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思い通りにならぬ恋  作者: 遊々
本編
31/33

30 同じなのに、同じじゃない”あなた”

 状況を整理しよう。

 秋ちゃんは男が好きなはずなのに、女である裕ちゃんを好きになってしまった。

 そのことで恐らく混乱して気持ちの整理をつけられずにいたのだが、追い打ちをかけるように速水さんと裕ちゃんの偵察デートを見てしまい、ショックを受けた。そしてそれが理由で、裕ちゃんを避けるようになった…と。


 少女漫画か!『早乙女琴音の恋愛事件簿』に出てきそうな話じゃない!何よこれ!

 言いたいことは沢山あるはずなのに混乱して考えをまとめられない。


 そうだ、糖分を摂取するために店員を呼ぼう。


 俯いている秋ちゃんをとりあえず置いておき、テーブルにある呼び出しボタンを押して店員を呼ぶ。

 この空間に他人が一瞬でも介入してくれるのがありがたい。


「ココアを一つ」

「あ、僕はアイスティーを一つ」

「かしこまりました」


 少しだけ平静さと心の平穏を取り戻し、落ち着いた。


「…外ではやっぱり()なんですね」

「私でもいいんだけど、私だと普段の私が出ちゃいそうで怖くて。普段は僕って言ってるわ」

「秋ちゃんなら堂々と女性の恰好してても違和感ないのでいいと思うんですが」

「やっぱりなんだか怖くてね。まだそんな勇気はないわ」

「裕ちゃんとは()()のときに会っていたのに?」

「……そうね。裕ちゃんはなんだか、特別だったのよ」


 特別、そう秋ちゃんは言う。

 それは…いつから?


 質問を投げかけようとしたとき、店員さんがドリンクを持ってきた。早く糖分を摂取したくて早速ココアで喉を潤した。とても甘くて美味しい、裕ちゃんが好きそうなココアだった。

 ココアを飲んでいると、アイスティーを一口飲み終えた秋ちゃんが徐に口を開いた。


「裕ちゃんを好きだって気づいたとき、いつからなんだろうって考えてたの」


 ココアで糖が頭に回り、いつもの思考力が戻ってきた。

 いつから裕ちゃんが好きなのか。それは多分…。


「この前気付いたのだけれど…多分、私は「最初に出会った時から」」


 秋ちゃんの言葉に被せるように言った。秋ちゃんは驚いて言葉が途中で止まってしまったようだ。

 秋ちゃんが裕ちゃんを好きだって言った時、なんとなく好きになったのはその頃なんじゃないかと思った。女の勘、というやつだろうか。


「だっておかしいじゃないですか。赤の他人の私たちにいくら裕ちゃんが頬を少し腫らしたとしても急に話しかけてきた。秋ちゃんは裕ちゃんをカッコいいって言ってた。普通そんなこと思っても話しかけたりしないよ。秋ちゃんが朝比奈先生の新刊をくれたのだって、偶然だったとしてもいい口実を作る為。お礼はバイト先に会いに来てだなんて、普通じゃないもの。おかしいじゃないですか、知り合ったばかりなのに」


 そう、私たちの出会いは可笑しかったのだ。決して普通じゃない。

 今思えばある意味ナンパに近いのではないだろうか。


「あれは確実に、裕ちゃんに会いたかったからでしょう?」


 確信を持って言える。

 秋ちゃんは、裕ちゃんに一目惚れしたのだ。私を助けてくれた、凛々しくカッコいい姿に。


「…そうね、無意識だったけど、きっとそうだったのでしょうね。あれはきっと…そう、一目惚れだった」


 女の勘は、よく当たるのだ。


「ねえ秋ちゃん。好きになったのなら、裕ちゃんが他の人とデートしててショックでも避けるべきじゃなかったと思う。裕ちゃん秋ちゃんに避けられたのがショックでずっと落ち込んでいるのよ」

「そう…。いくら気持ちに整理がつかなかったとはいえ、裕ちゃんには悪いことをしてしまったわ」

「裕ちゃんだって、デートくらいするよ」


 あえて偵察が目的だったことは言わない。

 両想いなんだから、それくらいの意地悪は許してよね。


「そうよね…。相手が洋介だったから、自分でも想像以上にショックを受けちゃって。もしかして最初は私に会いに来てくれていたとしても、いつしか洋介に会いに来るようになっていたのかなって思ったらもっとショックで…。洋介はそうじゃないって言っていたけど、そのことで言い合いに…喧嘩みたいになっちゃったの」


 笑っちゃうくらいの勘違い。

 二人がすれ違っていることが私的には喜ばしいはずなのに、全然喜べない。


「秋ちゃんは馬鹿だよ」

「え?」

「秋ちゃんさ、裕ちゃんに前にカミングアウトしたとき、好きになるのは男性だったって言ったんでしょ?だったら裕ちゃんは秋ちゃんの恋愛対象になるのは男性で、自分は含まれないって思って友達として一緒に過ごしてたんじゃないの?」


 あえて正解は教えてあげない。

 だって教えたら、秋ちゃんは喜んで裕ちゃんに告白しに行くに決まっているもの。


「秋ちゃんは裕ちゃんの、良き女性になるためのアドバイザーであり、()()なんでしょ?」

「そう…ね」


 思いの外裕ちゃんにとって自分が恋愛対象外でお友達でしかないという事実にショックを受けているようだ。


「秋ちゃんは今回裕ちゃんを好きになってしまったって相談をしてくれた訳だけど、友達をやめるつもりなの?」

「…まだ迷っているわ。このままの関係も心地良いといえば心地良いの」


 それはとてもよく分かる。だって私もそうだもの。

 私の場合はこのままの関係でいることを自分で決めたのだけれど。


「じゃあ、今回みたいに裕ちゃんが誰かとデートしたり、彼氏ができたりしてもしょうがないって思えるのね?」

「それは!…どう、なのかしら」

「もし、速水さんと裕ちゃんが付き合うことになっても平気?」


 もし、秋ちゃんと裕ちゃんが付き合うことになっても平気?


