第八十四話「ミネルバとデート(後編)」
その後、俺達は買い物を終えて、商業区のテラス付きのおしゃれなカフェで一休憩した。 俺達はテラスのテーブル越しに向かい合う形で椅子に座った。
とりあえず俺はオレンジジュースを、ミネルバはアップルティとフルーツケーキを注文。 俺達は心地よい太陽の光を浴びながら、大きく伸びをした。
「いやあ買った、買った。 色々欲しい物が買えたわ」
「おう、それは良かったな。 でもミネルバは値引き交渉には、向いてないな」
「そうかしら? だって防具屋でも一万グラン(約一万円)も値引きしてもらったじゃないの?」
「いやいや、あそこからが本番なんだよ! 大体どこの店も原価より高い値段で売りつけているから、値引き交渉は大事だぜ?」
「……そういうものなの?」
「そういうものさ」
するとミネルバはおどけるように、両肩を竦めた。
「仕方ないじゃない。 私はほんの少し前まで、竜人領に住んでいたんだから。 竜人領には、リアーナみたいに店は多くなかったし、竜人族はあまり値引き交渉とかしない種族だもん」
「……まあそれもそうだな。 まあ徐々に覚えていけばいいさ」
「それもそうね。 でも結局、貴方は何も買わなかったわね?」
「ああ、無駄使いはしない主義でな。 でもここの茶代は奢るぜ?」
「ほんと? ありがとう!」
俺の言葉ににっこりと笑うミネルバ。
メイリンなら問答無用で奢りなんだがな。
「そういえばそろそろ三月の下旬になるわね。 そろそろエリス達の学校も休みに入るのでしょ? そうしたら、エリスやメイリンもまたリアーナに来るのでしょ?」
「まあそうだろうな。 正直、回復役が居ないのはキツい。 自己負担の回復薬代も馬鹿にならんからな」
「……ねえ、一つ聞いていい?」
「ん? 何だい?」
「貴方はエリスの事が好きなの?」
「ぶふっ!?」
俺は不意打ちの言葉に思わず、口に含んだジュースを噴き出した。
ごほごほ、ヤバい。 咽たぜ。 というかいきなり何を聞くんだよ!?
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ。 というかいきなり何を言い出すんだよっ!?」
「だって気になるじゃない。 それで実際のところどうなの?」
と、顎の前で両手を組みながら、俺を見つめるミネルバ。
なんというか女っぽい仕草だ。
こういう一面も見るとミネルバも年相応の少女だと痛感する。
しょうがねえな。 ここは素直な気持ちで答えよう。
「もちろん好きさ。 でもどちらかといえば愛というより、好きだな。 何というか俺の中では、未だに彼女は幼馴染みであり、女友達という領域を出ていない気がする。 ……まあ向こうもそうだろうけどさ」
「そんな事ないと思うわ。 エリスは結構マジで貴方の事が好きと思うわよ」
そうなのか? 所謂、女の勘ってやつか?
「まあそれなら正直嬉しいがな。 でもよ、前にも言ったけどさぁ。 俺はこの連合に入るまで、マジでド底辺の冒険者だったのよ? 恋愛どころか、パーティを組む仲間も居ねぇ、んで一人で兎狩り。 そんなショボい男だったわけよ? まあ連合に入って、少しは冒険者としてはマシになったが、根っ子の部分はその暗い時代のままなのよ?」
「ふぅん、それで?」
ミネルバは、興味ありげな視線でこちらを見る。
なんか多分彼女の中では、俺の評価は随分高いようだ。
それ自体は有り難いんだが、俺の素直な心境を語った方がいいだろう。
「まあ今の俺はさ。 言うならようやく友達の輪に入れて、はしゃいでいる子供のようなもんなの。 ようやく自分の居場所を見つけた、みたいな感じだけど、そっち方面――恋愛に関しちゃ、てんで初心者というわけさ」
「……まあそうかもしれないけど、ラサミスは彼女とか欲しくないの?」
「いや欲しい!」
「そ、そこは即答なんだぁ……」
そりゃ俺も年頃な男だ。 当然彼女は欲しい。
色々いちゃいちゃしたいし、もっと青春を謳歌したい。
だが今は急に誰かとそういう関係になって、連合内の人間関係が微妙に変化する事が正直怖い。
「でも連合と誰かと付き合って、今の人間関係が微妙に変化する事も怖いのさ。 なんというか今のままが心地よいというかさ。 まあだからもう少し自分に自信を持てないと、誰かと付き合う事も無理と思う」
「ふうん、意外と色々考えて居るんだあ……」
意外とは失礼な!
