第八十九話「大聖林へ」
そして俺達は客間に戻り、旅の準備に入った。
緊急時の為に例の長方形型の銀色の石版を事前に手渡されていた。
まあ二十七人全員分集めるのは、無駄な経費がかかるので、レビン団長、ケビン副団長、ドラガンの分しか用意されてない。 あの魔道具――携帯石版は、非常に便利だが使い捨て品だからな。
ちなみに俺は今回の任務もレンジャーで参加。
基本的にこのパーティは火力重視の編成だからな。
俺がサブ回復役に回る事で、エリスの負担も軽減する。
武器は使い慣れたプラチナ製のポールアックスに、聖木で出来たブーメランと鉄製のハンドボーガン。
防具は黒のインナーの上に、幻獣の皮の黒灰色のベスト。
下はブルードラゴンの皮で作られた青いズボンに革製の黒いブーツ。
そして両手には、アースドラガンの皮で出来た茶色の手袋。
ブーツ以外は、ラムローダに遠征した時とほぼ同じ装備だ。
他の皆も大体いつもと同じ格好だ。
兄貴は黒のインナーの上に緋色の魔法の軽鎧、頭にはいつものように、羽根付きの臙脂色の帽子を被っている。
ドラガンも青いコートに、頭上に白い羽根飾りのついた青い帽子という普段着。
アイラやエリス、メイリンもいつもの格好だ。
ミネルバは、黒いインナーの上から、これまた黒い軽鎧。
そしてこの間買ったミスリル製の黒い手甲と鉄靴を装備しており、その上から黒いフーデッドローブを羽織っている。 まさに黒ずくめの格好だ。
そして各自、それそれ背中にバックパックを背負っている。
既にレビン団長とケビン副団長の部隊が荷馬車で移動しており、時刻は夜の十九時を回っていた。
「それではとりあえず我々も荷馬車に乗り込むぞ。 旧ニャルコン遺跡に着くまで、およそ八時間程。 その間に充分睡眠を取っておくが良い」
ドラガンの言葉に俺達は「はい!」と大きな声で返事した。
そして俺達はニャンドランドの外れに用意された荷馬車に乗り込んだ。
荷馬車で八時間以上移動か。 睡眠取るのも大変そうだな。
まあ贅沢はいえないな。 どうせ大聖林に着いたら、戦闘の連続だろうからな。
ならば今眠れる事を感謝して、戦いに向けて短い眠りにつくとするかね。
旧ニャルコン遺跡。
この遺跡はかつてヒューマンがこのウェルガリア全土を支配していた時に、建てられた歴史ある建造物の跡地である。 その後、猫族がヒューマンから独立して、この遺跡を管轄下に入れると、今の名前に改名した。
かつては荘厳な神殿が建てられていたとの話だ。 第一次ウェルガリア大戦により、その大部分が破壊され、今はその残骸が残っているにすぎない。
現場についたが、周囲には一匹の猫騎士以外は誰も居なかった。
あの品種は確かボブ・キャットだな。
俺達の姿を確認するなり、そのボブ・キャットの猫騎士はこちらに寄ってきた。
「『暁の大地』の方達ですよね? 私は山猫騎士団のオーソンです。 既にレビン団長とケビン副団長の部隊は移動を完了しました。 後は貴方達だけです。 今から案内するのでついて来てください」
「そうですか。 ではご案内よろしくお願いします」
オーソンの言葉に従い、俺達は彼と共に遺跡の中に足を踏み入れる。
中は石造りで、そこらじゅうに蔦や木の根が覗いていた。
だが遺跡の中はそれ程、大きくなかった。
三分程、歩いて最深部に到着。
最深部の部屋の奥には、地下室に続く階段があった。
「この階段を降りたら、地下室に着きます」
言われるがまま、俺達はゆっくりとオーソンの後についていった。
地下へと潜っているのだが、不思議と周囲は明るかった。
俺達は一分ほど時間をかけて、ゆっくりと階段を降りて行く。
そして地下室へと降りたときにその理由が明確になった。
「……ここです」
