第八十七話「私、臭くないかしら?」
ネイティブ・ガーディアンの本拠地である大聖林。
通常時の大聖林は、野鳥や妖精が飛び交う自然に溢れた世界だが、今は怒声と爆音が飛び交う戦場と化していた。
大軍を率いて、この大聖林に侵攻してきた文明派。
文明派と穏健派は、長らく敵対関係であったが、ここ数十年の間は武力衝突する事はなかった。 それ故にこの侵攻は想定外であった。
その間隙を突くように、大攻勢をかける文明派のエルフ族達。
先陣を切るのは、騎士団長ジョー・ヴェルゴットが率いるエルドリア王国騎士団。
多くの騎士達が耐魔性の高いミスリル製の鎧を着ており、彼等が前方の守りを固めながら、中衛の弓兵や後衛の魔法部隊が矢や魔法で敵を狙い撃つという戦術。
しかし穏健派――ネイティブ・ガーディアンも反撃を試みた。
前衛を戦士や聖騎士という防御役で固めて、中衛から弓兵や銃士、魔法銃士の遠距離攻撃で巻き返す。
「カトレア、狙撃するから、周囲の様子を見てて!」
「了解、マリベーレ!」
大木のてっぺんから、魔法銃のスコープに目を合わせるマリベーレ。
既に『ホーク・アイ』は発動済み。 目元にも眼装を装着している。
おかげで遠方の敵も良く見える。 そして伏射体勢で引き金を引くマリベーレ。
パン、パアン、パンッ!
マリベーレの放った合成弾が続け様に弓兵の眉間に命中。
そして二人の弓兵は、背中から地面の上に倒れ込んだ。
その距離およそ三百メーレル(約三百メートル)。
通常の銃なら三百メーレル(約三百メートル)はおろか、二百メートル(約二百メートル)の距離でも、長距離射撃は難しい。
だがマリベーレの使用する銃は、古代文明の技術を駆使した魔法銃。
それに加えてマリベーレのずば抜けた視力と動体視力。
更には多くの狩りを繰り返して、
引き上げられた魔法銃士のレベルと能力値による恩恵。 故に彼女にとっては、この程度の長距離射撃なら造作もなく可能だ。
「流石マリベーレね! 良くこんな距離から狙い打てるわね!」
「別にこれくらい普通よ。 それより例の奴は何処に居るか、わかる?」
「ああ、あの犬男ね。 今は前衛でうちらの防御役とやりあってるわ!」
「……アイツは色々とヤバいわ。 あんな生き物は見た事ない。 闘気や魔法も使うし、何より身体能力がずば抜けているわ」
「確かにアイツはヤバいわね。 でも妙に鼻が利くというか、アンタの遠距離狙撃にも感づくからなあ。 だから今は地道に遠距離射撃で敵兵を一人一人狙撃していくのが賢明よ!」
確かにあの二足歩行の犬型の敵は、異常に勘が良い。
戦線が開かれて三日目。
その間にマリベーレは、何度も犬型の敵の長距離狙撃を試みたが、その都度感づかれた。 そして何となくだが、理解した。 この度、文明派がこの大聖林に侵攻してきた原因は、あの犬型の敵が大きく関係しているのであろう。
一体、あいつは何者なの?
脳裏にそう過ぎるが、ここはぐっと堪えて深呼吸するマリベーレ。
駄目だ、ここは落ち着かなきゃっ! そして再び伏射体勢に入った。
幸いな事に、戦線は膠着状態にある。
最初こそ奇襲で押され気味であったが、落ち着きを取り戻したネイティブ・ガーディアンの軍勢は、前衛を防御役で固め、弓兵や銃士、魔法銃士による遠距離攻撃で確実に敵を倒していった。
敵の魔法部隊による魔法攻撃も的確に対魔結界を張ったり、魔法銃士の魔弾丸による疑似結界で防ぐ事に成功。
敵の前衛は耐魔力の高い装備で固めているから、こちらの魔法攻撃がなかなか効かない。 頭部も兜で護られている。 でも前線では例の犬型の敵が暴れている為、こちらの前衛も押され気味だ。
ならばこういう時こそ、自分達のような遠距離攻撃が得意な職業の出番だ。
マリベーレは左眼を瞑り、右眼で前線に居る敵の騎士達を凝視する。
よく見ると、首の辺りが無防備だ。
良しっ! ここは難しいが、敵の首元を狙い打つしかない!
「カトレア、中衛狙いから前衛狙いに切り替えるわ! 敵の首元を狙うから、貴方はいつものように周囲に目を配らせてね!」
「了解よ! 頑張れっ、マリベーレ!」
小さな妖精の無邪気な言葉に思わず苦笑するマリベーレ。
これは狩りの獲物や魔物、魔獣相手の狙撃ではないのだ。
自分達と同じエルフ族相手に長距離から相手の命を絶つのだ。
それだけで業は深い。
だがやらなければ、こちらがやられる。
だからマリベーレは、躊躇う事なく引き金を引く。
「――行けえっ!!」
マリベーレはスコープ越しに標的である敵の騎士に狙いを定めると、魔法銃の引き金を引き絞り、火と風の合成弾を放った。
合成弾は高速で、先頭に立っていた騎士の喉下を射抜いた。
狙撃された騎士は口を開閉しながら、地面に力なく崩れ落ちた。
「――まずは一人目っ!」
「マリベーレッ! 敵の弓兵が後方からこちらを狙ってるわ!」
カトレアの言葉に釣られて、マリベーレは視線を後方に向けた。
するとマリベーレ同様、敵の弓兵が大木のてっぺんに陣取りながら、鏃をこちらに狙い定めていた。
――反撃に出るべきか? いやそれでは間に合わないっ!
マリベーレは一瞬でそう判断して、両足に風の闘気を纏い、全力で後方にジャンプした。 風の闘気に加えて、マリベーレが両足に履いた羽根がついた魔道具の靴の効果もあり、一気に大木から後方の大木のてっぺんへと移動を完了。
敵の弓兵は一瞬動きを止めたが、次の瞬間には、弓を引いて矢を放ってきた。
それを大木の裏に隠れて、回避するマリベーレ。
「……敵も馬鹿じゃないみたいね。 こっちの遠距離攻撃に苦戦しているから、射手や狙撃手狙いに切り替えてきたようね」
「そのようね。 あまり欲を掻くと、不意打ちでやられそうね。 仕方ないわね。 ここは一度引いて、他の仲間と合流するわ」
カトレアにそう返すマリベーレ。
するとカトレアが「うんうん」と頷いた。
「それが無難よね。 大丈夫、まだまだ負けてないわよ! 長期戦になれば、地の利でこちらが有利。 焦る事ないわ!」
「……そう願いたいわ」
いずれにせよ、しばらくは戦闘は長引きそうだ。
そういえば昨夜はお風呂に入らなかったな。
私、臭くないかしら?
と、思いながらもマリベーレは、軽々と木々を飛び越えて、仲間の許へと向かうのであった。
次回の更新は2019年4月27日(土)の予定です。