こう見えて俺はめっちゃ空気を読むタイプなんだぜ?
だからミネルバの質問に対しても、真面目に答えてるんだぜ?
「そうか、何だ……私にも脈ありそうじゃない」
「え? なんか言ったか?」
「ううん、別に……」
と、聞こえないふりをしたが、勿論ちゃんと聞いたぞ。
俺は鈍感だが彼女の言葉の意味が分からない程、愚鈍でもない。
とはいえ今の俺に彼女の気持ちに応える自信はない。
というかミネルバは俺の事をやたら美化している気がする。
まあ仲間にする時、結構カッコいい事を言ったからな。
ならば彼女のその幻想を壊さないようにするのが、男というものだ。
「というかミネルバからすれば、兄貴の方が興味あるんじゃね?」
とりあえず話題を変えるべく、そう言った。
するとミネルバは小さく首を左右に振りながら――
「ああ、でもライル……さんにはアイラが居るじゃない? 流石の私でもそれくらいは分かるわよ?」
「まあ……そうだな」
まあこれに関しては、すぐ分かる事だからな。
少なくともアイラは兄貴に対して好意以上の感情を持っている。
それは鈍感な俺が見ても即座に理解出来た。
「でもライルさんはどうなのかな? なんかあの人、仕事や任務以外は、あまり興味ないという感じがするのよ。 なんか結構淡白でしょ?」
「まあ……そうだよな」
「あれじゃアイラが可哀想よ」
「でもまあそこは二人の問題だしさ?」
「まあ……そうだけどね。 なんか兄弟揃って女に関しては奥手なのね」
反論したいが、事実なだけに言い返せない。
でも意外とミネルバも連合内の人間関係をよく見ているな。
彼女なりに早く連合に、仲間に打ち解けたいのだろう。
それ自体は良い事だ。 そろそろいい時間だな。 帰るか……。
「そろそろ夕方だな。 それじゃ拠点に戻ろうか」
「そうね、そうしましょう」
そして俺達は、会計を済ませて店を後にした。
まあなんだかんだで楽しい一日だった。 これでまた明日も頑張れる!
「ラサミス、今日は色々ありがとうね」
「いや俺も楽しかったよ」
「……本当?」
「ああ、本当さ」
「それは良かったわ。 じゃあ荷物持ちよろしくね」
「あいよ。 早く帰ってジャンの料理を食おうぜ!」
「そうね、まあお互いゆっくり前へ進みましょう」
「……そうだな」
こうしてミネルバとのデート?は無事に終わった。
帰り道の間、ミネルバは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
そして十八時に拠点に到着。
すると拠点の出入り口付近の受け付けで、
兄貴とドラガンが渋面になりながら「うーん」と唸っていた。
「……どうかしたの?」
「ああ、ラサミスか。 おかえり」と、兄貴。
「……二人ともちょうどいい時に帰ってきたな。
夕食を終えたら、二階の談話室に来てくれ」
と、ドラガンが真面目な表情で言った。
よく見るとドラガンの右手に手紙が握られていた。
いやドラガンだけでない。 兄貴も両手に手紙を握っている。
また猫族の王室からか? あるいは伯爵夫人か?
