第八十六話「ヒューマンの国王」
十分後。
俺達は謁見の間に到着。
「こちらに国王陛下とヴァンフレア伯爵夫人がお待ちかねです。
くれぐれもご無礼がないようにお願いします」
「はい、ご案内ありがとうございました」
「いえいえ、では扉を開きます」
俺達は黒樫の大きな扉が開くなり、中に入った。
すると室内には、大きな赤い絨毯がしかれており、その左右に騎士達が縦一列に並んでいた。
そしてその奥に壮年の男が金色で縁取られた椅子に腰かけていた。
そのすぐ傍に銀の刺繍が施された蒼いドレス姿の伯爵夫人が立っていた。
間違いない。 あの壮年の男こそが国王ジュリアン三世だ。
見た感じ三十後半から四十半ばという年齢か?
顔は比較的整っているが、やや覇気の欠けた眼と表情だ。
まあでも国王は国王だ。 この場は礼儀をつくすべきだ。
俺達は赤い絨毯を踏み締めながら、中央付近辺りでエリス、兄貴、俺、メイリンの順で横一列に並んでから、大きく頭を下げて、片膝を折って跪いた。
「よく来てくれたな。 余が国王ジュリアン三世である。 そう固くなる必要はない。 もっとリラックスするが良い」
声も特に特徴はないな。 極普通の声だ。
「いえ国王陛下の御前であります。 冒険者といえど一国民。 陛下の御前で礼を失するわけには、いきませんっ!」
と、力強い声で答える兄貴。
すると国王は、顎を右手で触りながら「ふむ」と頷いた。
「名うての冒険者と聞いていたから、どんな粗忽物と思っていたが、なかなか礼節を弁えているではないか? 流石伯爵夫人が見込んだ者達だ」
「そうでしょう、陛下? 彼等はとても優秀な冒険者ですわよ。 ですからこうしてわざわざ陛下とお会いできる機会を設けたわけです」
「うむ、では早速用件を伝えよう。 宰相!」
「御意!」
宰相と呼ばれた燕尾服を着た初老の男がこちらを一瞥する。
恐らくこの初老の男が宰相なんだろう。
見るからに冷徹な感じの男だ。 恐らく頭も切れるのだろう。
宰相は軽く「コホン」と咳払いしてから、次のように述べた。
「実はつい二日前にエルフ領内で、文明派が穏健派の領土に侵攻したらしい。 まあ我等ヒューマンとエルフは犬猿の仲。 本来ならば静観するところだが、話に聞くと穏健派は、猫族の王室に助力を請うたらしい。 恐らく猫族は、穏健派の為に援軍を出すであろう。 エルフ族の文明派は、つい半年前にも猫族と争ったらしいが、そのきっかけとなった物が神の遺産と聞いておる。 そして卿ら『暁の大地』がそれと深く関わっている、と伯爵夫人から聞いた」
そこで宰相は一端言葉を切り、その双眸で俺達を見据えた。
「……それは事実かね?」
値踏みするように、俺達に視線を向ける宰相。
やれやれ、高圧的だねえ。 だがここは感情を押し殺して、無難な受け答えをするしかない。 頼むぜ、兄貴!
「……はい、事実です」
「うむ、そうか。 それが何かは問わん。 神の遺産ともなれば国家間、種族間で戦争が起きかねない代物だ。 だが国王陛下の意向により、我々ヒューマンはそれに関わるつもりはない!」
……少し意外たな。
てっきり知性の実に関して、洗いざらい喋らせられると思っていたのだがな。 う~ん、どういうつもりだ?
