02 おお、神よ!
声のする方へ振り向くと、そこにはとんでもない美しさを持つ女性とも男性とも感じさせる美人がいた。
「顔、赤くなっちゃってるね。大丈夫?」
心配そうな顔で私の赤くなった頬を見ている美人。声は心地よい低過ぎず、高過ぎない高さをしている。
女性にしては声が低いし、身長も私よりも高い。この美しい人は男性なのだろう。
太陽の光を反射してより輝きを増す、痛みなど感じられない美しいキューティクル。ビターチョコレートのような甘さを感じさせない茶色は暗すぎず、艶めいている。
瞳は髪色に少しだけ暗さを落とし、コーヒーのよう。少しだけ吊り目で、でもキツさを感じさせず、色気がある。
鼻は高く、唇は薄すぎず厚すぎない、程よい厚みをしている。肌は透き通るような、だけど健康であることを感じさせる白。
おお、神よ!
こんなに美しい人が地上にはいたのですね!
私がその美しさに見惚れて放心状態で固まっていると、彼は心配そうにまた私に声をかけた。
「ほんとに大丈夫?」
「裕ちゃん、顔!真顔!」
はっ!美しさに気をとられて意識を飛ばしていた。
あまりに美しすぎるものを見ると人は感動のあまり真顔になるのだな。新しい発見である。
「だ、大丈夫です…。すみません、ご心配いただきまして…」
「早く赤みが引くといいね」
心配そうにしていた顔が、優しく笑みを浮かべる。
「それにしても君、凄いね。友人を守るようにして自分がビンタされに行くなんて」
「いや、気付いたら体が勝手にですね…」
「無意識になんて更に凄いよ。カッコいいね」
そう、にっこりと私に向かって微笑む。
眩しい、眩しすぎる!
おお、神よ!美しいご尊顔が私に微笑みかけて下さっております!
「そうなんですよ、裕ちゃんはカッコいいんですよ!」
綾子が目を輝かせて興奮している。まるで今日買いに行くシリーズの新刊の発売日が決まった時みたいだ。
「君を庇うようにしていた彼女の姿は姫を守るナイトみたいだったね。男気あるねー」
「お兄さん、話の分かる人ですね!裕ちゃんは昔から私をこんな風に守ってくれたんですよ!ほんとにカッコいいんです!」
なにやら共感し合って盛り上がっている二人。綾子が男性と普通に話しているなんて珍しい。彼の女神めいた美しさが性別を感じさせなくしているんだな。
確かに中性的な顔立ちで、それに加えて美しさが加速度的に彼の性別を失わせていく。
綾子はこういったタイプの男性となら、上手くやっていけるのではないのだろうか?
「ないから」
うんうん、と頷く私に向かって綾子が冷めた目でそう告げる。
心が読まれているっ!?
「裕ちゃん、すぐ顔に出るから」
「え!?そんなバカなっ!?」
「そんな訳があるんですー」
「君たち仲いいね」
クスクス笑う美人。ああ、美しい。笑う度に花が咲くようだ。
そういえば今日は綾子の欲しい新刊買いに行くんだった。色々ありすぎて忘れてたわ。
「えっと、ご心配ありがとうございました。寄りたい所もあるのでこの辺で失礼します」
「いえいえ、お大事にね。赤くなってはいるけど傷は特に無いみたいだし。気を付けて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
おお、神よ!
彼は神が遣わした女神か何かですか!?
私をこんなにも心配してくれるなんて!
「裕ちゃん、今日は早く家に帰りなよ!新刊は私ひとりで買いに行くから!」
「いや、大丈夫だよ。別に赤くなってるだけだしね。それより早く買いに行こう?」
「こんなことになったのは私のせいだし…今は赤くなってるだけでもあとで腫れるかもしれないじゃん!」
「綾子は心配性だなー。大丈夫だよ。それより今日は大好きな恋愛小説のシリーズの新刊が出るんでしょ?早く本屋行こうよ」
「恋愛小説の新刊?もしかして『早乙女琴音の恋愛事件簿』の新刊かな?」
美人の口からまさかの目的の新刊のタイトルが飛び出てくる。
何故知っているんだろうか。
「な、な、なんで知ってるんですか!?」
「僕もこのシリーズ好きなんだよね。朝比奈先生のファンなんだ」
まさかのファンでした。
綾子の顔は驚愕の表情から歓喜の表情へと変わっていく。
「ほんとですか!?私も朝比奈先生のファンなんです!」
「特にこのシリーズは面白いよね。やっと新刊でたから僕も買いに行ってきたんだ」
そう言って持っていたらしい袋から例の新刊を取り出す。
表紙には『早乙女琴音の恋愛事件簿 File.06』と書かれている。
「ほんとに新刊だ!新刊が発売している!早く買いに行かなきゃ!」
「よかったら、これどうぞ」
笑顔で綾子に新刊を差し出す。
綾子はまた驚愕の表情を取り戻していた。
「いえいえいえ!そんな訳にはいかないですよ!自分で買いますから!」
「僕は帰り道に本屋があるからまた買えるから大丈夫だよ」
「そういう問題ではなくてですね!」
「彼女の雄姿に感動したから、そのお礼だよ」
突然、話に自分が出てきた驚きで思わず彼の顔を見る。ニコニコしている。
待って、お礼ってなんだ。お礼されるようなことしていないぞ。
「いや、私お礼されるようなこと何もしてないですよ…」
「いいものを見せてくれたお礼だよ」
「それで新刊を貰う理由にはならないですよ!?貰うの私ですし!」
「んー…じゃあ良かったら僕のバイト先に遊びに来てよ。喫茶店で働いてるんだ。そこで何か頼む、それがお礼。どう?」
まさかの提案。でも何もしていないのにお礼と称して例の物を受け取るよりはいいのではないだろうか。
何故か受け取れと笑顔から圧力を感じる。受け取った方が良さそうだな。
彼のバイト先にその分のお金は還元しよう。
綾子にこっそり耳打ちする。
「綾子、そうさせてもらったら?この人絶対引かないよ。笑顔に圧力を感じる」
「偶然ね、同じことを考えていたわ」
私たちは互いに頷き合って彼を見る。
「分かりました。それじゃあなたのバイト先を教えてもらってもいいですか?」
「じゃあ紙に書くね」
鞄から取り出した手帳にさらさらと筆を走らせている。絵になるなぁ。
「はい、これがバイト先。一応来るときに連絡もらえるかな?シフト入ってないとすれ違いになっちゃうから」
「分かりました。連絡はこの紙に書いてあるアドレスに連絡すればいいですか?」
「うん、僕のアドレスそれだからよろしく」
「では後日伺わせていただきます。その時沢山頼みますね!」
「沢山頼まなくても大丈夫だよ」
小さく笑ってから私を見る。
ああ、そんなに綺麗な顔で見つめないで!顔が赤くなるのがバレる!
「頬が少し赤くなってきた?早くお家に帰って少し冷やした方がいいかもね。お大事に」
「あ、ありがとうございます…」
「女の子なんだから、顔は大切にね」
そう微笑んで放ったその一言で、私は彼に恋をしたのだ。