 自分に似たようなことを問いかけてみる。

 …大丈夫、私は平気。大丈夫。


「……私には、そんなの耐えられないわ」

「だったら友達、やめる?」

「それは…」

「秋ちゃんはさ、どっちを選ぶの?」


 本当はこんな風に急いで決断を迫るようなことじゃない。

 だけど、人の気持ちは知らぬ間に移ろいで行くから、欲しかったら早めに行動しなきゃいけない。

 …私は、それを放棄したのだけれど。


「…どうして、綾子ちゃんはそんなに答えを急かすのか、聞いてもいいかしら?」

「それはですね…」


 女性の心を持った男性が好きになったのは、ある一人の女性。

 女性なのに好きになったのは、同性である、ある一人の女性。


 ある意味秋ちゃんも、私と同じ同性愛者だ。

 だけど、身体はきちんと男で。


 同じなのに、同じじゃない”あなた”。


 私の気持ちが分かるあなたになら、言えるだろうか。

 ずっと閉じ込めてきた、私の気持ち。


「…私も、あなたと同じだから」

「え?」


 それ以上は言えなかった。

 言葉にしてしまったら想いが溢れ出てしまうから。


 呆然としていたが、私の短い言葉で秋ちゃんは理解したようで大きく目を見開いている。それはそうだろう、同じ人を好きな人に恋愛の相談をしていたのだから。


「あ、綾子ちゃん…」

「それ以上何も言わないで」


 胸に込み上げてくるものは、なんと呼べばいいのだろうか。

 沢山の感情が混じった、醜くて愛おしいこの気持ち。


「…私は、伝えないって決めてるから。私は選んだんです、友達でいることを」

「………そう」

「でも、やっぱり辛くて。だから、秋ちゃんには後悔してほしくないの」


 友達でいることを選んだことを、後悔はしていない。

 だけど辛いのは確かで。

 デートくらいでショックを受ける秋ちゃんにはきっと、友達でいることは耐えられないと思うから。


「秋ちゃんは同じだけど同じじゃない。体は異性だし、裕ちゃんは秋ちゃんのこと女性だけど()()として認識してるから」


 私が欲しくて欲しくて堪らないものを、持っているのだから。

 ねえ、どうか私が選ばなかった方を選んでよ。


「秋ちゃんは私より、ずっと恋が叶う可能性があるのだから」


 告白したら必ず受け入れてもらえるほどの、可能性が。


「だから、頑張ってほしいんです。()()()()

「綾子ちゃん…」


 同情をしてほしかった訳じゃない。

 裕ちゃんが幸せになるために、少しだけ後押しをしたくて話しただけだ。


「私は…」


 なおも悩んでいるのはやっぱり怖いからだろうか、眉を顰めて俯いている。


 相変わらず秋ちゃんは綺麗な顔をしている。これが裕ちゃんが好きになった顔、そう思うと少しだけ羨ましい。裕ちゃんは秋ちゃんに女の子扱いされて恋に落ちていたから別に顔を好きになったわけじゃないと思うけど、好きな顔であることも確かで。

 秋ちゃんの顔を見ていると少しだけ寂しくなった。


 俯いていた秋ちゃんが顔をあげ、真剣な顔をして私を見た。

 さあ、秋人さんは何を選択するの?


「私は、裕ちゃんに告白するわ」

()に二言はない?」

「ええ」

「それはよかった。…頑張って、秋ちゃん」

「ありがとう、綾子ちゃん」


 互いに手を差し出し、握手をした。秋ちゃんから差し出された手は震えていて、手先が冷たくなっている。それでも差し出したのは、秋ちゃんの決意の証なのだろう。

 触れるのは彰でさえ嫌なのに嫌悪感なく手を握れたのは、やはり同性だと思っているからだ。私にとっては間違いなく、同性の恋のライバル。私の方が先に退場しちゃったから、よく考えたらライバルにすらなれなかったけど、だからこそ彼女に後押しできたのだと思うとそれはそれで良かったかな。


 私たちはその後ドリンクを飲み終え、解散した。去り際の秋ちゃんは、少しだけ凛々しくなっていた。



 両想いなのに、互いの勘違いですれ違って今まで結ばれなかった二人。

 小説を読むより、ずっと面白い。事実は小説より奇なりってこういうことを言うのね。


 秋ちゃんが裕ちゃんに告白して二人が付き合ったら、私は泣くのだろうか。それとも心から二人を祝福できるのだろうか。

 考えても、そのときになってみないとどうも分からない。自分の気持ちはどうも私が思っているよりずっと難しい。小説のキャラクターの気持ちのようには分からないものなのね。


 いつかこの想いが風化して、私も新しい恋をするのだろうか。

 そのとき恋をするのは、果たして男性なのか女性なのか。


 裕ちゃんは、裕ちゃんだから好きになった。

 そんな風に、性別関係なくその人が好きだから好きになるのかな。


 辛いだけの恋なんて、もうしたくはないから。

 今度は楽しい両想いの恋がしたい。


 がんばれ、秋ちゃん。

 想いの先がぶつかり合っているその恋は、きっと叶うから。

 応援してるよ、同じだけど同じじゃない人。



次は裕ちゃん視点に戻ります。

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