階段を降りた先には、大きな魔法陣があった。
大きさは部屋の大半を占める程の割合。
そしてその大きな魔法陣が青白い光を放っていた。
「これが転移魔法陣なのですか?」と、ドラガン。
「はい、私も実物を見るのは、今回が初めてですが」
「では早速ですが、一人ずつ転移魔法陣の上に乗ってください。 転移に大体一分くらいかかるので、順番を決めてください」
「そうだな、先陣は拙者が行こう」
「なら俺が次に、その次はアイラで。 その後はラサミス、エリス、メイリン、ミネルバの順でいいな?」
てっとり早く乗る順番を決める兄貴。
特に不服もないので、俺達は「はい」と返事する。
「申し訳ありませんが、皆様全員が転移した後に、私が再び結界を張ります。 残念ながらその現場をお見せする事はできませんが、ご了承ください」
「いえいえ、当然の事ですよ」と、ドラガン。
「ご協力感謝します」
そりゃそうだろうな。
俺達の誰かがその現場を見たら、うっかり情報を漏らす可能性がある。
そうならない為にこの場は、彼の指示に従うべきだな。
「ではまずは拙者が行きます!」
「はい、お気をつけて」と、オーソン。
そしてドラガンが転移魔法陣の上に乗った。
次の瞬間、魔法陣に吸い込まれるようにドラガンの姿が消えた。
なる程、ああやって転移するのか。
一分待って、次に兄貴が転移魔法陣の上に乗る。
先程と同じように兄貴は魔法陣に吸い込まれて、消えた。
更に一分後、アイラも同様に魔法陣に吸い込まれる。
次は俺の番か。
正直ほんの少しだけ不安だ。
事故とか起こらないよな?
まあ大丈夫だろう。 ここで躊躇したら、メイリンに馬鹿にされそうだ。
「んじゃ次、俺が行きますっ!」
俺はそう言って転移魔法陣に飛び乗った。
次の瞬間、俺の視界が大きく揺らいだ。
そして周囲の風景が溶解したように消失していき、最後には意識が途絶えた。
……。
唐突に眠りから醒めるような感覚と共に俺の意識が戻る。
即座に周囲を見渡すと、ドラガンや兄貴、アイラの姿があった。
俺は石造りの祭壇に設置された転移魔法陣の上に乗っていた。
「おっ、無事に転移できたな」と、ドラガン。
「後はエリスとメイリンとミネルバだな」と、兄貴。
「今のところは順調ね」と、腕を組みながらアイラ。
ドラガン達は手に魔法のランタンを持っていた。
そうだな。 結構暗いし、俺も持った方がいいな。
俺は背中に背負ったバックパックから、魔法のランタンを取り出した。
魔法のランタンは、魔石に魔力を注入する事で明かりを灯すので、松明や普通のランタンより遥かに便利なので、こういった暗がりでは欠かせない一品だ。
「これで明るくなった。 お?」
転移魔法陣から、吸い出されるようにエリスが現れた。
なる程、出る時はあんな風に出るのか。
エリスはきょろきょろと周囲を見渡し、俺の姿を確認すると笑顔になった。
その後、同様にメイリン、ミネルバも無事転移を完了。
そしてミネルバが転移してから、十五分後くらいにオーソンが転移してきた。
「……これで全員揃ったな?」と、レビン団長。
「ええ、我等、山猫騎士団はちゃんと二十名居ます」
と、ケビン副団長。
「我々『暁の大地』も全員転移完了です!」と、ドラガン。
「よかろう。 ではこちらのネイミス殿の指示に従い、ネイティブ・ガーディアンの本拠地まで案内してもらう」
するとレビン団長の右隣に立っていた長身痩躯のエルフの青年が、ゆっくりと前へ出て、丁寧な口調で説明を始めた。
「どうも、私が皆様の案内人を務めるネイミスと申します。 この度は遠路遥々、我等の窮地に駆けつけていただいた事を感謝します」
「いえ、気になさらずに」と、軽く手を横に振るレビン団長。
