11 ◆速水洋介
俺と彼女の最初の出会いはあまりいいものではなかったと思う。彼女にとっても、俺にとっても。
俺は最初に彼女を見たとき凄くカッコいい人だなって思った。俺より年下かなって思うのにカチッとしたジャケットを着こなして。身長はは普通か少し小さいかなって感じだけど凛と伸ばした背筋がそれを感じさせない。俺は彼女を見て言ったんだ。
「お、珍しー。今日は男性客がいるね」
あれは今でも後悔してる。よく見れば線は細いし髪は短いけどどこか女性的で。角ばっていない、女性らしい丸みが感じられる体つきをしていた。思い込みというのは恐ろしい。
「女性ですが」
そう淡々と無表情に彼女は答え、俺はしばらく動けなくなった。彼女は女性にしては少し低い声だったが、それでもきちんと女性の声をしていた。カッコいい人が女性だったことに衝撃を受けた俺は回らない頭で何とか言葉を紡ぎだす。
「イケメンがいると思って思わず声かけちゃったよー。ごめんね、女の子だったのか」
へらへらとした笑いと一緒に出たのは軽い謝罪とも言えないような謝罪。普段の俺の女性に対する対応がそのまま出てしまった。もっと真剣に謝りたかったはずなのに。こういう所が誠実さに欠けるって言われるのかな。その後は軽く彼女と秋人挨拶程度の会話をして別のお客さんの所に向かった。その時に秋人が凄い睨みをきかせていたのには目を瞑って。
元々は彼女じゃなくて常連のお客さんと喋ろうと思っていたんだけど、つい男性客がいるのが珍しいなって思って声かけちゃったんだよな。カッコいいは俺の中でイコール男性だったから。心の中で凄い落ち込んだ。
俺は女性に対してあんな失敗をしたのも、性別を間違ったのも初めてだった。俺はチャラいっていわれるからか、女性らしい女性と交流を持つことが多い。だから女性の対応には慣れてたし、嫌われたり地雷を踏んだりしない自信があった。そして俺自身は俺のことを誠実だと思っているんだけど、やっぱり見た目とか言動がチャラいらしく、自称誠実と言われる。納得いかない。
俺は顔は結構いい方で、それなりにモテる。熱烈に入れ込むような女性もいなかったし、女性は来る者拒まず去る者追わずなスタンスだったので自分から告白とかはしたことはない。そして女性には平等に接している。でも付き合った元カノたちにはそれが原因でいつも別れを告げられた。一人だけ特別なんて女性はいたことなかったし、俺は別に別れても構わなかったしね。あまり恋愛というのに夢中になるタイプではなかった。
そんな俺がせっかく出会えたのにまた話せないのは残念だなーと思ったのは彼女が初めてだった。それだけに、あの出会いには本当に反省しかない。彼女にまた会えても俺の印象最悪だしね。仲良くなるのが難しくなった。
そしてあの日はシフト終わりに秋人にしこたま怒られた。女性に男だなんて失礼な!ってね。秋人は女性の気持ちが分かるから余計許せなかったんだろう、その日の説教は長かった。秋人は俺がチャラいといわれることに納得していないのを知っているのでチャラい要素に気付くとその度説教してくるオカンみたいな奴だ。
秋人とは大学で知り合った。秋人とはたまたま同じゼミの隣の席になって、それから話すようになった。最初見たときは流石凄い美形がいるって入学式の時に話題になった男、ほんととんでもない美形だな、芸能人かよって思った。それでいて性格は穏やかで誰に対しても優しいし紳士的。モテたモテた、そりゃあモテた。だけど本人が言うには彼女はいたことないらしい。告白されても全部懇切丁寧にお断りしていたそうだ。本気で驚いたね。こんな美形なら女性は選り取り見取りだろうし、なんでだろうって。
それが分かったのは大学の最寄り駅近くの時給がめっちゃいいバイト先を見つけたとき。女装喫茶っていう変わった喫茶店だったが、時給の良さに惹かれた俺はそのバイトに応募した。そして喫茶店に面接に行ったときにドア開けたらいたんだよね、秋人が。メイクとかしてるしメイド服みたいなの着てたけど確実にこいつは秋人だと思った。大学でよく見る友人の顔を間違えはしない。俺も秋人も固まった。そしたら店長さんらしい綺麗な女の人が来て、俺たちの緊張した空気を感じ取ったのか2人で別の部屋に連れてかれた。その後色々あったけど俺はバイトに受かり、秋人と一緒に働くことになった。
