19 突撃!偵察共犯の洋介さん!②
「…というので以上です。何か質問はある?」
事の顛末を話し終えた私は、もうなんか開き直ってどんとこい状態になっていた。こんな恥ずかしいこと話したらもう恥じらうも何もないよね。ちょっと涙が出そうだよ。
綾子がやや躊躇ってから質問をしてきた。
「裕ちゃんはその…速水さん?とは仲良いの?」
「ただの顔見知りだよ」
「え、ちょ川田ちゃん!?」
「嘘ですよ嘘。それなりに仲良いよ、多分」
「お兄さん顔見知りって言われたとき泣きそうになったよ…そして多分って何、俺たち結構仲良くなったよね!?なったはずだよね!?涙こぼれそうだよ…」
「じゃあムービーとってあげますね」
「いや泣かないから!塩対応っぷりに磨きがかかったね川田ちゃん…」
いつもの下らないやりとりをしていると、彰が何やら口角を吊り上げてニヤニヤとしている。
「速水さんは川田と仲いいんですね。お似合いですよ」
彰はとんでもないことを言い始めた。
私は秋人さんっていう好きな人がいるって言ってるのに!恥を忍んで言ったのに聞いてなかったのかこいつは!
「いや~嬉しいな~。川田ちゃんどうする?お似合いだって」
「どうもしませし、お似合いじゃないです」
「つれないなー」
「洋介さんが早く彼女作らないからこんなこと言われるんですよ。モテるんだから早く彼女作ってください」
「川田ちゃんそんな風に思っててくれてるの?お兄さん嬉しい…。嫉妬しちゃう?」
「嫉妬しませんから。いいから早く彼女を作ってしまえ」
「酷いよー。俺だって彼女作るなら好きな子がいいもん」
「好きな人いるんですか?」
「内緒♪」
「うざい」
「辛辣ぅっ!」
洋介さんと馬鹿な会話をしている間に二人が「なんか漫才してるみたいだね…」「そうだな、彼氏彼女って感じではないな…」と話していたことなど私は知る由もなかった。
「そういえば裕ちゃんが好きな人って…秋人さんなんだよね?」
「え!?…ああ、はい、そうです」
急に綾子が秋人さんのことを話題に出したので私は慌てた。それと同時に顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
恋バナというものを体験できること自体は恥ずかしいけど嬉しい。嬉しいが…それは男性に聞かれていなければの話である。洋介さんと彰はニヤニヤしながら私を見ている。今この空間で秋人さんのことを聞かれている状況は、地獄以外の何物でもなかった。
綾子にそのことを目で訴えると、答えるのに躊躇っている理由に気付いてくれたみたいだった。
「この話はまたあとで詳しくしようか」
「そうだね!」
返事の声が弾んでしまったのは仕方がないだろう。綾子はやっぱり天使だった。
ありがとう、マイエンジェル!
「それにしても裕ちゃんに速水さんみたいなタイプの友人がいるとは思わなかったな」
「まあ私も最初は仲良くなるなんて思わなかったから。苦手なタイプだったし」
「えぇ!?そんな風に思ってたの!?」
「チャラ男はちょっと…」
「いや俺チャラくないでしょ!?誠実な男だよ!?」
「これほどまでに誠実が似合わない男もなかなかいませんよ」
「酷い…川田ちゃん今日は容赦ないよ…シクシク…」
「今日は優しさを持ち合わせてきてませんから」
鳴き真似をする洋介さんは偵察デートのときと違って子供みたい。兄とするような会話ができるので、やっぱりこっちの洋介さんの方が安心する。何故安心するのかは分からないけど。
「はー本当に彼氏じゃなかったんだな。俺ちょっとガッカリだわ」
「なんで彰がガッカリするの」
「川田に彼氏できたら大ニュースじゃん!俺らの日常が少し賑わうから」
「はっ、日常に彩りを加えられなくて残念だったな」
「でも好きな人いたってだけで結構吃驚したけどな」
