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思い通りにならぬ恋  作者: 遊々
本編
23/33

22 ◆桜庭綾子

 高校生になり、彼女は変わった。

 きっかけは、私がいつものように絡まれたあの日。いつものように助けてくれた彼女は、やっぱりカッコよかった。だけど私のせいで頬をぶたれてしまったことだけが悔しかった。

 あの日、彼女をぶった女が去った後、見知らぬ男が話しかけてきた。対して不快感を抱かなかったのは、無意識にある意味同族だということを見抜いていたかもしれない。


 彼女の顔を一目見て、気付いた。

 彼女はこの人に惹かれている。それも無意識に。

 恋なんて知らない彼女は、その湧き上がる感情の名前をきっと知らない。


 彼が心配そうに彼女を見ているとき、酷く苛立った。それは彼女が同性に優しさを振り撒き、ミーハーな想いを女性たちが抱いたときに似ている。

 だけど決定的に違うのは、この人は私から彼女を奪ってしまうということ。私はどうしようもない焦燥感に駆られた。彼女にとって、彼は異性で私は同性。胸が苦しくなった。

 そんな自分に見て見ぬふりをして彼と会話をした。やっぱり嫌悪感や不快感はない。いつもより楽に話をできるのはありがたかった。

 話の中で、彼が『早乙女琴音の恋愛事件簿』シリーズを読んでいることを知った。恋愛物以外もあるにはあるが、主に恋愛小説を執筆しているので男性のファンに会うのは初めてだった。思わずテンションが上がってしまったが、仕方がなかったと思う。そしたら新刊を私にくれると彼は言う。

 慌てて断ったが、彼はなかなか引いてはくれない。謎の威圧感を感じ、彼のバイト先に遊びに行くことと引き換えに新刊を貰った。彼と連絡先を交換し、別れることになった。

 彼が去り際に彼女に「女の子なんだから、顔は大切にね」と言った。私はそのときの彼女の顔を、生涯忘れはしないだろう。


 彼女は、きっとあの言葉で恋に落ちた。

 私の初恋は、彼女に想いを伝える前に終わった。


 彼のバイト先に行くのは、お礼のためとはいえ憂鬱だった。彼の気持ちは知らないし知りたくもないが、彼女は彼に確実に恋をしている。

 自分の好きな人が自分じゃない誰かに恋をする姿を見続けるのは、拷問のようだった。だから彼女にこれから向かう先がどんなところなのかを伝えなかったのは、ちょっとした意地悪。これくらいならきっと神様も許してくれるだろう。予想通りパニック状態になっている彼女はとても可愛らしかった。


 彼とそれなりに仲良くなり、バイト先がどんなところかを聞いた時は驚いた。でも同時に納得もした。メールのやり取りをしていた時点でなんとなくそうではないかと思ってはいたが、やはり彼は()()なのだろう。本人は隠しているようだが、私は男性嫌いが高じてそういったものに敏感らしい。女装している彼に会ったときに疑惑は確信へと変わった。だけどわざわざ彼に関わりたくはないので知らぬふりをした。


 ここは一般的なメイド喫茶みたいなものと同じで、お客との関係性を大切にするところなのだろう。注文したドリンクを飲みながら彼と会話をした。彼女は彼のことが知りたくて堪らないらしく、彼女らしからぬほどの積極性を見せていた。

 会話を繋ぐためにここでバイトがしたかったと話した。本当は絶対に嫌だが、時給に関しては本当に魅力的だった。話の中で女性が男装をすることもあると聞き、思わず彼女の男装姿を想像する。彼女に給仕をされたらその日は眠れないかもしれない。そんなことを考えながら彼女に帰りを促した。

 彼と楽しそうに話す彼女を見るのは、やっぱり辛かったのだ。心にもないことを彼女の為に彼に言って店を出た。きっと私が言い出さなかったら、また来ますとは彼女は言い辛かっただろう。なんせ初めての恋に戸惑っているみたいだから。


 それからもたまにあの喫茶店に彼女と向かった。彼女が凄く行きたそうだったから。私は自分の恋敵がいるので行きたくはなかったが、彼女の笑顔の前にはそんな思いも霞んでしまった。

