跡。ずっと私の一方通行で、この恋を諦めなきゃいけないのかと思ってた。だけど事実は違って、私と秋人さんは両想いで。
ああ、なんてなんてなんて私は幸せ者なのか!
喜びを噛み締めるために、思わずガッツポーズをしてしまった。
「ゆ、裕ちゃん?」
秋人さんが突然のガッツポーズに戸惑っていらっしゃるが、そんなことも気にしない!
神よ、感謝いたします!
「秋人さん!」
「はい!」
両想いだったなら、私はこの恋を諦めなくていい。
だったら、これを言うしかない!女は度胸だ!
「私も、ずっと秋人さんが好きでした!付き合ってください!」
身体を90度の角度で折り曲げ、頭を深く下げる。手を秋人さんに握手を求めるように差し出した。
返事は…期待してもいいのだろうか?
「…え!?そうなの!?」
「はい!」
秋人さんは私が秋人さんを好きだなんて思っていなかったらしく、驚いているようだ。顔が見れないので表情は分からないが、声が驚きを伝えてくれている。
手を差し出したまま、返事を待つ。
心臓が五月蝿いくらい音を立てて緊張しているのを自覚させてくる。
風が吹いて葉の揺れる音がさっきまでしていたのに、今はそれすらも聞こえない。完全な無音である。
緊張し過ぎて周りの音をシャットダウンしてしまっているのだろうか。耳から入る音は聞こえないが、心臓が鼓動する音だけが聞こえた。
そんな無音状態にあった私の耳に飛び込んできた音は、大好きな人の声。
「……不束者ですが、宜しくお願いします」
小さな声で私の気持ちに答えてくれたその声は、少し震えていた。秋人さんでも、緊張するんだなぁ。
下げていた頭を凄い勢いで上がると、恥ずかしそうに頬を上気させて手を握り返してくれる秋人さんがいた。
…え?てか待って?今何と?聞き間違いじゃないよね?
間違いなく『宜しくお願いします』って言ったよね?
…これってOKってこと?そういうことなの?
誰か答えて!溶けてる今の私の頭じゃ分からないよぉー!
一瞬の間に脳内でそんなことを考え、少し冷静になった。秋人さんの返事を反芻し、意味を理解する。
そして湧き上がったのは歓喜と、不安。
「…わ、私なんかでいいんですか?」
自分で付き合ってくださいと言いながら、秋人さんの返事に問い返した。
秋人さんは、素敵な人だ。
顔は芸能人ばりの美しさで、スタイルもとても良い。物腰柔らかで優しい人。
そして何より、男みたいだった私をきちんと女性として扱ってくれた人。
私みたいな人間は、秋人さんの隣に立つのに相応しいのだろうか?
秋人さんは困ったように笑って私の問いに答えてくれた。
「私なんか、なんて言わないで。貴女だから、好きなのよ」
「秋人さん…」
「これからよろしくね、裕ちゃん」
「はい…はい!よろしくお願いいたします!」
こうして私たちは、めでたく自分たちの恋を叶えた。
◇ ◇ ◇
恋ってものが初めてだった私はその気持ちがよく分からなくて。ちょっとしたことで小躍りするくらい喜んだり、ちょっとしたことで酷く落ち込んだり。自分の気持ちがこんなにままならない体験は初めてで、凄く戸惑ったなあ。
相手の気持ちだって聞かないと分からないから、怖かった。抱えた想いと同じものを、相手が抱いているとは限らないから。私の場合はずっと秋人さんの恋愛対象外だと思っていたし、片思いだと思っていた。だから自分だけが想うのは、辛かった。
それでも私は運良く初恋が叶った。それがとても奇跡的なことだって今でも思ってる。
そのとき思い出したのは、秋人さんが以前デートしていた女の人。涙を堪えてデートを終えた彼女は振られて、私は受け入れられて。
恋とは思い通りにならないものだな、と思った。
私と秋人さんは互いに好きだから恋人になれたけど、そうじゃなかったら私も彼女のようになっていたのだと思うと、少しの罪悪感があった。綾子に言ったらそんなもの感じる必要はないって言われたけど、やっぱり罪悪感は消えない。
想いの矢印が互いの方を向き合っていなかった人は、どうあがいても恋人にはなれないのだ。
現状秋人さんと付き合えて幸せで一杯のはずなのにそんなことを考えてしまうのは、避けられた原因であり、付き合うことになるきっかけとなった偵察事件のことが忘れられないから。
いつか、私は罪悪感を抱かずに秋人さんの隣を歩けるようになるのだろうか。
…こんなネガティブなことばかり考えてはいるけれど、なんとなくそれはすぐ来るような気がする。
だって。
「裕ちゃん!おまたせ」
「秋人さん!」
秋人さんに会えば、すぐにポジティブになれてしまうから。
この先私たちは喧嘩をしたり、些細なことでまたすれ違ったりするかもしれない。喧嘩をして、そのまま別れてしまうかもしれない。
それでも、今が幸せなのは確かで。
未来のことなんて分からないから、私は精一杯今を楽しむんだ。
これからも思い通りにはならないであろう気持ちを抱えて、この恋を大切にしていこう。
本編はここで終了です。
読んで下さった皆様、ブックマークして下さった皆様、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
完結にはしておきますが、気が向いたら失恋組のその後を番外編という形で投稿するかもしれません。
リクエストなどありましたらこの二人のその後も書くかもしれません。
そのときはどうぞ、また宜しくお願い致します!




