第八十八話「転移魔法陣」
「待っていたぞ。 国王陛下が我々を客間に招待してくれるようだ。 色々話し合う事もあるが、その前に客間へ移動するぞ」
俺達四人はニャンドランド城でドラガン達三人と合流を果たした。
ドラガン達は数時間前にニャンドランド城についたらしく、まだ旅の疲れが残っているようだ。 せっかく客間を用意してくれたんだ。ここは素直にあの国王の好意に甘えよう。
「こちらが客間となります。 どうぞ、ごゆっくりとおくつろぎください」
執事長の初老のソマリの猫族に案内されて、客間に通されたが、俺が想像していた以上に豪華な部屋だった。
真紅の豪華なふかふかな絨毯。 キラキラ輝いた白いシャンデリア。
ちゃんと人数分用意された大きなベッド。 調度品も一通り揃っている。
こりゃ下手な高級宿屋より、ずっと豪華だぜ。 いやあ、凄いわ!
「わあぁっ……凄いですわ!」
「そうですね、エリスさん。 あたし、軽い感動を覚えてますよ!」
「確かに凄いわね。 本当に私達が泊まっていいのかしら?」
エリス、メイリン、ミネルバが口々に驚きの声をあげていた。
「まあ驚くのも無理はないが、こちらもさっき国王陛下と大臣殿と話し合った事を伝えたいから、荷物を置き終えたら、拙者達の部屋に来て欲しい」
「わかりましたわ」「了解ッス」「了解です」「そうね」
当たり前だが、部屋は男女別々だ。
俺達は手荷物をそこら辺に適当に置いて、
装備品なども外して、少しラフな恰好になった。
十分後、女性陣がこの部屋に入ってきた。
そして俺達は適当な場所に腰をかけて、お互いの情報を交換した。
俺達の説明役は兄貴だ。 兄貴が簡潔に話をまとめて情報を伝えた。
するとドラガンが「うむ」と頷いて、右手で顎を触った。
「大体は想像通りだな。 ライルやラサミスが言うように、その宰相や伯爵夫人は、国王には知性の実に関する情報は伝えてないのかもしれんな。 ではこちらの話も伝えよう」
その後、五分程かけてドラガンが話の説明をしてくれた。
その話を簡潔にまとめるならば――
穏健派が住む大聖林にエルフ族の主流派である文明派が侵攻してきたので、穏健派が猫族に援軍の派遣を要請。 猫族と穏健派は、それなりの友好関係にあるので、国王と大臣はこの要求を素直に呑んだ。 よって山猫騎士団を大聖林に派遣する事を決定。 また『暁の大地』の面々も大聖林に赴き、穏健派を助けて欲しい、という感じの話だ。
「なる程、ヒューマン側と猫族側の利害は一致しているな。 俺としては、文明派のエルフ族が急に大聖林に侵攻した事が気になる。 恐らく文明派は何かを切り札を手に入れたのだろう」
兄貴の言葉に皆が無言で頷いた。
そしてその沈黙を破るように、アイラがこう言葉を続けた。
「……私もそう思う。 そしてその何かに恐らく知性の実が関与していると思う。 そう考えると色々と話の辻褄が合う」
「そう思うのが自然だな。 しかし今回は少し嫌な予感がする。 なかなか成果の出ない文明派の国王が功を焦って、妙な真似をしてなければいいんだがな……」
「……妙な真似? ドラさん、それは何スか?」と、メイリン。
「ドラさんじゃない、団長と呼べ!」
「あ、さーせん。 で何なんスか?」
「……それは現時点で言う事は出来ん。 いずれにせよ、明日に大臣殿や山猫騎士団の騎士団長や副団長を交えて、正式な作戦会議を行うから、今日はゆっくりと休むが良い」
「あっ、少し質問いいッスか?」
「ラサミス、どうした?」と、ドラガン。
皆、肝心な事を忘れてるから、俺があえて聞こう。
「いや穏健派に力を貸す事はいいですけど、大聖林ってエルフ領の最北端ですよね? そこまでエルフ領に踏み込むのって、色々マズくないッスか?」
わりと、いやこれはかなり大切な問題だ。
今では各国、各種族間で和平条約と不可侵条約が結ばれている。
リアーナやラムローダのように比較的自由に行き来できる都市もあるが、ちゃんとした通行証がないと、行けない場所や都市も多々とある。
経済的に活発な地域や都市は、この例に当て嵌まらないが、国の王都や拠点などは、当然人の出入りも厳しく、無断で密入国すれば、厳重な罪に問われる。
だが俺の疑問に対して、ドラガンは「ああ、その事か」と呟いて――
「それに関しては、問題ない。 文明派に知られる事なく、大聖林に行く事は可能だ。 まあそれについては、明日、詳しく説明するから、今日はとりえずこれで解散だ!」
えっ? マジでっ!?
