第八十五話「ドレスアップ」
「ど、どう? 似合っているかしら?」
薄い緑色の絹のドレスに装飾品を身に着けたエリスがそう問う。
髪型はいつものようにポニーテール。 普段の法衣姿も悪くないが、やはり元の素材が良い事もあり、着飾ったエリスはいつもに増して魅力的だ。
「おお……似合っているじゃないか」
「うむ、完璧だ。 何処に出しても恥ずかしくないレディだ」
「や、やだあ。 ラサミスにライル兄様ったら!」
と、少し恥ずかしそうなエリス。
俺達の四人はハイネガルで一番の仕立屋と言われるナザロー商会で、礼服とドレスを新調していた。 何せこの国の王と会うのだからな。 幸い費用はドラガン持ちだ。 だから出来るだけ良い物を揃えたい。
「……アタシはどうかな?」
俺は言葉が聞こえた方に視線を向けた。
するとそこにはエリス同様、ドレスアップしたメイリンが立っていた。
メイリンは両肩が出た光沢のある黒いドレスを着ており、スカート部分にはスリットが入っていた。 髪もアップにしており、普段より随分と大人びて見えた。
「……何か言ってよ?」
ああ、そうだな。 正直一瞬見惚れてしまったぜ。
なんだよ、メイリン。 やれば出来るじゃねえかっ!
まあ胸元はいつもどおりに謙虚だが、それ以外は問題ない。
「でかしたぞ、メイリン! 俺はお前を信じていた!」
「な、なんか微妙に上から目線ね。 ……で問題ないかな?」
「問題なんか胸元以外ないさ。 お前は立派なレディだ!」
「お、おいっ! さりげなく人が気にしている事を言わないでよ!」
「気にするな。 そういう需要もある。 とにかく今のお前は輝いている!」
「……本当?」
「本当さ、なあ兄貴?」
「ああ、エリス同様何処に出しても恥ずかしくない」
「あっ、ライルさんに言われると自信がついたわ!」
「そうか、それはなによりだ」と少し苦笑する兄貴。
「そうか、そうか。 今のアタシは輝いているか! わはははははっ! 見よ! この若さと美貌に満ちたボディを!」
お? 段々調子に乗ってきたな。
だが今回は許そう。 それぐらい今日のメイリンはいつもと違う。
ちなみに俺と兄貴は無難に黒の礼服姿。
いつもは帽子をかぶっている兄貴も今日だけは、帽子をかぶっていない。
国王の前で帽子をかぶるのは、流石にマズいからな。
まあ俺達は男だから、こんなもんでいいだろう。
「……そろそろ時間だ。 ハイネダルク城へ向かうぞ!」
「了解」「はいですわ!」「了解ッス!」
ハイネダルク城。
そのヒューマンの居城は、俺が想像していたよりデカかった。
ニャンドランド城も立派であったが、このハイネダルク城は更に立派だ。
ハイネダルク城の裏側にあたる北側には、
王宮があり、城全体も含めるとかなりの面積だ。
広大な庭園に加え、宮殿に後宮。
普段なら俺達平民がこんな巨大な城の中に入る事は許されない。
貴族ならば、比較的自由に入城できるらしいが。
でもこの城や王宮を支えているのは、
俺達平民の血税なんだけどな。 へっ。
「――貴様ら、そこで立ち止まれ!」
城門を護る警備兵が威圧的にそう呼び止めた。
まあ当然といえば当然だが、やはりあまり感じは良くないな。
「私はヴァンフレア伯爵夫人を介して、国王陛下の謁見を許された者です。 『暁の大地』という連合の副団長ライル・カーマインと申します。 こちらに伯爵夫人からの紹介状があるので、お目を通して頂きたい」
流石は兄貴。
この場の空気に呑まれて動揺する事なくも、手短に用件を伝えた。
すると警備兵は不審そうな表情をしながらも、紹介状を手に取り目を通した。
「……どうやら本物みたいだぞ?」
「そういえば午後から冒険者と謁見する予定がある、と言ってたな」
「う、うむ。 だが念の為に上に報告して来い!」
「あ、ああ……」
まあ彼等が警戒するのも、無理はない。
もし何かがあったら、責任を負わされるのは彼等だからな。
そして待つ事、十五分余り。
「……大変お待たせしました。 どうぞお通りください!」
「いえいえ、お勤めご苦労様です」
と、軽く会釈で返す兄貴。 万事そつがないな。
そして俺達が入城するなり、初老の執事と数人のメイドに迎えられた。
「どうも『暁の大地』の皆様。 私がこの度、案内役を勤めさせていただく執事長のロアンです。 このまま国王陛下の許にご案内したいところですが、念の為に身体検査をさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
そう切り出した初老の執事長。
まあ当然といえば当然だよな。
この城内にも神帝級の結界が張られていると思うが、魔法は使えなくても、毒針や毒矢の類を持ち込めば、要人の暗殺も不可能じゃない。
まあ俺達は丸腰だし、必要最低限な物以外は何も身につけてないが、これも規則だからな。 そして男は執事長が、女はメイドが身体検査する。五分程して身体検査も終了。
「……問題ありませんね。 では私の後について来てください」
「はい!」と兄貴。
そして言われるまま、ロアンの後について行く俺達。
時折すれ違う侍女や城の兵士達が好奇な視線でこちら見る。
やはり冒険者風情だと、この豪奢な城内を歩くのはやや肩身が狭い。
それはエリスやメイリンも同じのようだ。
ニャンドランド城では、城内の調度品や美術品に「わあ」と、目を輝かせていたが、今は伏し目がちだ。
だがそんな中でも兄貴は威風堂々としていた。
我が兄ながら大した男だ。 その剣技や戦闘技術もさることながら、
こういう超然としたところが、兄貴の魅力の一つなんだと思う。
そうだな、卑屈になる必要はないな。
こっちは招待客だ。 ならば堂々とすべきだな。
次回の更新は2019年4月20日(土)の予定です。