 だけどやっぱり辛かったので、男性嫌いを理由に断るようになった。彼が不快だったり嫌いだったりする訳ではない。それでも彼女をより魅力的な女性に変えていく彼が、憎かった。


 彼女は彼と出会って変わっていった。髪を伸ばし、服装も男性のような恰好から女性らしいものへと。普段恋愛物を読まない彼女が『早乙女琴音の恋愛事件簿』シリーズを貸してほしいと言ったときは、驚きのあまりしばらく固まってしまった。

 ミーハーな彼女のファンたちは彼女が女性らしくなっていくことを残念がっていたが、私は残念だとは思わなかった。別に男性っぽい彼女が好きな訳ではなかったので、彼女が女性らしく変わっていくこと自体には抵抗はなかった。抵抗があったとすれば、変わっていくことになった理由だけ。

 彼女が変わっていったのが彼の為だと思うと、嫉妬で胸が張り裂けそうだった。同じ()()なのにどうして彼ばかり、と。正確には同じではないのだが、私の中で彼の認識は女性である。これに関しては彼とのメールのやり取りで確認した。彼はやはり、女性だった。

 彼女が恋をしたのが完全に異性であったなら、ここまで嫉妬心も芽生えなかっただろう。だけど彼女が恋をしたのは男性の姿をした()()だったのだ。

 彼に対し苛立ちを覚え、憎くて憎くて仕方がなかった。それと同時に、どうしようもないほど羨ましかった。私が彼であったなら、どれほど幸せだっただろう。

 毎日が苦しくて、私は恋愛事件簿の同性への恋に悩んだ主人公と同じように葛藤した日々を送っていた。


 そしてある日、彼女の仲の良い友人であり、私が唯一男性で友人と呼べるであろう存在の如月彰がとんでもないことを言った。

 彼女が見知らぬ男とデートしていたというのだ。本人たちはこそこそと話していたが、私の彼女への執着をなめないでもらいたい。例え小声であっても、好きな人の声と言うのは聞き漏らしたくないのである。

 好きな人がいる、と彼女は初めて口にした。思わずと言った感じではあったが、彼女の口から出たのをチャンスとばかりに私は彼女に詰め寄った。そして洗いざらいその想いとデートの内容を吐かせたのである。

 彼女に好きな人がいたことをとりあえず知らなかった体で話し、私の気持ちを悟らせない為に子の成長を見守る母のような目で彼女を見た。

 そしたら彼は突然彼女の好きな人を見に行こうと言い出した。この男は私の気持ちを薄々感づいている節がある。そして私の想いに有利に働くように発言をすることが多い。だから今回も自惚れではなく私のことを考えて言ってくれているのだろう。

 そもそも私が彼を友人に思えるようになったのも、こういったところからだった。決して私への好意を出さず、私の想いを尊重するような発言をする。思えば男性嫌いになってから嫌悪感や不快感を感じなかった初めての男は、彼だったかもしれない。

 そして私はそれを苦々しく思いながら彼の思惑に乗った。好きな人は知っていたが、デートした相手のことを詳しく知りたかったからだ。

 彼女に無言で圧力をかけ、約束を取り付けた。一安心していると、彰が自分もついて行くと言い出した。何か考えがあるのだろう、先ほどの助力はありがたかったので、私も彼に助け舟を出すことにした。そして結局三人であの喫茶店に行くことになったのだ。


 喫茶店でデートした相手のことを知ったとき、非常に驚いた。彼女はチャラ男があまり得意ではないので彼女の友人にもあのようなタイプはいなかった。速水洋介に対し、初手で笑顔のまま固まってしまったのは一生の不覚である。

 二人のやり取りを観察していると、彼が彼女に好意を抱いていることがありありと分かった。彼女が気付かないのが不思議なくらいである。だが恋敵にはなり得ないので同情心を抱いただけで済んだ。

