12 ◆速水洋介
汚名を返上できたかは分からないが、彼女とは普通に会話することが出来た。特に嫌われたという様子もなく安堵する。彼女はいつも話す女性たちとはタイプが違い、なんだか新鮮で楽しかった。なんかこう、男友達と話しているような感じで。慣れてきたら冗談にも乗ってくれるようになったし、何より淡々とした返事が面白い。俺はまた彼女と話したいと思った。
それから数か月して分かったことがあった。彼女は友達と来ることもあるが、大体は一人で来る。そして必ず秋人のシフトが入っている日の休日に来る。まあ秋人に会いたくて来ているんだから当たり前か。学生だからか平日はほとんど来ない。そして月に2、3度の頻度で来ている。
結構な頻度で来てくれるのでもうすっかり板の付いた常連になっていた彼女はココアが好きらしく、注文はいつもココア。たまに紅茶を頼んだりもするが、ココアを飲むときの方が心なしか嬉しそうにしている気がする。俺は甘い飲み物が苦手だからココアは絶対頼まないけど、少し興味が湧いた。
秋人と連絡をとりあって来ているようで、いつも秋人が出迎え、話をしている。店が空いてるときにたまに俺もその空間に混ざって話す。その頃には俺は彼女を川田ちゃんと呼ぶようになって、彼女は俺を洋介さんと呼んでくれるようになっていた。秋人もたまに秋人さんと呼ばれていたが本人が秋ちゃんっても呼んでくれないと嫌よ!と言っていたので秋ちゃん率が高い。だけどお前秋人さんって呼ばれたとき満更でもなかっただろ。俺の目はごまかせんぞ。そしてその時間は俺にとって自分でも気付かぬうちに凄く大切な時間になっていた。
そんな時、彼女が秋人のシフトに入っていない日に珍しく来た。俺は丁度手が空いていたのですかさず彼女に声をかける。
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
「はい」
「今日は秋人いないけどどうした?」
「うえ!?」
珍しいね、と言おうとしたら予想以上に彼女は吃驚していて俺も驚いた。まさか今までされたことがないような反応をされるとは。
「川田ちゃん凄い動揺してるけど」
「そ、そんなことないですよ!それより席に案内お願いします!」
「かしこまりましたー」
捲し立てられるように言われ、その場ではそれ以上は追求せずに素直に席へ案内する。丁度空いていたのでいつも彼女が座っている、奥の席へ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ホットココアでお願いします」
「かしこまりました」
やっぱりココア。ほんとに彼女はココアが好きだな。まあ雪が降る今の季節はホットココア頼む人多いけど。彼女があんまり美味しそうに飲むから一度頼んでみようかと思うようになっていた。
オーダーを届けに厨房に向かいながら彼女の顔をちらりと見る。いつもよりテンション高めに話したせいかちょっと顔が赤くなっている。林檎みたいで可愛い。
淹れたてのココアを持って彼女のもとへ向かう。彼女は窓の外をぼーっと眺めていた。最初に会った頃より伸びた髪と女性らしくなっていく服装。そういえば秋人がたまに彼女と出かけて女性らしさを教えているって言ってたな。なんでも彼女から頼まれたとか。満更でもない、というよりは嬉しくて仕方のないといった感じで語る秋人の姿を思い出した。確かに秋人程女性らしい女性も中々いないと思うしいい人選だ。
だけど秋人によって彼女が変わっていくのがなんだか無性にイラついた。
「お待たせしました、川田ちゃんの大好きなコッコアでーす」
「何故それを…って毎回のように頼んでたら分かりますよね」
「秋人も川田ちゃんはココア好きだって言っていたしな。あいつも川田ちゃんの影響でちょっとしたココアブームきてるらしいよ」
「そうなんですか!そっか…そっかぁ」
嬉しそうに自然に顔を綻ばせた彼女に、俺は思わず言ってしまった。寧ろ苦手なのにな。
「ちなみに俺もココアブームきてるぜ!」
「左様で」
「俺の扱い酷い!秋人の時みたいに嬉しそうにしてくれてもいいじゃない!」
「え、私そんな顔してましたか?」
自分では気付いていなかったようで、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。彼女と話すのはいつもはもっと楽しく感じているはずなのに、何だか今日はイライラしてしまう。
