10 偵察
初恋を思わぬ形で失恋した後、私は秋人さんに女らしくなれるようご教授いただきたい旨を話し、そしてご指導いただけることになった。
失恋してもやっぱり諦めきれなかった私は、秋人さんと並んで歩いても恥ずかしくない女性になりたいと思ったのがきっかけだ。自分に似合う女性らしい服は分からないし、そもそも女性らしいってなんぞや?と思った。そこで男性みたいな容姿の私をどう女性らしく見せる?と考えた結果、身体が男性である秋人さんならその術をよく知っているのでは!と思い至ったのだ。
だがしかしもちろんそれだけではない。秋人さんと2人でお出かけしたい!という下心もあった。初めて男性(女性ではあるが)と2人きりで出かけたあのデート?は、凄く楽しかったし、幸せだった。どうしてもまた行きたくて、理由が欲しくて秋人さんにそんな話を持ち掛けた。また2人きりで会いたくて。
恋をするとこんな卑怯な手を使ってまで2人で会う口実を探してしまう。私は今まで知らなかった自分の一面を知って少し嫌悪した。こんな人間が、彼にあってもいいのだろうか、と。
初恋に翻弄される自分が嫌で、何か参考になる物はないかと思って綾子に『早乙女琴音の恋愛事件簿』シリーズを借りた。恋愛にまつわるアレコレが良く分かると綾子が言っていたのを思い出したのだ。綾子は驚いていたが「興味を持ってくれて嬉しい!是非感想を聞かせてね!」と言って嬉しそうに貸してくれた。
私は元々読書をする方ではないので物凄くゆっくりだが、高校2年生の夏現在では4巻まで読破している。皆どのキャラクターも恋に翻弄されて苦しみ、醜態を見せながらも恋にしがみつき、想いが実る…そういう内容だった。ここまで読んでみて、恋をするとこんな風になるのは案外普通のことなのかと思った。私だけではないという安心感に包まれてからは比較的穏やかに秋人さんとの時間を過ごした。
そして諦めの悪い私はこうして秋人さんのいる喫茶店に通い、未練がましく彼との時間を過ごしているのだ。今日はいないけど。
「秋人さん、今は恋人とかいないんですよね?」
「ああ、いないよ。俺あいつとそういう話ほとんどしたことないからよくは分かんないけど。前に聞いた時いないっていってたから今もいないんじゃないか?今度聞いてみる?」
「いや、大丈夫です…頑張って自分でそれとなーく聞き出してみます!」
「おー頑張るねぇ、川田ちゃん」
「恋する乙女は努力家だそうですからね!」
「はは、確かに。川田ちゃん、最初見たときから随分変わったもんなー」
ショートだった髪はセミロングに、男性物の割合が多かった服は今は女性物と半々くらいに。それでも半々なのはやっぱりおさがりはありがたいからだよ!それに女性っぽい服で出かけるのは秋人さんと出かけるときかここの喫茶店に来るときくらいだからね!
「そうでしょう、そうでしょう!私の努力と秋人さんのご指導の賜物です!」
「間違いなく可愛くなったよ。俺最初ほんと川田ちゃん男かと思ったもんなー」
「悪かったですね、男みたいで」
「あれはあれで良かったけどね」
「私的にはよろしくない」
「だろうな」
苦い笑みを浮かべながら当時のことを思い出しているようだ。洋介さんは初対面で「お、珍しー。今日は男性客がいるね」と私を見て言ったのだ。失礼な、と思ったが当時の私は結構言われ慣れていたのもあって淡々と「女性ですが」と無表情で答えた。その時の洋介さんの顔は忘れられない。顔に「え?マジで?」って書いてあった。しばらくフリーズしてその後軽く謝られた。流石チャラ男である。
「俺あれのせいで秋人にあの後怒られたんだよな、懐かしい。でも本当に悪いと思ってたんだよ?」
「はいはい、分かりました」
「流すのやめて、軽くあしらわれるとお兄さん泣いちゃう」
「お兄さんの涙って安いんですね」
「辛辣!川田ちゃんほんと俺に対して辛辣だから!秋人と話すときの優しさを少しでも俺に!」
「無理」
美しい黒髪美女姿のチャラ男との会話で少し気が晴れた私はココアをもう一杯頼んだ。秋人さんに会えなかったショックを癒すにはやっぱり美味しいココアだね!