 彼女は彼を、兄のように感じている。デートをしたと聞いたときは焦ったが、この分では彼の想いは私と同様、報われることはないだろう。

 如月が余計なことを言ったが、結局漫才みたいなやり取りをするだけだったのでほっと安堵した。彼女に揺さぶりをかけるためにわざわざ彼らの前で好きな人のことを聞いてみたりもしたが、やはり彼女の心は憎らしいあの(女性)のもとにあるようだった。

 その後の会話の中で、それとなく彼女の恋心を知っていたことを伝えた。やはり、一番に彼女の口から聞けなかったのは悲しかった。聞きたくはなかったのだが、聞きたかったのだ。矛盾してはいるが、それが紛れもない私の本心だった。

 彼女が好きな人を打ち明けてくれなかった事実が悲しかった。そんなことはないとは思うのだが、彼女に信用されていない気がして。もちろん彼女が恥ずかしがり屋だから言わなかっただけだ。分かってはいても、やっぱり悲しかったのだ。


 だけどそんな些細な問題は次の瞬間には吹き飛んでいた。

 きっと、私と同じ想いで言った訳ではない。彼女にとっては紛れもない友人への友愛に過ぎなかったはずだ。

 それでも、彼女は私を好きだと言ってくれた。

 天にも昇るような気持ちだった。嬉しくて嬉しくて、それだけで胸が一杯なのに。彼女は更に私の頬に手を添え、自然な仕草で頬を撫でた。

 心臓がばくばくと音を立てている。彼女にこの音が聞こえはしないだろうかと心配になるくらいだった。彼女は何とも思っていないから、今も愛おしそうに私の頬を撫でている。

 悔しいような、それでいて嬉しいような。複雑な思いを抱きつつも、幸せであることには変わりなかった。だけど苦しさが込み上げてきて、幸せを押し潰そうとする。

 理解したくない現実が、私を幸せから絶望へと引っ張っていく。葛藤していると、それに気付いたらしい如月が彼女に声を掛けた。

 今はそれが、とてもありがたかった。もう少しで涙が出そうだったから。

 彼女が私の頬から手を離すと、私は赤く染まった頬の熱を冷ますこともできずに俯いた。今は冷静になれる時間が欲しい。


 その後喫茶店を出ることになり、私は一番に会計を済ませ、彼女より先に店を出た。

 彼女が好きだと言ってくれるのは、幸せだけど、辛い。気持ちが掻き乱されるて、苦しい。私の後に会計を済ませた如月が心配そうな顔をして私を見ていた。

 いい奴なのだ、彼は。彼女が仲良くしているのもよく分かる。だからこそ、私も彼を唯一の友人だと思っている。願わくば、彼も同じように私を友人だと思ってくれているといい。

 私は彼女を好きだから、きっと彼が好意を抱いてくれていたとしても、気持ちには応えられないから。だから、友人でありたい。

 最後に会計を済ませた彼女が店から出てきた。少し顔が赤かったが、あの男が何か言ったのだろうか?

 少しだけ嫌な感じを覚えつつも、私たちはそれぞれの家に向かった。





 私には好きな人がいる。優しくてカッコいい、同じ性を持つ私の王子様。

 出会ってからずっと恋焦がれてやまない、愛しい人。

 だけど、私は今日の彼女の言葉で気付いた。


 あの主人公のようには、きっとなれない。

 だがら、この想いはずっと伝えずに、胸に秘めておこう。

 伝えたら、きっと優しいあなたは困ってしまうから。

 伝えたら、私はあなたと友達には決して戻ることができなくなってしまうから。


 ああ、性別なんてなければよかったのに。

 そしたら堂々と、あなたにこの想いを伝えられたのにね。



思ったより長くなってしまいましたが、ひとまず綾子さんのターン終わり。

彼女は可憐な見た目と違い、勇ましく現実主義な夢を見ない人です。虐められた過去が、彼女をリアリストにしたんだと思います。

恋愛小説が好きなのは、ある意味夢を見られるからかもしれません。


そして裕ちゃん視点じゃないとコメディ要素が出せない悲しみ。

次は裕ちゃん視点に戻すか如月君視点の話を書くか迷ってます。

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