第九十二話「我が名はバルデロン」
我が名はバルデロン。
文明派のエルフ族に仕える犬族である。
私は主人である文明派のエルフ族に貢献すべく、戦場を駆け回った。
今回の戦いが、初陣であったが、私は次々と戦果を上げた。
どうしてだろう? はじめてなのに、はじめてでない気がする。
というか戦場に出れば、身体が勝手に動いた。
まあ兵士たるもの、そういうものかもしれないが、少し違和感を覚える。
そもそもこの戦場において、犬族なる種族は私しかいない。
私以外に仲間は居ないのか?
いやでも本国には、私の妻が私の帰りを待っている。
彼女も私同様、犬族だ。 そして既に多くの子供が産まれた。
もちろんそれらの子供も犬族だ。
つまり私以外の犬族は、確実に存在する。
だがそれでも妙な違和感を感じる。 私はこう見えて三歳の成犬だ。
まさに肉体的にも、精神的にも全盛期である。
故に敵の弓矢や銃器による狙撃も事前に察知する事が可能だ。
姿までは確認できてないが、敵に一人凄腕の狙撃手が居る。
その完全に狙撃手は、気配を消して、執拗に私を狙い撃つ。
だがどんな射手や狙撃手も狙撃の際には、動かざる得ない。
そして私はその一瞬で、相手の距離を把握して、敵の狙撃を回避する。
私は主人であるエルフ族から、闘気と魔法の使い方を学んだ。
故に移動の際には、風の闘気を全身に纏い、地を駆ける。
そして凄腕の狙撃手の他にも、私を執拗に狙う魔法使いが居る。
こちらもなかなかの腕だ。 だがどんな魔法が来ても怖くない。
私は的確に敵の魔法に対して、反属性の魔法でレジストする事が可能だ。
だから今のところ、被弾していない。
しかし敵は何故、私を執拗に狙うのであろう?
戦場における私の役割は、それなりに重要だが、私は一兵士にすぎない。
定石狙いなら、指揮官であるヴェルゴット騎士団長を狙うべきだ。
そこが少し不可解だ。
いやそれだけではない。 私の中では色々な不可解な出来事が多い。
まず私は三歳の成犬だが、この半年くらいの記憶しかない。
私には、半年前以上の記憶が全くないのだ。 これは明らかにおかしい。
私はその前はなにをしていたのだ?
この事に対する不平は、主人であるエルフ族に一切口にしていない。
そんな事を言っても無駄、という事はなんとなく理解できた。
彼等が私に求める役割は、あくまで戦場における戦力。
だから私は、今のこうして戦場を駆け回っている。
一兵士はこういう余計な事を考えるべきではないのか?
多分戦場においては、それが正しい。
でも私の脳裏には、常にいくつも疑問が沸き起こっては消える。
こんな事は考えるだけ時間の無駄なのか?
でも気になる、気になる、とても気になる。 気になって仕方ない。
そしてこうも思う。
私は一体何者なんであろう、と。
だがその答えは、誰も教えてくれない。
もしこの戦場で多大な戦果を上げたら、主人であるエルフ族が
その事を教えてくれるであろうか。 いや多分それはない。
では私は何の為に戦うのであろうか?
そういう事も考えては駄目なのか? でも気になる――
だが次の瞬間、私の思考は完全に戦闘モードに切り替わった。
強い敵意を、殺気を感じる。
私は視線を前方に向けてながら、鼻をくんくんと鳴らした。
私は生まれながら、視力はあまり良くないが、嗅覚は異常に鋭い。
そして敵の気配を感じ取った。
ビュン、と風切り音と共に鉄の矢がこちらに飛んで来た。
私は軽く左にサイドステップして、矢を回避。
「チッ……完全に隙をついたと思ったんだがな。
やはりこいつは只者じゃないぜ!」
「ラサミス、お喋りはそこまでよ!」
「あいよ!」
木影から二つの人影が現れた。
一人は矢を放った人物。 全身に纏う闘気の量はそれなりの量だ。
だがそれ程の使い手ではない。 むしろ問題はもう一人の方だ。
こちらの方はかなりの使い手と見た。
右手に斧頭の付いた槍を手にしており、
全身から針のように研摩された闘気を放っている。
「おい、お前。 俺の言葉を理解できるか?」
と、矢を放った人物がそう語りかけてきた。
声からすると男だろう。 多分かなり若い。
だがこの男は、敵である私に何故語りかけてきたのであろうか?
少し気になるが、私は低い声でこう返した。
「……貴様ら、穏健派の仲間か?」
「うおっ!? ほ、本当に喋りやがった!?」
男は驚いたようにそう言った。
どういう意味だ? この男は何故こんなに驚いているのだ?
不可解だ。
「ホント、驚きよね。 そしてある意味可哀想ね」
と、もう一人の槍を持った人物がそう言った。
こちらは声からして女だろう。 男同様にこの女もかなり若そうだ。
だがその前に「ある意味可哀想ね」とは、どういう意味だ?
こいつは敵である私を同情しているというのか?
すると急に胸がムカムカしてきた。 馬鹿にされた気分だ。
兵士にとって、敵から同情されるなんて、侮辱以外のなにものでもない。
次第に私は怒りの感情に支配された。
何が可哀想だ。 それとも本当に私は哀れみの対象なのか?
だが仮にそうだとしても、哀れまれるのは恥辱だ。
許せん。
許せん、許せん、許せん。 絶対に許せん、許すまじ!
私は誇り高き兵士だ。 敵に哀れまれる覚えはない。
もう余計な事を考えるのは止めよう。
私は兵士。 私は犬族。
なら犬なら犬らしく、主人の命令に素直に従うべきだ!
とりあえずまずは、目の前のこいつ等からだ。
そして私は全身に闘気を纏い、後ろ足で地を蹴った。
次回の更新は2019年6月1日(土)の予定です。