15 映画館
秋人さんとゼミの女性(洋介さんによると「聡美」という名前らしい)が簡単な挨拶を終えて動き出したので、私と洋介さんも二人を追うように動き出した。…何故か手を繋いでな!
洋介さん曰く「恋人といったら手を繋ぐもんだろ!」とのことでこうなった。まじでなんでや!気付いたらもう手を繋いでたんだよ!プロかよ!手繋ぎのプロかよ!やっぱチャラ男やん!
もう恥ずかしくて穴があったら入りたい状態である。こんな恥ずかしい姿を知り合いに見られたら私の今後の学校生活はお終いだ。どうか知り合いに見られませんように…!
何故手を繋ぐことでこんなに騒いでいるのか。それにはきちんと理由がある。
私川田裕は異性とほぼ触れ合ったことがないからである。手を繋ぐとか中学の頃のフォークダンス以来ですよ!免疫がないから辛い、恥ずかしい、耐えられない!故にこんなに騒いでいるのである…心の中で。
チラッと洋介さんの顔を見るが、彼はなんとも思っていないようで平然としたいつもの顔のままだ。私だけこんなに翻弄されていて悔しい。いつか目に物見せたるわ!と小さく誓いを立てた。
私が脳内で大騒ぎをしている間に偵察対象の二人は駅近くの映画館に向かっていた。どうやら映画を見るようだ。デートの定番だな。
「ほー映画か。俺たちもばれないように秋人たちと同じ映画見ようぜ。何見るんだろうな」
「なんでしょうね…てかまだ手を繋いでいるんですか」
「当たり前じゃん?デートですから」
ニコッと笑ってウインクをする洋介さん。男のウインクとか別に可愛くないから!
「…はぁ、まったく。もういいですよ、何もツッコミません」
「いつもしてやられてるから今日は裕を翻弄出来て楽しいなぁ」
「くっ…次喫茶店で会った時は覚えててくださいね…絶対やりかえしますから」
「おお怖い怖い。でもやり返すってことは秋人じゃなくて次は俺に会いに来るの?秋人の前じゃあんまりそういう顔見せないもんな?」
ニヤニヤと笑う洋介さんは意地の悪い笑顔を浮かべていた。いつもは彼と話すとき彼を負かしてばかりなのでとても悔しい。
というのも、秋人さんといるときはこういう洋介さんとのお馬鹿なやり取りは控えめにしているのだ。秋人さんに見られるのは凄く恥ずかしいから。秋人さんといるときは少しでも秋人さんに私が女性であることを意識してもらいたいから、子供っぽい姿は見せたくない。
故に洋介さんの発言に反論が出来ないのが悔しい。いつもは洋介さんの方がやられっぱなしなのに。
「…今日はいつにもなく攻めてきますね。でも…まあそうですね、たまには洋介さんに会いに行きますよ。そして負かしてやりますから」
負けてばかりではいられない。私は結構負けず嫌いだからやられっぱなしは性に合わないのだ。宣戦布告の意を込めてにやりと笑いながら洋介さんに言ったのだが、洋介さんは急にその場にしゃがみ込んでしまった。
洋介さんから返事がないので彼に声を掛けると、ゆっくり立ち上がった。そして何故か顔を赤くしていた。今日はそんなに暑いだろうか。あとでカフェにでも誘って涼むべきか。
「やべぇ…今日はほんとなんなの。俺をどうしたいの?」
「何を訳の分からないことを…」
「あーもう負けてるよ。もうとっくに負けてるから」
「は?何言ってるんですか!勝ち逃げは許しませんよ!」
「いやそういうことじゃなくてね…あーもうほんとヤバい。何これ。秋人が羨ましい…」
「何故そこで秋人さん…ってまずいですよ!秋人さんたちもう入って行っちゃいましたよ!」
「やば、確かあの恋愛映画のチケット買ってたよな?よし行くぞ!」
「了解!」
意味不明な会話をしている間に秋人さんたちは映画館内へ入って行ってしまっていたので急いでチケットを買って追いかけた。幸い席は前の方の秋人さんたちの席から遠い後ろの席だったので安心して映画を見れそうだ。
秋人さんたちが選んだ映画は人気の少女漫画を原作にした映画らしい。あまり恋愛漫画を読まない私は原作を知らないので完全初見だ。元々恋愛系のものはあまり読まないのだが、綾子に借りた恋愛事件簿シリーズのお陰で少しずつ興味を持ち始めていたので今回も少しだけ楽しみである。洋介さんはこういうのは苦手みたいであまり興味なさげだった。
まあ今回の目的はあくまであの二人の偵察なので問題はないだろう。私も映画の内容より二人が気になった。
秋人さんは見ている限り常に紳士だった。歩道を歩くときは車道側を歩き、聡美さんの歩くペースに合わせている。話をするときは聡美さんの聞き役に徹しているようで、聡美さんはとても楽し気に話をしていた。そしてデートをするときはやはり手を繋ぐものなのか、二人も手を繋いで歩いていた。様子を見るにどうやら聡美さんの希望らしかった。というか手を繋ぐどころかいつの間にか腕組んでた。羨まし過ぎてちょっと涙でどうだった。
そんな私に気付いてか洋介さんに「俺たちも腕組む?」と言われたが丁重にお断りした。これ以上羞恥を重ねるつもりはない。ちょっとだけ残念そうにしてた洋介さんが意外だった。さっきみたいに私をからかう目的で聞いてきたのだと思っていたのだが。
いよいよ映画が始まった。二人を見ると、聡美さんが秋人さんに寄りかかっている。恋人同士かよ!と言いたくなった。もう羨まし過ぎて心の中が荒れ狂っていた。私の醜い部分が顔を出していたので、これ以上醜くなりたくなくて映画に集中した。
簡単に言えば、片思いだと思っていたヒロインは実はヒーローに想われていて、両片思いだったという内容だった。色々あってすれ違って、紆余曲折を経て両想いになるよくある話である。
映画館内からは鼻をすする音も聞こえてきたが、私は全然泣けなかった。恋愛ものはあまり共感できなくて泣いたことがない。この映画も良くある話だな、くらいの感想しか浮かばず同じお金を払って映画を見るならアクション映画とかホラー映画が見たかったなと思った。
洋介さんも同じだったようで、映画がエンディングロールに入ると二人で苦笑いしながら席を立った。秋人さんたちはまだ席を立っていない。今のうちに映画館を出た。
両想いの話は今は見たくない。自分とは重なることがないから。
私の恋は、叶わないのだから。