「だが何もせず傍観するのは、賢い選択肢とは言えぬ。 しかし我がハイネダルク王国騎士団をエルフ領に派遣するのは、少々リスクが伴う。 ならばこういう時にこそ、卿ら冒険者の出番だ!」
要するに大事にはしたくないが、俺達を使ってこの件の概要を知っておきたいという事なのか? まあ政策としては正しいな。
「分かりました。 我等、『暁の大地』は、国王陛下の命に従います!」
と、慇懃に頭を下げる兄貴。
すると宰相はやや微笑を浮かべながら――
「うむ、話の理解が早くて助かる。 我等ヒューマンとしては、文明派と穏健派が共倒れになる事が好ましいが、奴等も馬鹿ではない。 そうはならないであろう。 だが我等は文明派と手を結ぶつもりはない。 奴等と手を結ぶくらいなら、まだ穏健派に手を貸した方がマシだ。 穏健派は古代文明の技術や知識を有しているから、卿らが助力するかわりにその辺りについても、有益な情報を得る事を期待しているぞ!」
「はっ! 国王陛下のご期待に添えるように、尽力を尽くします!」
「うむ、いい返事だ。 以上のようでよろしいですか、国王陛下?」
と、国王の指示を仰ぐ宰相。
すると国王ジュリアン三世は、「うむ」と鷹揚に頷いた。
「余は伯爵夫人が見込んだ彼等を信用する。 そして宰相、余は卿を全面的に信頼している。 だから卿の好きなようにするが良い!」
「ははっ! このバロムス、国王陛下に全忠誠心を捧げます!」
と、胸に右手を当てながら、一礼する宰相。
宰相の名はバロムスというのか。 見た感じ国王はあまり政治に興味がないようだ。 今この瞬間も伯爵夫人に熱い視線を送っている。
猫族もそうだったが、やはり政治の中枢に居るのは、宰相や大臣という役職の人物のようだな。
「では国王陛下の名において、ここに命ずる! 卿ら『暁の大地』はエルフ領に向かい、穏健派に力を貸せ! またその際に卿ら独自のコネクションを使う事も許そう! そして万が一、文明派が手にした神の遺産を入手する機会があれば、卿らの手で処分する事を命ずる!」
「ははっ! 分かりました」
「うむ、良い返事だ。 ではもう下がるが良い!」
こうして国王との謁見は無事終わった。
最後の宰相の言葉は、意訳すると――
『お前等は猫族王室とも懇意しているらしいから、精々そのコネクションを利用しろ。 但し我々には迷惑をかけるな! そして神の遺産を見つけたら、お前等が責任を持って、処分しろ! 但し我々を絶対に巻き込むな』
といった感じであろう。
まあ砕けて言えば、ヒューマンに迷惑かけず、エルフ族の争いに首を突っ込んで、何らかの成果を上げて来い、という話だ。
この感じだと宰相は、知性の実の事を知っているな。
だが下手に手を出すととんでもない事態になる。 だからもしかしたら、伯爵夫人と内々で打ち合わせして、知性の実に関しての情報は国王に知らせてない可能性が高いな。
まああの宰相は信用は出来そうにないが、その政治手腕は長けてそうだな。
こちらの事情もそれなりに汲んでくれるようだし、そういう意味じゃ付き合いやすい相手かもしれない。
その後、俺達は『龍之亭』に移動。
時間的にまだ営業外だったが、兄貴の顔を見るとお袋は上機嫌になり――
「ん? 任務について話し合いがしたいの?
なら二階の開いている部屋を使っていいわよ」
「ありがとう、母さん」
「いえいえ可愛い息子の為ですから!」
どうせ俺は可愛くない息子ッスよ!
んでとりあえず俺達は、可愛くない息子の部屋に集まった。
「ふう、正直緊張しましたわ」
軽く溜息をついたエリス。
「ね? いやあの空気は正直しんどいですわぁ~」
と、俺のベッドに腰掛けて、相槌を打つメイリン。
「確かにな。 正直俺も少し緊張したよ」
あれ? そうなの?