「で?秋人がいないのに来るなんて珍しいね。どうした?」
「ど、どうということは…私はココアを飲みに来てるんで!」
顔を真っ赤にして中々理由を言わない彼女にイラつきと、小さな悪戯心が芽生える。俺は彼女の耳元でそっと囁いた。
「秋人が好きだから来てるんじゃないの?」
すると彼女は声にならない声を出し、真っ赤な顔を更に赤くさせる。益々林檎みたいだ。思わず噛り付きたくなってしまう。
「な、んで、それを…」
「川田ちゃんバレバレだから」
「え!?じゃあ秋人さんにも…」
「それはないから安心なさい」
秋人が彼女を好きなのかどうかは正直分からない。だけど他の女性より親密にしているのは確かだ。それは彼女がオカマである秋人を受け入れてくれているからなのか、それ以外の理由があるのかは分からない。俺と秋人はあまりそういう話をしないから。
だけど彼女が秋人に恋愛的な好意を寄せていることに気付いていないのは確か。こんなに分かりやすいのに秋人は非常に鈍い。それともわざと気付かないフリをしているのだろうか。いや、秋人のことだからそれはないだろう。秋人は告白されてもきちんとした断りを入れる、自称誠実な俺とは違って本当に誠実な奴だから。
彼女は秋人に自分の気持ちがばれていないことにほっとしたのか、少し冷静になったようだ。赤くなっていた頬はその紅を薄くさせていた。
「あの、いつから気付いて?」
「んー2回目に会った時かな。川田ちゃんすげー分かりやすいんだもん、お兄さんピンときちゃったよ」
「そんな早くから…ああ恥ずかしい」
「まあ他のお客さんでも川田ちゃんみたいな理由で来てる人いるし、いいんじゃない?」
「そそ、そうなのですか」
ぱっと顔を輝かせたと思ったらすぐに青くなっていく。これは他にも秋人が好きで来てる人がいるんじゃないかって思ってるな。
「川田ちゃん、その予測は正解です」
「え!?何も言ってないのに何故…てか、え!?」
顔がコロコロ表情を変える。最初の頃はあまり表情の変わらない子だと思っていたけど今は全然そんな風に思わない。寧ろ表情豊かで顔で何考えてるか分かっちゃうくらい色んな顔をする。
「ほんと分かりやすいな~川田ちゃん」
「友達にもそれ言われました。自分ではそんなに分かりやすいタイプではないと思うんですが」
「いやいやいや、絶対嘘とかつけないタイプだよ。顔でばれるから」
「そんなに…何か恥ずかしい」
また顔を赤くして顔をプイと背ける。ちょっと胸がドキリとする。
「洋介さん、これは絶対、ぜぇーったい秋人さんには内緒ですからね」
「はいはい分かってますよ。本人にばらすなんてしたら川田ちゃんに嫌われちゃうしね」
「そんなことしたら2度と口利きませんからね」
「マジな奴ですね、はい了解であります!」
その後は彼女が帰るまで彼女が本気で怒らない程度にからかった。そうでもしないと胸がズキズキして痛くてしょうがないから。この日は俺は嬉しさと胸の痛みでなかなか眠れなかったのをよく覚えている。
それ以来、ごくたまに彼女が秋人のシフトが入っていない日に来ると俺は彼女とのお喋りを楽しむようになった。恥ずかしそうに秋人の情報を聞いてくる彼女が可愛くて、俺はそんな彼女を構うのが楽しくて。彼女と過ごす時間が愛おしくて仕方がなくなっていた。そして俺は苦手だったココアが少し飲めるようになっていた。
だから今回彼女と2人で出掛けられることに今までにない喜びを感じた。デートをするフリとはいえ、これはデートには違いない。服や髪型を指定したらめんどくさいと言っていた彼女が、俺の為に俺が頼み込んだ服を着てきてくれたり髪型をしてきてくれる。つまり彼女が俺の為に少しだけ変わってくれるのだ、喜ばないはずがない。彼女という存在はいつの間にか俺の頭の中を占領していった。日に日に彼女のことばかり考えるようになっていく自分に驚いた。
ココアを全て飲み干すことが出来るようになる頃には俺はどうなっているんだろう。彼女のことで頭が一杯になっているんだろうか。
そんなことを考えながら俺は彼女とのデートに向かう為に家を出た。女性とデートに行くのにこんなに胸の鼓動が早く鳴るのは初めてだ。特撮に夢中になっていた頃に毎週どきどきしながら次の放送を待ち望んでいたのを思い出す。あの感覚に近い、鼓動の高鳴り。
やっぱり彼女はカッコいい。特撮の戦隊物のヒーローみたいに、俺をこんなにどきどきさせてくれるのだから。