確かに今まで私には男の影などまったくなかった。好きな人すらもずっといなかったし、そんな私を知っていた彰は驚いたのかもしれない。
「でも私はなんとなく気付いてたよ」
「え!?」
洋介さんにはあっさり見破られたが、綾子にも薄々感づかれていたとは。
私は洋介さんの言う通り本当に分かりやすいタイプの人間なのかもしれない。
「だって裕ちゃんどんどん女の子らしくなっていくんだもん。恋でもしたのかなって思ったよ。言ってくれなかったのは悲しかったけれど」
「ごめん!恥ずかしくて言い出せなかったんだ…」
「ふふ、分かってるよ。裕ちゃん恥ずかしがり屋だもんね」
綾子は私のことをよく分かってくれている。昔から私が悩んでいると一番に気付いたし、気にかけてくれた。恥ずかしかったとはいえ、綾子に報告しなかったのは悪かったなと己の行動を悔いた。
「ありがとう、綾子。やっぱり私は綾子が好きだよ」
「ゆ、裕ちゃん!?急にどうしたの!?」
「いや嬉しくて…改めて綾子の優しさに感謝したの。綾子大好き」
綾子に感謝をしながら素直な気持ちを伝えると、綾子は顔を真っ赤にしていた。白い肌が朱に染まり、口をぱくぱくさせている。昔からこの友人は好きだと伝えると顔を赤くする、可愛い人なのだ。
そんな綾子が可愛くて、思わず頬をそっと撫でた。頬が熱くなっている。
結構照れ屋なんだよね、綾子は。そういうところがまた可愛いのだ。
「……っ!」
照れる綾子が可愛くてしばらく綾子の頬を撫でていると、彰からいつもより少しだけ低い声で話しかけられた。
「そのくらいにしてやれ」
「え、何が?」
「はぁー…。川田ってほんと罪な女だな」
「彰どうした?ついにおかしくなったか?」
「ついにってなんだよ!おかしくねーよ!」
意味不明なことを言われて逆切れされたが、とりあえず綾子の頬から手を放した。綾子は顔を真っ赤にしたまま俯いている。可愛いなぁ。
「彰君だっけか?川田ちゃんって女の子に対していつもこんな感じなの?」
「まあそうですね…本人は知らないみたですけどかなり罪作りなやつですよこいつは」
「やばいよ俺新しい扉開きそうになったわ…ああいう川田ちゃんもいいね」
「開かないでくださいよ!」
「あれは落ちちゃうね…お兄さんもいつもは落とす側だけど落とされそうになったわ」
「いや落ちないで下さいよ!そしてサラッと凄いこといいますね!」
綾子の可愛さを堪能していた私は、男二人が変な会話をしていたことに当然ながら気付かないのだった。
ぐだぐだになったが目的を果たした私たちは喫茶店を後にすることにした。結構長い時間いてしまったので少し申し訳ない。
会計を済ませ、先に店を出た二人を追うように店を出ようとすると、洋介さんに腕を引かれた。忘れ物でもしたのかと思って洋介さんの方を見ると、彼はまたあの大人びた表情をして私の耳元で囁いた。
「川田ちゃん、今度は川田ちゃん一人で俺に会いに来てね。待ってるから」
女装している時の少し高めの声ではない、男性らしい声が耳に響く。吃驚してのけ反ると、洋介さんはいつも通りに戻ってへらへらとした笑いを浮かべていた。
「ご来店ありがとうございましたー。また是非いらっしゃって下さいね」
返事もせずに店を出た。あのとき自分がどんな表情をしていたかは分からない。
だけど一つ確かなのは…してやられた!ということだった。油断していたのだ、今日はやりこめたと思っていたのに。やはりチャラ男は恐ろしい!
ドクドクと脈打つ心臓を落ち着けて二人の元へ駆け寄った。
電車に乗り、集合場所でもあった駅で解散する。私は家へ向かいながら洋介さんに対抗するための秘策をひたすら考えた。だけど結局秘策は何も思い浮かばず、今度秋人さんに洋介さんの弱点でも聞いてみようかと姑息なことを考えながら家に帰り、その日を終えたのだった。
秋人さんが全然出てきませんが、色んな人の恋模様を書いていくつもりなのでしばしお待ちを。