俺はてっきり兄貴は、微塵も緊張してないと思ったが、まあ兄貴も人間だからな。 やはりああいう場では緊張するか……。
「でも思ったより、話せる宰相だったよね? 俺はてっきり知性の実について、根掘り葉掘り聞かれると思っていたよ」
という俺の言葉に兄貴も小さく頷いた。
「ああ、だが宰相もあえて口にしなかったが、この件に関しては、国王の耳に余計な情報を入れたくないのかもな」
「だろうね。 国王や上の人間が知れば、良からぬ事を企みそうだからね。 でも尻拭いさせられるのは、宰相やその部下達。 だからこの件に関しては、宰相は事前に伯爵夫人と口裏合わせしているのかもね」
すると兄貴が少し驚いたように目を瞬かせた。
「ほう、お前もそう読んだか? 俺も同じ意見だよ。 ラサミス、お前も物事の道理が分かるようになってきたな」
「いやあ……まあね」
へへっ、褒められちった。
「ん? どういう事? 良く分からないんですけど?」
と、きょとんと首を傾げるメイリン。
うん、やはり着飾っていても、メイリンはメイリンだ。
「いずれにせよ、俺達はこの後、ニャンドランド城へ向かう必要がある。 ハイネガルからニャンドランドへの直通の瞬間移動場は、ないから、リアーナに寄り、拠点で冒険者装備に着替えてから、ニャンドランド城へ向かい、ドラガン達と合流しよう」
「了解!」「はいですわ!」「了解ッス!」
ならば善は急げだ。
俺達は親父とお袋に「また来るよ」と別れの挨拶を告げて、
ハイネガルの瞬間移動場に移動。
そして再びリアーナに戻って来た。
拠点に戻り、礼服やドレスから冒険者装備に着替えた。
ちなみに礼服やドレスは、連合の所有物として管理する方針らしい。
まあ費用はドラガンが負担してくれたし、これに関しては文句ないな。
「ううっ……さらば、あたしの黒ドレスよ!」
「メイリン、泣かないの! また着れるわよ!」
「まっ、それもそうね。 ではしばしの別れだ。 さらば、我が黒ドレス!」
泣いたり、笑ったり、相変わらずメイリンは感情の起伏が激しい。
まあでもそれがメイリンの持ち味といえば、持ち味だけどな。
ちなみに今夜は拠点で寝泊りする予定だ。
何でも瞬間移動魔法は、一日二回が限度との話。
それ以上の回数を行えば、肉体的にも、精神的にも極度な疲労が残るらしい。
まあ出来れば、今すぐニャンドランド城に向かいたいが、ドラガン達は馬車で移動してるからな。 一日くらい休んでもいいだろう。
そして俺は夕食を終えるなり、軽いシャワーを浴びた。
その後、自分の部屋に戻り、寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだ。
明日からが本番だな。
恐らく猫族の王室も穏健派を支援するだろう。
話を聞く限り、エルフ族の主流派――文明派よりかは、まだ穏健派の方が話が通じそうだからな。
しかしよくよく考えれば、俺達はよくエルフ族と争っているな。
マルクスの手下の二人もエルフ族だったし、漆黒の巨人との戦いは、まさにエルフ族との戦いだった。
それが政治的判断によって、敵対勢力と手を組むんだからな。
まあ個人の好き嫌いで、連合の意向に逆らう気はないが、どうにもエルフ族とは相性が悪い気がする。
あ、でもアイラはハーフエルフか。
ならエルフ族の中にもきっといい奴は居るだろう。
願わくば、穏健派の連中がそうである事を願うぜ。
翌日。
俺達は、食堂で簡単な朝食を終えてから、小休止した。
ニャンドランドへ向かう前に、回復薬や解毒剤などの消耗品を仕入れておきたいからな。 後はエルフ領の地図も欲しい。
そして朝の十時になり、商業区の店が開くなり、俺達はそれら旅の必需品を購入。
そのまま瞬間移動場に向かった。
今回の目的地は穏健派――ネイティブ・ガーディアンが住む大聖林。
恐らく今回も戦いは避けて通れないだろう。 それ自体は仕方ない。
問題は何故、文明派が大聖林に攻め入ったのか。
その理由を知る事が大事な気がする。
何にせよ、俺は仲間と協力して任務を成功させるまでだ。
そして俺達はリアーナからニャンドランドへと瞬間移動した。
次回の更新は2019年4月24日(水)の予定です。




