23 ◆如月彰
如月君の話を先に書くことに決めました。
あとあらすじを少し変えて、タグを少し追加しました。
俺と彼女が出会ったのは、中学生の頃だった。
その日は入学式で、オリエンテーションや自己紹介などを終えて帰宅が許可された放課後。帰り支度をして席を立ったとき、偶然目に入った同じクラスの女の子。俺はその子に目が釘付けになった。同じクラスで席が近かった彼女はすぐに帰る様子はなく、退屈そうな顔をして窓の外を見ていた。
多分、一目惚れだった。
双子の姉が持っているお人形さんみたいに整った顔に、艶のある茶色っぽい髪。長い睫毛を携えた目は大きいが、今は憂いを帯びて少しだけ細められている。何の感情も感じさせない、生気の感じられない瞳はどこか遠くを見つめていた。
俺は、何故だか彼女から目が離せなかった。
彼女が綺麗だったのもあるけど、その表情が、目が、あまりにも悲しくて。
それが無性に辛くて目を離したいのに、離せない。
味わったことのない、不思議な感覚だった。
それまで俺は友達と遊ぶのが楽しくて女子の友達が言う、恋愛の好きとかそういうのが分からなかった。男でも女でも一緒にいて楽しい人は好きだし、そうじゃない人は嫌いだったから。
だからそういう好き以外の好意的気持ちを抱く人に出会ったのは彼女が初めてで、衝撃を受けたのだ。あれは雷に打たれたような感覚だったのを今でも覚えている。
目が離せないまましばらく彼女を見ていた。
彼女は窓の外を見ているけど、どこも見てはいないようだった。
何故か痛々しい姿に思えて、胸が苦しくなった。
声をかけようかどうしようか迷っていると、突然教室の扉の方から声がした。
「ごめん、待たせたね。なんか意外とトイレ混んでたから遅くなっちゃったよ。綾子、帰ろう」
綾子。
その名前で自己紹介のときのことを思い出した。俺は入学式の前日、中学校が楽しみ過ぎてなかなか眠れない夜を過ごすことになってしまい、その日はずっと眠かった。
綾子という名前のクラスメイトの自己紹介はとても淡々としたもので、眠かった俺は彼女の方を見ることもなく、随分つまんない自己紹介をする奴だなと思って寝かけたのを覚えている。
俺が思い出している間に彼女はさっきまでのつまらなそうな表情を失くし、嬉しそうに笑っていた。
二度目の衝撃だった。
彼女が笑った顔を見たとき、胸を鷲掴みにされたような気がした。心臓が物凄い速さで脈打って、熱が頬に集まった。目は相変わらず彼女に釘付けなのに、もっと彼女の顔を見たいと思った。それくらい、彼女の笑顔には破壊力があった。
このとき完全に恋に落ちたのだと思う。だけど恋してしまったのも仕方がないと思うんだ。今思い出してもあのときの彼女の笑顔は反則だった。あんなの惚れるしかないじゃないか。一目惚れしたときに落ちかけた恋に、さらに追い打ちをかけるのだから。
ふとそんな彼女の笑顔を向ける先が気になって、彼女の視線の先を見た。
そこにいたのは、同じクラスメイトの男みたいな女だった。名前は確か、川田裕。
眠かった自己紹介の時間だったが、男みたいな見た目なのに女子の制服を着ていたから「女!?」と心の中でかなり驚いたのをよく覚えている。眠かったのに眠気がそのときだけ吹き飛んだくらい驚いた。制服を着ていなかったら俺はあいつを男だと微塵も疑わなかっただろう。女なのに何気にカッコよくてちょっとだけムカつく。
彼女は多分、川田を待っていたのだろう。川田が声をかけてきてから、彼女は終始笑顔だった。
「ううん、そんなに待ってないから大丈夫。早く帰ろう、裕ちゃん」
そう言って微笑む彼女は、とても綺麗だった。
そのときの俺は何故だか分からないが、川田に嫉妬したのをよく覚えている。今思えばあれは本能的に分かっていたのかもしれない。
川田が俺の恋敵であることに。
俺は彼女と仲良くなりたいと思ったが、焦ってはいけない気がして少し彼女の様子を見た。俺は石橋は叩いて渡るタイプだからな。
彼女はどうやら男が嫌いらしかった。男子が話しかけるとあまりいい顔をしない。だが例外はある。川田の友人がそれに該当した。
彼女は川田とかなり仲が良いらしく、川田の友人には少しだけ友好的だった。俺はそのことに早期に気が付き、川田の友人になることを決意した。