秋人には女装喫茶で会ったその日に話があるとお呼び出しを受けて女装喫茶で働こうと思った訳、自分がオカマであるということ、本当はこのバイトのことをずっと秘密にするつもりだったことなどを教えてもらった。オカマでも俺たちが友人であることに変わりはないし「そうか」とだけ答えてその日の話は終わった。後日秋人には「気持ち悪くないの?」と聞かれたが「別に。お前であることに変わりはないじゃん」といったら少し嬉しそうにしていた。
それからは女装喫茶では秋人はオカマであることを俺に隠さなくなった。女性っていうか寧ろなんか俺のオカンみたいになったけど。たまに「俺に惚れるなよ?」「それはない」みたいな冗談の応酬をしながら今まで友人関係は続いている。
俺が彼女にあんな事を言ってしまったのはバイトに受かってから一か月後くらいの秋の終わりが近づいてきた頃。俺はそんなオカンみたいな秋人に、彼女に与えてしまった最悪の印象をなんとか返上しようと間を取り持ってくれないだろうかと頼んだ。意外そうな顔をした秋人は少し考え込んだ後、次に彼女が来るときは教えるからシフト入れなさいよとまるで子供を叱りつけるように言った。俺は次は失敗を繰り返さないぞと強く決意した。
そして2回目の彼女と会う時。俺は緊張しつつも彼女がドアを開くのを待っていた。カランっと鈴が鳴る。一瞬心臓の音が大きくなり、ドアを開けた人物を見て更に大きくなる。
凛と背を伸ばすカッコいい女性、彼女だった。相変わらず男みたいな恰好をしている。それでも今度は間違えない。
「いらっしゃいませー!1名様ですか?」
「はい…あ、こないだの」
「こないだはほんとごめん。マジでカッコよくてさ、思わず口から出ちゃったんだ」
「別に言われ慣れてるし、気にしてませんよ」
ちょっと自虐的に笑いつつも本当に気にしていないような様子に一瞬安堵して、また落胆した。彼女は男に間違われることに慣れているらしい。俺もその間違えた一員になってしまったことが悔しい。もう一度出会いをやり直したいくらいだ。
「裕ちゃんいらっしゃい!待ってたわ、今日も素敵ね!いつもの席にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
いつもの席、と言った秋人の言葉からそれなりに彼女がこの店に通っていることが分かる。そして秋人が来た瞬間、思わずといった感じで綻ぶその顔に俺は彼女は秋人が好きなのだと思った。嬉しそうに笑うその顔は、男性のようなルックスとは裏腹に女性らしい柔和な笑み。なるほど、秋人に会いにここに来ているのかと妙に納得する。
「今日はお客さんも少ないし、俺も混ぜてもらいたく思いまして」
「この長い黒髪のメイドさんはちょっと前にここで働くようになった私の友人で、洋介って言うの。こないだはごめんね、ほんと洋介が失礼なこと言って」
「いえいえ、ほんとに気にしてませんから大丈夫ですよ」
「裕ちゃんはほんと優しいわね!洋介!裕ちゃんの優しさに感謝なさい!」
「ははぁ!えっと…名字は?」
「川田です」
「川田様の優しさ、感謝してもしきれません!この洋介、その優しさ一生忘れませぬ!」
「あんた一応女装してるんだから少しは女性っぽく返しなさいよ、なんでそんな爺やみたいな返しなのもう!」
つい大学にいたときみたいなノリ(但し秋人はオカマバージョン)になってしまったが、何故か彼女は嬉しそうに笑っていた。カッコいい見た目と可愛い笑顔のギャップに戸惑う。
「秋ちゃんって友達といるとそんな感じなんですね」
「あらやだ恥ずかしい!変かしら?」
「いいえ、秋ちゃんのいつもとは違う一面が見れて嬉しいです」
そう言って秋人に微笑む彼女を見て、少しだけ秋人が羨ましくなった。




