第七百五話 尚古思想
---三人称視点---
天空の方舟メルカバー。
天使長ミカエルと熾天使ガブリエルは、
メルカバーの前部分にある時空転移装置のある部屋までやって来た。
部屋の前にある扉にガブリエルがマスター・ディスクを差し込むと、
電子音が周囲に鳴り響き、分厚い扉が開いた。
そして二人は部屋の中へ入る。
その室内は想像していた以上に狭かった。
やや薄暗い照明、直径五メーレル(約五メートル)くらいのドーム状の空間だ。
そのドームの中央に長方形の箱型の機械が据え付けられてきた。
高さは四メーレル、横幅は三メーレル程の大きさだ。
これが時空と時空を繋ぐ時空転移装置だ。
実物を見れば思ったより小さいので、
拍子抜けするかもしれないが、
この装置は機能面では完璧で十数分もあれば、
このウェルガリアから天界エリシオンへ時空転移する事が可能であった。
「まさか我々、二人が敵前逃亡するとはな。
だが危惧していた通り特異点は危険な存在だったな」
「そうね、私もこうなるのは計算外だったわ」
「兎に角、一度天界へ戻ろう」
「ええ、でも天使長。
先にアナタが時空転移装置の中へ入ってもらえないかしら?」
「私がか?」
「ええ……」
「同士ガブリエル、何を企んでいる?」
「何も企んでないわ。
ただ今の私はこのメルカバーの総司令官。
私が退去する限界まで艦の様子を見ておきたいのよ」
ガブリエルは尤もらしい意見を述べたが、
天使長ミカエルは、厳しい視線をガブリエルに向けた。
「ガブリエル、私を舐めるなよ?
私を先に行かせた後、何をするつもりだ?」
「……彼等と話し合うつもりよ」
ガブリエルは率直にそう言う。
「やはりそうか……」
「驚かないのね」
「まあある程度は予測がついてたからな」
「それで許可は頂けるの?」
「条件付きならば許可しても構わん」
ミカエルの言葉にガブリエルも目を瞬かせた。
ミカエルがこう言うのは予想外の反応だった。
するとミカエルの表情が穏やかになる。
「正直、今回の遠征でここまで苦戦を強いられるとは、
私も計算外であった。 だが敵に特異点が居た時点で、
こうなる事を予測しておくべきだった。
だが天使長である私が連中に頭を下げては、
他の大天使に対して示しがつかない。
だからガブリエル、キミに彼等の仲介人になって欲しい」
「……私で良ければその大役を務めさせてもらうわ。
でも天使長、これだけは信じて欲しいのよ。
私は貴方も大天使も、そして創造神グノーシアを裏切るつもりはないわ」
「無論、分かっているさ。
キミは熾天使の中でも特に慈悲深い。
それをとやかく言う者も居るだろうが、
私はキミのそういう性格は嫌いじゃない」
「そう、ありがとう」
「だがキミの立場はあくまで仲介人。
決して連中――ウェルガリアの民に屈してはいけない。
譲歩はしていいが、服従してもらっては困る」
「無論、百も承知よ」
「一度、交渉のテーブルにつけば、
交渉相手は対等な関係になったと錯覚するが、
それが錯覚である事を相手に分からせて欲しい」
「ええ」
「そしてその交渉が上手く行けば、
キミが主導してこの地上の民を天界まで誘導しても構わん」
「……意外だわ、まさか貴方の口からそのような言葉を聞くなんて……」
するとミカエルは、ガブリエルから視線を外して虚空を見澄ました。
そしてミカエルは、まるで自分に言い聞かせるように、
ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「我々は今まで数多の星の住人に干渉して来た。
その主立った理由は、その星の住人が他天体や他の世界へ
侵略した事による制裁と是正。
私はその行為は今まで正しいものと信じていた。
だがそれは私、そして大天使の過ちなのかもしれない」
「……どうしてそう思ったのかしら?」
「我々は天界に住まう天使。
創造神グノーシアを主神として数多の世界を統べる存在。
だから我々が定めた秩序に逆らう世界とその住人を裁いてきたが、
今回の戦いでは、我々は想像以上の被害を被った。
そして私の予想では恐らく被害は拡大していくであろう。
それこそウェルガリアの民と戦い続ければ、
今まででは考えられない危機が訪れるかもしれん」
「だから私に仲介人になれと?」
ガブリエルの言葉に「そうだ」と答えるミカエル。
ミカエルはとても複雑な表情を浮かべていた。
そんな彼を諭すように、ガブリエルが語りかける。
「私はね、天使長。 貴方の思うように、
地上の民に対して慈悲を示す。
そして叶うのであれば、彼等を導こうとする。
でもね、私は決して貴方や創造神を裏切るつもりはないわ。
それに貴方は今回のように大苦戦していても、
ウェルガリアの民に対して、
核爆弾を使おうとしない。
制裁の対象相手でもその辺の線引きはきちんとする貴方が好きよ」
「私はこの天界を束ねる天使長だ。
全てにおいて公正を通す事は出来んが、
私も自分の立場に甘んじて、
短絡的な行動をしないようにいつも配慮している」
「そういうところが天使長の器ね」
「よせ、褒めても何もやらんぞ。
だがガブリエル、キミも慈悲だけでなく、
公正と公平な視点でウェルガリアの民と接して欲しい。
その上でキミが加担するにあたいする相手ならば、
このメルカバーの時空転移装置、ワープ装置を使用して、
彼等と共に天界へ来るが良い」
「……全てお見通しなのね」
「嗚呼、私は天使長だ。
他の熾天使や大天使の事をいつも考えている。
そして過去の過ちは反省して、繰り返すつもりはない。
だが私は何もせずウェルガリアの民を許容する気はない。
だからキミは連中にこう伝えろ。
「自らの平和を望むなら、自分の手で掴み取れ」とな」
「……分かったわ」
「では私はこれより時空転移装置の中へ入る。
ガブリエル、私が居なくなっても、
思慮分別のある行動をしてくれ」
「ええ、必ず約束するわ」
「では私はもう行くよ」
そう言ってミカエルは、
ドームの中央に長方形の箱型の機械の中へ入った。
ガブリエルはミカエルのその姿を見守っていた。
こうして天使長の許可を得て、
ガブリエルはメルカバーに残る事となったが、
良くも悪くも後から考えたら、
ガブリエルのこの行動は、大きな分岐点となる重要な選択であった。
次回の更新は2025年11月23日(日)の予定です。
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