「では案内をしますので、私の後について来てください。 皆様が移動を終え次第、そこに居る魔導師のリリアが転移魔法陣に再び結界を張りますので、申し訳ありませんが、その現場はお見せする事はできません。 どうかご了承ください」
「了解です」と、レビン団長。
「ご協力感謝致します。 ではこちらへ!」
俺達はランタンの灯で周囲を照らしながら、ネイミスの後について行く。
周囲には視界を埋め尽くす薄茶色の壁面と天井が何処までも続いている。
どうやら地下道である事は間違いないらしい。
俺達は魔法のランタンの灯りで、周囲を灯しながら、前へ前へと突き進む。
しばらく進むと目の前には一直線の通路があり、今までと違う景色と地形が見えた。
通路の壁面や床にも苔が生えていた。
更に進むと天井に届く鉄製の長い梯子があった。
あの梯子を上った先に出入り口がありそうだな。
「では私が先に登って、出入り口の封印を解きますから、
皆様、その後にゆっくりと時間をかけて、お登りください」
「了解です」
ネイミスの言葉に周囲の者は大声でそう返事する。
「ではそこでお待ちください」
そしてネイミスが鉄製の梯子を登って行く。
そこそこの長さの梯子だな。
二十七人全員登りきるには、時間がかかりそうだ。
まあ贅沢は言えない。
転移魔法陣で移動が楽だった分、これくらいの事は我慢しないとな。
そして三分程すると、ネイミスが梯子を降りてきた。
「出入り口の封印は解きました。
では順番を決めて、梯子を登ってください」
そしてレビン団長の部隊、ケビン副団長の部隊、俺達という順で梯子を登って行く。 ちなみに女性陣は男性陣の後だ。 こういう所で気遣えるのが、紳士というものさ。
三十分後。
ようやく俺達の出番がやってきた。
ドラガンは器用にするすると、梯子を登り、兄貴も手際よく梯子を登って行く。
俺は自分のランタンを背中のバックパックに戻して、目の前にある鉄製の梯子を登っていく。
思ったより、長い梯子だ。
落ちたら大変だな。 だからあまり下は見ないでおこう。
俺はゆっくりと手足を動かして、上へ上へと進む。
三分程かけて梯子の頂上に到達。
天井から外に出ると、周囲には所々に草木が生い茂っていた。
ここは森の中か? それもかなり大きい森のようだ。
天を見上げれば、太陽が燦々と輝いている。 時間的には正午くらいか。
「……無事外に出れたぞ。 お前等も早く上がって来い」
「「「わかった」」」
三分後にエリス、五分後にミネルバ、十分後にメイリンが頂上に到着。
体力のないメイリンは肩で息をしている。
エリスやミネルバは、呼吸一つ乱してない。
「ハアハア、体力のないあたしにはちょっときついわ」
「メイリン、貴方もう少し体力をつけた方がいいわよ」と、ミネルバ。
「は、はい。 善処します」
「全員、揃ったな? 後はリリア殿だけだな。
今のうちに休んでおけ、給水も怠るなよ!」
そうだな、ドラガンの言うとおりだな。
今のうちに休んでおこう。 俺達はバックパックから水筒を取り出し、水分を補給。 う~ん、やはり運動後の水は最高に美味しいぜ。 そして更に十分後、女魔導師のリリアが頂上に到着。
「全員揃いましたね? では我等、ネイティブ・ガーディアンの本拠地に案内しますので、皆様はぐれないように、私の後についてきてください」
この後、恐らくネイティブ・ガーディアンの頭領と会うのだろう。
果たして穏健派――ネイティブ・ガーディアンを束ねる者は、
どのような人物であろうか? いずれにせよ、そろそろ戦いが近そうだ。
さあて、少し気合を入れるか。
そう思いながら、俺は気持ちを切り替えて、皆の後について行った。
次回の更新は2019年5月11日(土)の予定です。




