01 出会い
秋人さんとの出会いはまだ桜が咲いている、高校に入学したての頃だった。
「ねぇ裕ちゃん、今日本屋に寄って行かない?好きなシリーズの新刊が出るんだ!」
「あーやっと発売なんだね。ずっと発売待ってたもんね、行こうか」
「ありがとー!」
嬉しくてたまらない、という輝く笑顔でこちらを見ているのは桜庭綾子。
小学校の時からの友人で、同じ高校に進学している。クラスも一緒で、気心知れた友人が初対面の人ばかりの中にいるのは安心するなーと思ったものだ。
彼女は読書が趣味で、色々なジャンルの本を読んでいる。中でも好きなのは恋愛小説だと言っていた。
今日はその恋愛小説の好きなシリーズの発売日のようで、朝からずっとニヤニヤしていた。なんでも筆の遅い作者で新刊が中々出ないんだと新刊を読み終えるたびに「次はいつ発売するのか…何年待てばいいのか…」と嘆き悲しんでいたのを覚えている。そんな思いをしても内容が面白いらしく、結局発売を待ってしまうのだと言っていた。
「よっしゃ、ダッシュ!ダッシュで行こう!」
「却下で」
「じゃあ早歩きで!」
「待ち遠しいのは分かるけど歩いていこう、歩いて」
「うーん、しょうがないなぁ。裕ちゃんのお願いは叶えたくなっちゃう!」
「何言ってんだか…」
綾子は見た目は清楚で物静かな可憐な乙女、という感じの女の子らしい女の子なのだが、中身が伴わない。
彼女は非常にアグレッシブな性格をしている。行動的で、静かになどしていない。静かにしているのは読書中くらいである。だが人見知りなのか、こうした一面を見せてくれるのは友人にだけらしい。
普段の彼女は可憐な乙女モードでいるようだ。そうなってしまうと言ったほうが正しいか。
他愛無いことを話しながら私たちは本屋へ向かった。
それは本屋に向かっているときに起きた。
「あなた、桜庭綾子さん?」
「え、そうですけど…」
突然見知らぬ女性に話しかけられた。同じ制服を着ているので同じ学校の生徒なのだろう。2人の女生徒がこちらを見ている。同じく下校途中だろうか。
「私の彼氏にちょっかいかけるのやめてくれる?」
「…はい?」
「佐藤雄大って知ってるでしょ?貴方と同じクラスの」
「…あぁ、知っています」
「彼、私の彼氏なのよ。最近貴方が彼にちょっかい出してるって友達が教えてくれたのよ」
「いや、ちょっかいも何も私から彼に話しかけたことありませんが」
「そうなの?由美子どういうこと?」
由美子と呼ばれた女性は綾子をキッと睨んだ。
「この子男子に愛想振りまいてるのよ!自分からは話しかけないけど、愛想振りまいて男子に凄い話しかけられてるの!雄大君なんてこの子と話すとき凄いデレデレしちゃってるのよ!」
「…そうなの?桜庭さん」
「いや、身に覚えないですが」
「嘘つかないで!」
由美子さんはヒートアップしてしまったようで、人通りが結構ある所にもかかわらず叫ぶようなボリュームで話している。通行人がチラチラこっちを見ている。
由美子さんの勘違いではなかろうか。綾子は人見知りで、男性嫌いなのだ。話しかけられると体がゾワッとするらしく、一瞬無表情になってからニッコリよそ行きの笑顔でいつも凌いでいる。…もしかしてそれを勘違いしているのだろうか。
彼女は見た目は完全に可憐な乙女で尚且つ美少女だ。美少女コンテストとかに出たら優勝間違いなしであろう。なので男性に人気がある。ぶっちゃけめっちゃモテる。そんな見た目でニッコリされたらクラッときてもしょうがないと思う。分かる、可愛いもんな。
だけど彼女自身はその容姿のせいで男性に対してあまりいい思い出がないのか、男性嫌いなのだ。どんなに告白されようと、良さそうな男性であっても絶対に「OK」を出さない。彼氏いない歴=年齢だそうだ。しかも生涯結婚するつもりはないという。勿体ない。そんな彼女にもし、彼氏ができたらよっぽどいい男なのだろう、一度は見てみたいものだ。
完全に思考が飛んでいたが、今は険悪なムードでの会話が続いている最中だった。
「だから…私別にそんなつもりないですから。振りまく愛想もないですから」
「じゃあなんで男にばっかり笑いかけてるのよ!私たちには笑いかけたりしないじゃない!」
「話しかけられたから普通に返してるだけです。話かけられてもいないのにわざわざクラスメイトみんなに向かって笑顔で見つめたりしないでしょ」
「屁理屈言わないで!」
「ちょっと由美子落ち着いて…」
「沙也加は黙ってて!」
どうやら怒りが最高潮になったらしい。顔が真っ赤になっている。
多分綾子がぶりっ子だなんだと難癖を付けに来たんだろう。美少女故に彼女は女性の敵を作りやすいのだ。以前中学の時も何度か同じようなことがあった。あれも確か春ごろだった。月日を重ねていくうちに彼女の人となりが分かってきたのか、それ以降はそういったことはなくなっていった。
多分由美子さんは同じクラスのいいなと思っていた男子が綾子に好意を持っていて、気に入らなくて友人を引き連れて罵りにやってきたのだろう。
出会いの季節というのは相手の中身を知らない故に、見た目から判断してなにかと諍いが起きやすい時期なのかもしれない。春だなぁ。
「もう我慢できない!」
ずい、と綾子の前に身を乗り出した彼女は右手を振り上げた。
まずい、綾子に当たる!
バチンッ!
振り上げた右手はなんとか私の頬に当たった。ふう。美少女の顔に傷でもついたら大変だ。
由美子さんはビックリした顔でこっちを見ている。沙也加さんはまさか友人が手をあげるとは思わなかったのだろう、顔を真っ青にして困惑している。綾子は来るはずの衝撃が来ないことに目を開けて、自分の目の前に私を確認して驚いたようだ。私の顔を見て頬が赤くなっているのを見つけると、今にも泣きそうな顔になった。
「綾子、大丈夫だよ」
「でも頬が赤くなってる…ごめんなさい、私のせいで…」
「綾子のせいじゃないでしょ」
由美子さんをみるとビクッとしている。別に取って食べようだなんて思ってないのに。
「あー…由美子さん手、大丈夫?赤くなってるよ」
「え?えぇ、大丈夫です…」
少し落ち着いて冷静さを取り戻したのか、顔が真っ青になっている。怒りに任せて行動するととんでもない事態を引き起こしたりするんだよね、分かる分かる。
「ご、ごめんなさい!手をあげるつもりじゃなかったの…本当にごめんなさい!」
由美子さんは泣きそうな顔で走り去って行った。
「あの…私からもごめんなさい。私も由美子から聞いた時雄大が取られるんじゃないかと思って焦っちゃって…まさかこんなことになるなんて。今の感じだと多分由美子の勘違いだと思うの。ごめんなさいね、桜庭さん…えっと、貴方は…」
「川田裕です」
「川田さんもごめんなさいね…後日改めて謝りに行くわ。本当にごめんなさい」
物凄い申し訳なさそうな顔でもう一度ぺこりと体を折ると、沙也加さんは由美子さんの走り去って行った方へ向かった。
嵐の様だったなぁなんて思いながらいたら、後ろから声をかけられた。
「貴女、大丈夫?」
「貴方→貴女」に修正しました。