「そういえば今度、秋人大学のゼミの女子と2人で出かけるらしいよ?」
その時、私の体に雷が落ちる!…かのような衝撃がきた。
「あいつとんでもない美形だから、モテるんだよな。だからたまに押し切られて一緒に出かけたりしてんだよ。あれ?秋人から聞いてない?」
聞いてないYO!なんてこった!え?マジで?
でもよく考えてみたらあの容姿でモテない方がおかしい。芸能人ばりのオーラを放ち、思わず二度見したくなるご尊顔。スタイルもいいし、性格だって優しくて紳士的。オカマだって知らなければ優良物件やんけ!それで彼女いないとか!デートに誘わんほうがおかしいわな!
「そそそ、そうだったんですね。ま、まあ私だって一緒に出かけたりしてるし、そういうこともありますよね!HAHAHAHA!」
「川田ちゃん、大丈夫かよなんか変なテンションになってんぞ…」
「大丈夫ダイジョーブ!これっぽっちもショックなんか受けてないですよ!」
「いやかなり深手の傷負ってるっぽいけど…」
「ソンナコトナイデスヨー」
ショックが大きすぎて動揺を隠し切れない。もう自分が何を喋っているかも分からない。
秋人さんがモテるなんて当たり前のこと、なんで今まで気付かなかったんだろう。接点がここと2人で出かけたときしかないのは確かだけれど、よく考えれば分かったのに。
「気になる?」
「え?」
確かに気にはなる。だけど何故?
「じゃあ一緒に偵察に行こうか」
「は?え、偵察…?」
「実は待ち合わせ場所とか時間とか俺知ってるんだわ。そんなに気になるなら、見に行ってみる?秋人がどんな風に他の女の子と過ごしてるか気になるんでしょ?」
心が揺らぐ。そんな覗き見るようなことしていいのだろうか、もしばれたら彼に嫌悪されてもう会ってもらえなくなるんじゃないか。でもそう思いつつも、他の女性とはどんな風に会っているんだろう。秋人さんは男性の恰好で行くだろうし、やっぱり普通のデートみたいに過ごすのだろうか。そんな好奇心が顔を覗かせて思わず言ってしまった。
「行く…」
「よっしゃ、決まりね!」
はっとした時にはもう口から出ていた。自己嫌悪に陥りながらも、やっぱり気になって仕方がなかった。もうこうなったら自棄だ!存分に覗き見てやるわ!
「行くんだ、もう行くしかないんだ…!」
「そんな最終手段みたいな感じで言わなくても」
「いいえ、こんなことするなんて最低だって分かってても気になって仕方ないんですもん!」
「最低…お兄さんちょっと泣きそう」
「いいじゃないですか!もう最低でもなんでも見に行きましょう!」
「なんか吹っ切れた感じだね川田ちゃん」
「もうこうなったら自棄ですよ」
「自棄ですか」
苦笑しながら洋介さんと連絡先を交換し、軽く偵察時の打ち合わせをする。
「もし万が一見つかった時の為に、俺と川田ちゃんはデートしてる振りをするってことでどうよ?」
「確かに私と洋介さんが2人でいるなんて怪しいですもんね」
「恋人かもとかそういう発想は」
「ない」
「辛辣ぅ!」
「ともかく、じゃあデートを装っていく感じで」
「うん、それで。服装は今日みたいに女の子らしい恰好で来てもらえる?」
「了解した」
「待ち合わせ場所とか詳しいことはまた連絡するわ。あと分かってると思うけど秋人には内緒な」
「当たり前です!」
「よろしい!」
この後細かく服装とか髪型とか指定されたがめんどくさいといったら「偵察の為だ!」と言い含められ、結局彼の指示通りの恰好と髪型をして行くことになった。無駄に拘りがあるらしい。
そして私たちは秋人さんがデートに行くその日まで入念に打ち合わせを続けたのだった。