28 思わぬ言葉
互いに無言の状態が続き、胃にそろそろ穴が開きそうだなと思っていると、秋人さんはゆっくりと口を開いた。
「裕ちゃん、ずっとここ数か月避けていてごめんね」
「はい…おぇえ!?」
あなたのことが嫌いになりました、とでも言われると思っていた私は肯定の言葉を述べていたが、秋人さんが言った言葉の意味を理解するや否や、女性らしさの欠片もない声を上げていた。
「避けるつもりなんてなかったの。だけど、どうしても気持ちに整理がつけられなくて」
「え!?…え!?えぇ!?」
「…裕ちゃん?」
「私、秋人さんに嫌われていたから避けられていたんじゃないんですか!?」
「え!?嫌いになんてなってないわよ!」
なにがどうなっている!?
今私の頭は過去最高の速さで思考を重ねているが、それでも理解が追い付かない。
唯一つ分かったのは、どうやら私は秋人さんに嫌われてはいなかったらしいことだけ。
それだけでも、十分だった。
全身から力が抜け、思わずその場に座り込む。穴が開くのではないかと思われていた胃は、驚くほどの回復力を持って穴が開くのを防いだ。これで私の胃はしばらく安泰である。
「よ、よかったぁ…。秋人さんに、嫌われてなかったぁ…」
嫌われてはいなかったという事実に、自分が思った以上に安心したようで、思わず心の声が漏れてしまった。だけどかなり小さい声だったので秋人さんには聞かれていないはず。
「ゆ、裕ちゃん大丈夫!?」
慌てた秋人さんの言葉が頭上から聞こえくる。いきなり座り込んでしまったのだ、秋人さんに体調でも悪くしたのではないかと心配されているらしい。
私は急いで立ち上がり、秋人さんに心配ないと伝えた。秋人さんはそれでもまだ心配してくれている。やっぱり彼は優しい人。
ああ、この恋を諦めようと思って来たのに、まだ未練がましく好きでいてしまう。
そんな気持ちを忘れる為に、秋人さんに猛烈な元気アピールをした。
「全然大丈夫ですよ!ちょっと一瞬立ち眩みしただけですぐ、ほんとすぐ直りましたから!」
「そ、そう…?」
「はい!」
なんだか納得していないような顔をしていたが、とりあえず誤魔化せたはず。
思わぬハプニングがあったが、また二人で無言で歩き出す。
私のせいで話しが中断されてしまったので何か話そうと思うのだが、なかなか言葉が出てこない。無表情で葛藤していたつもりなのだが、どうやら顔に出ていたらしく秋人さんが私の顔を見て笑い出した。
「久しぶりに会ったけど、裕ちゃんは変わらないわねぇ」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ。相変わらず可愛いわよ」
「かわ!?あ、ありがとうございます…」
「ふふっ」
うおー!やばいよ!秋人さんに可愛いとか言われちゃったよ!
嬉しい、やっぱり嬉しい。
この気持ちを諦めるなんて、できるのかな。
先程まで笑っていた秋人さんは、急に真面目な顔をして私の目をじっと見つめた。
私はどうしたらいいか分からず目を泳がせていたが、秋人さんが静かに口を開いた。
「ねぇ、裕ちゃん。前にショッピングモールで…洋介と一緒にいた?」
ドキリ、と胸が嫌な音を立てた。
やっぱり…あの偵察はバレてたんだ。
隠していてもしょうがないし、元々言うつもりだったので、私は自供することにした。
「…はい、一緒にいました」
「……そっか」
秋人さんの沈んだ、悲しそうな表情が胸を締め上げる。
ええい、こうなったら全部一気に言うしかない!
「秋人さんのデートを覗き見ててすみませんでした!」
「え!?」
「洋介さんに秋人さんがデートするって聞いて、好奇心に負けたんです!洋介さんは悪くなりません!全て私が悪いんです!私が秋人さんのデートを偵察したかったせいなんです!二人の友情にヒビ入れてすみませんでした!」
物凄い勢いで角度が90度になるよう、直角に身体を折り曲げて謝罪をした。
こういうことは、きちんと謝らなければならない。
嫌われていなかったとしても、二人の友情にヒビを入れたのには違いないのだ。
「許していただきたいとは思っていません。それでも、謝罪はしたかった。本当にすみませんでした」
「…私と洋介が喧嘩をしてしまったのは、裕ちゃんのせいじゃないよ」
「でも…!」
「ねぇ、裕ちゃん。どうして私と洋介が喧嘩したと思う?」
今までに見たことのない、艶やかな秋人さんの表情。
秋人さんの質問の意味も、表情の意味も分からなくて困惑した。
秋人さんはどうやら教えてくれそうにはない。自分で答えを見出すしかないのだが、皆目見当もつかない。
思案に暮れていると、秋人さんはいつもの困ったような笑い方をした。
「やっぱり綾子ちゃんの言った通りね。…そもそも私があんなこと言ったから、はなから考えてもいないかしら」
「あ、秋人さん…?」
秋人さんは一人で納得したような顔をしているが、私には何が何だかサッパリ分からない。
それに綾子の言った通りとはどういうことなのだろう…?
謎が謎を呼び、事態は深刻である。
なんとも言えぬ空気が漂う中、その空気を変えるべく行動を起こしたのは、秋人さんだった。
「裕ちゃん」
「は、はい」
「裕ちゃんからしたら突然のことだと思うの。それでも聞いて欲しいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「はい…」
今までにない程真剣な表情をした秋人さん。
何か重大なことが告げられる予感がするので私も真剣な表情となり、ぎこちなく頷いた。
緊張し過ぎて汗が背中を伝う。
こんなに緊張したのは高校受験の面接のとき以来で、今までとは違う意味で胸がバクバクしている。
ああ、先程回復したばかりの胃もまたキリキリと悲鳴を上げている。
私からしたら突然のこと?
一体何を言われるのだろうか。
嫌われてはいないようだけど、偵察の件で避けられていたのは確か。
そこから導き出される答えは?
考えても考えても分からない。
普段そこそこしか活動していない頭がフル回転しているので糖分が足りない。
久しぶりに、『LaLa』のココアが飲みたいなぁ。
「私ね、裕ちゃんが好きなの」
……どうやら私の糖分不足は、深刻だったようだ。
次はこの続きではなく、秋人さんと綾子ちゃんが何を話したかのか、という部分のお話になります。
この続きが気になる方は少々お待ちください。
生殺し?になってしまって申し訳ない!




