17 見られてたやん!
偵察を終えた次の日に学校に行くと、同級生のクラスメイトである如月彰に話しかけられた。何故かにやにやとしているので怪訝な顔をして彰を見ると、彼は小声でとんでもないことを言った。
「昨日男とデートしてたみたいだけどあれ彼氏か?」
見・ら・れ・て・い・た!
一瞬フリーズした後強く机に頭を打ち付ける。恥ずかし過ぎて顔を上げられない。もう今日は学校を早退したい気分だった。
「おい、大丈夫かよ。凄い音したけど」
「いやうん…え、見たの、昨日の」
口の横に手を当て物凄い小声で話す。この男は空気の読める奴なので私に合わせて更に声のボリュームを下げた。
「見た見た。お前に彼氏がいるとは思わなくてビビったわ」
「いやあれ彼氏じゃないから。偵察仲間だから」
「にしては手を繋いでてカップルみたいだったけど」
「!?…恋人のフリして偵察してたからね。…他に何か見た?」
「いや、俺も用事あったからその後は知らん。てか偵察って?」
とりあえず泣いていたのは見られていなかったみたいで安心した。
…いや、全然安心できないけど!見られてるには変わりないけど!バッチリ手を繋いでたの見られてたやん!あー恥ずかし過ぎる!
「いやちょっと色々あって偵察をね…」
「色々ってなんだよ」
「色々だよ」
「しょうがないな、そういうことにしといてやるよ」
にやにやして頷いている。なんか勘違いしてるな。
「いや本当に彼氏じゃないから」
「分かった分かった」
この流れはなんだ。洋介さんは彼氏じゃないぞ!
「いやほんとに彼氏じゃないから!他に好きな人いるし!」
「え、マジで」
「あ、しまっ…」
「え、裕ちゃん好きな人いるの?」
失言してしまったと焦っていたら急に隣の席にいた綾子が食いついてきた。物凄い小声で話していたのによく聞こえたな。地獄耳か!
「いや、あの…」
「あと彼氏って何?何の話?あとデートって?」
「そのですね…」
「いつの間に?ねえ裕ちゃん私知らないよ?」
怖い。綾子が今までにないくらい怖い。にっこり笑っているのに目が笑ってない。血の気が引いていくのが分かる。綾子は怒らせると本当に怖いのだ…こんな風に笑顔を振り撒きながら周りの温度を下げて黒い空気を纏うから。彰を見ると、彰も私と一緒に顔を真っ青にしている。
「さ、桜庭落ち着け。川田によれば昨日俺が川田とデートしてるのを見かけた男は彼氏ではないらしい」
「彰は黙ってて」
「はい」
いつもより低いドスのきいた声で話す綾子に彰は完全に委縮している。まあ怖いよね、今の綾子。
如月彰というのは私の中学時代からの友人である。男友達は結構いるが、その中でも仲は良い方。こいつも中性的な顔をしたそれなりに顔のいい男だ。ちなみに双子で他のクラスに姉がいる。姉の方も友人だ。この双子も仲良くモテる。何故私の周りにはモテる人ばかりが集まるのか。
そして彰は男性嫌いな綾子が唯一普通に話せる貴重な男子だ。私が仲が良かったのもあって、話す機会が多かったから慣れというものかもしれない。だから綾子は彰と話すときは余所行きスマイルは封印し、普通に話す。故に綾子の普通の男子なら見られないであろう暗黒面をこうして見ることになっているのだが。
そんなことより黒い笑顔を浮かべている綾子に言い訳をしなければ。寒い、綾子の周りだけ夏なのに冬みたいに寒いよ!
「いや、綾子さんこれには事情があってですね…」
「もちろん事細かに話すよね?」
にっこり笑う彼女の笑顔には有無を言わせぬ圧力があった。
これは断れないだろうな…。
「はい、話します…」
そうして私はずっと秘密にしてた秋人さんへの恋心を綾子に話すことになってしまったのだった。
※ ※ ※
「…という訳なのですが」
朝に綾子に捕まり、ゆっくりじっくり話を聞きたいからと言われて気付けば放課後になっていた。綾子だけではなく何故か彰も一緒に話をずっと聞いていた。こんなプライベートなこと聞かないでほしい。綾子にばれることとなった原因の彰にはさっさと帰っていただきかったのだが何故か綾子と共に今もこの場に居座っているのである。いくら仲が良いといっても男子に何故自分の恋の話をしなければいけないのかとさっきからずっと考えている。羞恥プレイか何かなのだろうか。
私の話を聞き終えた綾子は納得したように頷いている。彰も真似して頷いているがお前は頷かなくていい、そして今すぐ帰れ。
「成程ね…裕ちゃんが『早乙女琴音の恋愛事件簿』シリーズ借りたいなんておかしいと思ったのよ。そう、恋をしていたのね…」
綾子は成長した子供を見守る母のような暖かな眼差しで私を見ているが、私はそんな目で見られたくはない。子供だけど、子供じゃないのに。
未だかつてない羞恥プレイに恥ずかしくて俯いていると彰がとんでもないことを言いだした。
「真相を確かめに川田の好きな人見に行こうぜ」
この男は朝から余計なことばかり言う。後できつい制裁を浴びせねば。
「断る」
「裕ちゃん、私裕ちゃんがデートしてたっていう男の人が見たいな~。喫茶店の人なんでしょ?」
綾子の黒い笑顔に怯えつつ、答えに窮する。綾子は男性が苦手なのもあって今はあまり『LaLa』には行っていない。秋人さんは大丈夫らしいが、やはり苦手なものは苦手らしく誘っても一緒に行かないことも多かった。だから洋介さんのことを綾子は知らないのだ。
だらだらとさっきから冷や汗が出る。綾子が笑顔でプレッシャーをかけて連れて行けと無言で言う。これはもうYes以外に答えはないのではないだろうか。私は結局、綾子の圧力に屈した。
「…分かった。連れて行って紹介します」
「よし!次の日曜日どう?」
「あとでシフト入ってるか本人に聞いてみます」
「連絡先まで交換していたのね」
「はい、偵察に必要だったので…」
「その人にも詳しく聞きたいね」
ああ、なんて災難な日なのだろう。彰を思いっきり睨むと私の睨みなどどこ吹く風な様子だった。おのれ彰、この恨みはらさでおくべきか。
「俺も行くわ」
「は?」
「だって俺が見た男と川田が桜庭に紹介する男が違ってたら困るだろ?な、桜庭」
「…まあ確かに」
「えー…」
信用ないな、私。というか二人が今日はなんだかいつも以上に疑り深いのだ。いつもならこんなこと言わないのに。私がずっとこのことを隠していたのが仇となったのか…。
「じゃあ三人で行こうぜ」
「そうね、しょうがないからそうしましょう」
「…もういいです、それで」
話はそれでまとまり、解散となった。洋介さんに今週の日曜日のシフトを聞いたら入っているというので残念ながら今週女装喫茶『LaLa』へ向かうことになった。秋人さんがシフト入っていなかったことだけが救いである。
シフトを聞いたら洋介さんは最初嬉しそうにしていたが、行くことになった経緯を話したら苦笑していた。突然友達を連れて洋介さんに突撃することになったのに「俺のせいでもあるし、しょうがないね」と笑って言ってくれた彼の優しさに感謝しよう。
約束の日曜日、憂鬱な気分で家を出ながら小さくため息をついた。