どうやらまた何かが起きたのかもしれん。
これは休日モードから、任務モードに切り替えた方がいいようだな。
ミネルバもそれを感づいたらしく、俺達はお互いに顔を見合わせて無言で頷いた。
とりあえず先に夕食を済ませよう。 話はそれからだ。
夕食後。
俺とミネルバは二階の談話室に足を運んだ。
ドアを開いて中に入ると、既に兄貴、ドラガン、アイラが部屋の中に居た。
「来たか、ならば単刀直入に言おう。 実は今日の夕方に猫族王室とヴァンフレア伯爵夫人から手紙が届いたのだが、どちらも緊急事態が起きたから、直接会って話したいとの事だ。 だからニャンドランド城には拙者とアイラ、ミネルバ。 ハイネガルにはライル、ラサミス、それにエリスとメイリンを加えて向かって欲しい」
どうやらまた何か起きたみたいだ。
でも猫族王室と伯爵夫人から同時に手紙が来るのは、気になるな。 今回の仕事、任務は結構危険かもしれないな。
「伯爵夫人曰く、ヒューマンの国王ジュリアン三世に俺達を紹介したいとの話だ。 ここにヒューマンの居城ハイネダルク城への招待状も同封されていた。 少し作為的なものも感じるが、国王との謁見を拒むと後々面倒になりそうだ。 だから今回は俺とラサミス、エリスとメイリンのヒューマンのみで行こうと思う」
という兄貴の言葉にミネルバが少し首を傾げた。
するとドラガンがフォローするようにこう告げた。
「気を悪くしないでもらいたいが、相手はヒューマンの国王。 故に拙者のような猫族やアイラのようなハーフエルフ、竜人のミネルバが謁見すると、ヒューマンの王が気分を害す可能性があるのでな」
やや節目がちにそう言うドラガンだが、
ミネルバは納得したように、「ああ、そういう事ね」と呟いた。
「あ~気にしてないですよ、団長。 竜人族も大概、排他的な種族でしたから。 まあ寛大ぶってても内心は、差別主義に満ち溢れているのがお偉いさん、という構図は、ヒューマンも竜人族も変わらないと思うわ」
「うむ、そう言ってくれると助かる。 とりあえず我等三人はニャンドランド城に向かうぞ。
ライル、王との謁見の際には、身なりもそれなりに整える必要がある。 この金でラサミスやエリス、メイリンに正装させてくれ!」
そう言って金貨がたくさん詰まった大きめの皮袋を兄貴に手渡すドラガン。
「……わかった。 ヒューマンの方は俺に任せてくれ!」
「ああ、お互い謁見が終わったら、ニャンドランド城で合流しよう。 双方の話し合いの結果と情報をすり合わせる必要があるからな」
「そうだな。 とりあえず王が踏み込んだ質問をしてきたら、のらりくらり躱すよ。 ラサミスもその辺を注意してくれよな?」
「ああ、分かっているよ」
「うむ、良い返事だ。 期待しているぞ」
こうして話し合いは終わり、俺達は明日に向けて早い目に就寝した。
翌朝。
とりあえず俺と兄貴は瞬間移動場から、ハイネガルに飛び、エリス達と合流する予定。
ドラガン達は馬車でニャンドランドへ向かう。
ミネルバがニャンドランドに行った事ないから、瞬間移動魔法を使う事は出来ないからな。
「ではお互い上手くやろうな」
「ああ、そちらは任せたよ」
そう言葉を交わすドラガンと兄貴。
しかしこの俺がヒューマンの国王に謁見する日が来るとはな。
正直一年前には考えられない話だ。
でもこれに関しては、別に俺の手柄じゃない。
単純に『暁の大地』という連合のブランド価値が高まった結果だ。
だから俺としては、連合の看板に泥を塗るわけはいかない。
「んじゃ行こうぜ、兄貴」
「そうだな」
そして俺と兄貴はリアーナの瞬間移動場へと向かった。
次回の更新は2019年4月17日(水)の予定です。