川田と話すようになると、川田に友人が多い理由が分かった。川田は気さくで話しやすいし、何より男子と話している気になる。兄が一人いてそれなりに仲が良いらしいので男子と話すことに慣れているんだろう。
女子は女子で川田の男子っぽいところが好きな子が多いみたいで、川田に内緒でキャーキャーいっているのをよく見かけた。川田はちょっと紳士的なところがある奴だから、それが女子に受けている理由かもしれない。もちろん見た目が一番の理由だとは思うが。
そんな訳で川田と仲良くなるのに時間はかからなかった。川田と友人と呼べる関係になると、自然と彼女と話す機会が増えた。どこか一線を引いて踏み込ませないところはあるが、川田の友人じゃない男子に比べたらかなり良い対応をしてもらえていると思う。少しだけ優越感を感じた。
だけどある日、俺は気付かなくていいことに気付いてしまった。
そして彼女に告白しようか悩んでいた俺は、告白することを諦めた。
彼女はモテるが、告白された男子は皆玉砕している。その理由を知るために俺は彼女を観察していた。観察といっても勝手に目で追ってしまうだけなのだが。そして気付いた。
彼女はきっと、川田が好きだ。
それも俺が彼女に寄せる想いと同じ性質を持つ、好き。
つまりは、恋だ。
気付いた切っ掛けは、彼女が川田に向ける視線。
俺は彼女の視線に既視感を覚えるようになっていた。どこかで見た気がする、だけどどこで見たのかも分からないそれに、俺は凄く焦った。その視線の意味が、知りたくないのに知りたくて仕方なかった。
そしてその意味を知ることになったのは、俺が二度目の告白をされたとき。
俺に好きだと言ってくれた女子の、俺に向ける視線をしっかりと感じたとき、答えを見つけてしまった。
彼女が川田に向ける視線と、俺に告白してくれている女子の俺に向ける視線が、同じだったから。
俺は告白してくれた女子に「好きな人がいるから、ごめん」と伝えた後のことはあまり覚えていない。目の前の女子が、涙を流しながら「分かった」と言って去っていったのは覚えてる。申し訳ないな、と思いながらも俺はショックが大きくて正直それどころではなかった。
彼女は同性である川田に、本気で恋をしているということになる。
それは俺にとっては三度目の衝撃だった。当時の俺には女子が女子を好きになるというのが、理解できなかった。だから、嫉妬心より戸惑いの方が大きくてどう心の整理をつけたらいいのか分からなかった。
告白された次の日から彼女を今まで以上に観察してみることにした。
その結果、やっぱり彼女は川田を好きだという答え以外を見出せなかった。そして不毛な恋をしていると、彼女に少しだけ同情した。
川田が彼女に向ける感情の中に、彼女が川田に抱くのと同じ感情は見当たらない。川田は彼女を友人の一人としてしか見ていなかった。だけどそれは自然なことで、どうしようもなく悲しいことのように思えた。
俺はどうにかして彼女に振り向いてほしくて、今まで以上に積極的に彼女に関わったが、結果としてそれは無駄な努力にしかならなかった。
彼女が熱い、焦がれるような視線を向けるのは川田だけ。その事実は中学の三年間で、一度も揺らぐことはなかった。
進学した高校が川田と彼女と同じだったため、告白は諦めたが俺は彼女を好きであることをやめられずにいた。
彼女が笑うと、やっぱり好きだなって思う。まあ、極上の笑顔を向ける相手が川田なのが気に食わないが。
高校に入ってからも彼女が好きなのは相変わらず川田だった。だから俺は、せめて俺の好きな彼女の笑顔が絶えないようにと、彼女を応援することにした。彼女のことは好きだけど、彼女が幸せであれば俺も嬉しかったから。
だけど彼女は、好きだといっていたシリーズの新刊を買いに行った日以来、どこか憂いの表情を浮かべるようになっていた。やんわり聞き出そうとしても上手くはぐらかされ、結局理由が分からないまま月日が過ぎた。
次も如月君の話の続きです。多分次で如月君の話は終わります、多分。
しかしこの小説、不憫な子ばっかりですね。まあでもタイトルからも察せる通り、思い通りにならなくて振り回される子たちのお話なので仕方がないのですが。
だけどハッピーエンドが好きなので皆とはいかないけど、この子たちのことは幸せにしてあげたい。
そしてコメディ要素どこいったぁ!