そんな方法があるのか? それって何気に凄くね?
ならその辺に関しては、気を病む必要はなさそうだ。
その後、俺達は部屋に運ばれた豪勢な夕食を存分に味わい、
客間に取り付けられたシャワーボックスで汗を流した。
そして明日に向けて、早い目に就寝した。
翌日。
俺達は昼過ぎに二階にある作戦会議室に集まった。
作戦会議室の内装は、前に見た時と変わりなかった。
部屋の前方にある黒板に、大きな世界地図が貼られており、部屋の中央に黒檀の長机が置かれた。
既に長机の左側に山猫騎士団の猫騎士達が座ってた。
中央に座るあのガタイの良いのが、騎士団長のオオヤマネコ・レビン。
その右隣には、副団長のケビン。 ……品種はスナドリネコだっけ?
大臣は世界地図の貼られた黒板の前に立っている。
俺達は右側の席にドラガン、兄貴、アイラ、俺、ミネルバ、エリス、メイリンの順に座った。
「全員、席についたな? それでは作戦会議を始めよう!」
どうやらまた大臣が進行役を務めてくれるようだ。
この場に居る者達の視線が大臣に向けられた。
すると大臣は軽く咳払いしてから、大声で喋り出した。
「我々、猫族はエルフ族の穏健派――ネイティブ・ガーディアンから援軍の派遣を要請されたが、国王陛下の許可を得られたので、山猫騎士団の二十名の猫騎士と『暁の大地』の団員七人を大聖林に派遣する事を決定した!」
山猫騎士団からは、二十名か。
んで俺達を加えたら、合計二十七名。 まあこれぐらいの数が妥当だな。
多すぎず、少なすぎず、それで居てそれなりの戦力になる数だ。
今回は、前の漆黒の巨人との戦いとは違う。
前は敵に自国領に攻められたから、大軍を派遣できたが今回は俺達がエルフ領に赴くのだ。 大軍を派遣したら、状況によっては、国家間の戦争に発展する危険性がある。 それは避けたい。
「我々とエルフ族の文明派は不倶戴天の敵だが、穏健派は我々と友好関係にある。 とはいえ大軍を持って、エルフ領に侵攻するのは、色々と危険である。 よって少数精鋭の部隊で、文明派の魔の手から、穏健派を護るつもりだ!」
ふーん、猫族と穏健派って友好関係にあるんだ。
なんか勝手にエルフ族全般と仲が悪いと思ってたぜ。
だがそんな事より、どうやってエルフ領へ行くかだ。 これが重要だ!
「しかし少数精鋭とはいえ、真正面からエルフ領に侵攻するのは、軍事的にも政治的にも厳しい。 故に今回は特別に転移魔法陣を使用する!」
ん? 転移魔法陣? なんだ、それ?
俺だけでなく、エリスとメイリンも首を傾げた。
「……まさか猫族領とエルフ領を繋ぐ転移魔法陣があるの……ですか?」
そう聞いたのは、ミネルバだった。
ん? ミネルバは、転移魔法陣とやらが何か知ってるのか?
「ああ、極秘中の極秘だが、確かに我等、猫族領とエルフ領、それも穏健派の領域を繋ぐ転移魔法陣は存在する!」
「……それは拙者も初耳です」
大臣の言葉にやや驚いたように言うドラガン。
すると大臣は当然だ、という表情で――
「当然じゃよ。 これは国の重鎮の一部の者にしか知らされてない情報だ。 これを聞いたからには、君達も情報の共有者だ。 くれぐれも他言しないように!」
「はい、当然です」と、ドラガン。
うん、極秘情報なのは分かったよ。
それで転移魔法陣って何よ? しゃあねえ、直接聞いてみるか。
「あ、あのう……転移魔法陣って何ですか?」
「ああ、そうか。 知らないのも無理はないな。 転移魔法陣とは、瞬間で特定の場所に移動できる魔法陣の事だよ。 これさえあれば歩いて数ヶ月かかる場所も、一瞬で移動できるのさ」
と、対面の位置に座ったレビン団長が説明してくれた。
ああ、そりゃ確かに便利だわ。
なる程、確かにそれなら文明派のエルフ族に知られる事なく、穏健派のところへ行く事が可能だな。
「だが国王陛下の命令がなければ、転移魔法陣の使用は禁止されている。 転移魔法陣は確かに便利だが、使い方によっては危険な存在になりうる。 故にその使用には、色々と制限を課せられているのじゃよ」と、大臣。
まあそれは当然と言えば当然だろうな。
使いようによっては、国の重鎮の暗殺にも使えそうだ。
こんなものがそこいらにポンポンあったら、それこそ大変だ。
「大聖林に繋がる転移魔法陣は、旧ニャルコン遺跡の地下室に設置されている。 だが転移魔法陣には、強力な結界が張られており、特定の呪文を唱えない限り、その結界が破られる事はない。 既に伝書鳩で穏健派に、我等が転移魔法陣を使用する事を伝えておる。 向こう側の結界を解除しないと、こちらから向こうには転移できんからな」
なる程、確かに結界で護っていたら、安全だよな。
その解除する呪文を知らなきゃ、転移魔法陣の設置場所を知っても無意味。
更には転移先の結界も解除しておく必要があるなら、二重に安全だ。
少なくともどちらか一方が転移魔法陣を使って、敵国に秘密裏に潜入! ……なんて真似はできないからな。
「では早速だが、卿らには今から旧ニャルコン遺跡へ向かってもらう。 安全を期して、先陣にレビン団長の部隊、第二陣にケビン副団長の部隊を。 第三陣は『暁の大地』の団員をそれぞれ時間を置いて、荷馬車で移動してもらう。 少々狭苦しいだろうが、我慢してくれ。 万が一にも情報を漏らすわけにはいかんからな」
大臣の言葉にレビン団長、ケビン副団長、ドラガンが頷く。
まあ確かに大軍で一気に旧ニャルコン遺跡に移動したら、目立つからな。 猫族の中にも敵国と通じている草が居てもおかしくない。 故に大臣の判断は正しいだろう。 まあ荷馬車に揺られて、移動するのは少々大変そうだが仕方ない。
「今回の作戦の主目的は、穏健派の救援だが、もし可能であれば、敵の――文明派の狙いを探って欲しい。 半年前に例の漆黒の巨人騒動が、あったばかりだ。 今回も文明派の連中が良からぬ企みをしている可能性は高い」
「そうですな、敵は狡猾な文明派。 その可能性は充分ありますな」
「団長に同意します。 奴等の真意を暴いて見せます!」
「我々はレビン団長とケビン副団長の指示に従います。 我々が余計な真似して、事態を複雑化させるわけにはいきませんので」
と、無難な模範回答をするドラガン。
まあ気持ち的には、これを機に文明派のエルフ族を
完膚なきまで叩きのめしてやりたいが、穏健派との兼ね合いもあるからな。
この辺は複雑だよな。 政治的判断ってのは面倒臭いなぁ。
「ではこれにて解散! 諸君らの武運を祈る!」
次回の更新は2019年5月4日(土)の予定です。




