第七百三話 天使長と特異点(後編)
---三人称視点---
「……」
ラサミスの唐突の言葉に、
天使長ミカエル達も思わず押し黙った。
ラサミスの憤りを彼等も察したようだが、
彼等にも彼等の立場があった。
故にラサミスの言葉を素直に受け入れる気はなかった。
そんな中、ラサミスが自分の考えを言語化して、
天使長達と周囲の仲間に対して、自説を述べた。
「オレ達は確かに何か犠牲にして生きている生き物だ。
アンタ等の言い分では、大元の原因は魔族にあるそうだが、
オレ達四大種族は、数年前に魔族相手に世界の覇権をかけて
戦ったが、オレ達は魔族に負けた。
その上で魔王レクサーは、四大種族に歩み寄りの姿勢を見せて、
今日のウェルガリアがある。
だから魔族が原因であれば、それはオレ達ウェルガリアの民の問題だ。
アンタ等がオレ達に制裁を加えるというのであれば、
オレ達もそれ相応の自衛手段をとらせてもらう。 だが……」
ラサミスはそこで一呼吸置いた。
周囲の仲間は彼の発言を真剣な表情で聞いていたが、
剣聖ヨハンは少々厳しい表情を浮かべていた。
「そっちが言ったように、
このままでは泥沼の戦いになる。
というか現時点でそうなっているかもしれん。
だからアンタ等が望むならば、
こちらもある程度はそちらの要求を呑んでも構わん。
……とオレ個人は思わない訳でもない。
だがそれはオレ個人の考え。
そして今の好機を生かして、アンタ等を倒させてもらうよ」
「ラサミスくん、ちょっと待て!」
ラサミスの近くに居た剣聖ヨハンがそう呼び止めた。
ラサミスはヨハンに視線を向けて、彼の言葉を待つ。
するとヨハンは、ゆっくりと自分の考えを述べた。
「俺個人、キミの考えには賛同だ。
だがこれはウェルガリアの運命をかけた戦い。
それをキミやボクが決める訳にはいかない」
「……そうですね、最低でもレクサーやマリウス王弟の意見を
聞く必要がありますよね」
「嗚呼、だがそれは後ですれば良い。
今のボク達に与えられた役割は一つ。
敵の親玉らしき大天使を討つ事。
それが今ボク達が何よりも優先すべき事だ」
「無論、理解してますよ。
ただ最低限の交渉の窓口は、
残しておくべきかと思いますが……」
「嗚呼、ボクも同じ意見だよ。
だからそこの天使長という大天使はあえて見逃そう。
何処へ逃げるかは知らんが、
天使長もこの後に何者かの指示を仰ぐ事になるだろう。
その時にそちらが、天使側がこちらに対して、
歩み寄りの姿勢を見せれば、
こちらとしても譲歩する余地はある。
だがこの空飛ぶ黒い船によって、
我等の同胞が多く失われた。
その後始末はつけさせてもらうよ」
剣聖ヨハンがそう言って、
腰の剣帯から聖剣サンドライトを抜いた。
だがこの言動に熾天使ウリエルが怒りを露わにした。
「舐めるなよ、地上人如きが我等に対して、
天から見下ろすような発言をするとはな。
天使長、事前の打ち合わせ通りこの場は私に任せて頂きたい」
ウリエルは強いまなざしでミカエルを見据える。
こうなればミカエルとしても、
ウリエルの申し出を拒む事は出来ない。
「嗚呼、この場は同士ウリエル、貴公に任せるよ。
そしてそこの特異点とその仲間に告ぐ。
結局、何かを成すには力が必要だ。
力なき言葉など無力に等しい。
もし貴殿等が我等、天使と本気で向き合うつもりならば、
そこに居るウリエルを倒してみよ。
そして我等、天使の世界――天界エリシオンまで出向け。
その時ならば貴殿等の言葉に耳を傾けても良い」
「……その言葉に偽りはないな?」
「嗚呼、天使長の名にかけて誓おう」
ラサミスの言葉にミカエルがそう宣言する。
二人の視線が少しだけ交差し、ミカエルの唇に微笑みが浮かんだ。
「では天使長、そして同士ガブリエル。
この場は私に任せて、二人は退去してくれ」
「嗚呼」「ええ」
ミカエルとガブリエルはそう返事して、
護衛も引き連れずに北側の戸口から抜けて、
中央発令所の北にある時空転移装置のある部屋へと向かった。
そしてウリエルが発令所内に居た三体の戦闘バイオロイドを呼び寄せて、
腰の剣帯から、一本の長剣を抜剣した。
その剣身は輝いており、とても美しい剣だった。
柄も豪華な金の装飾がされていた。
更には小さな宝石まで埋め込まれている。
無論、只の剣ではない。
天界の熾天使にだけ与えられる神剣。
広い天界でも四本しか現存しない神剣の一本であるアストロダーム。
それが熾天使ウリエルに与えられた神剣だ。
「特異点とその同伴者よ。
俺は天使長のように甘くはないぞ。
だがここで戦えば、このメルカバーが墜落する可能性がある。
それは貴様等も困るであろう。
この先にそこそこの広さの運動場がある。
この後の戦いはそこでしたいと思うが、
貴様等の意見も一応聞いておこう」
ウリエルの言葉にラサミスとヨハンが顔を見合わせる。
確かにこの発令所で戦うのは止めた方が良い。
まあ誘導した先に罠が仕掛けられている可能性もあるが、
この状況を考えれば、ラサミス達に拒否権はなかった。
「……良いだろう、そこに案内してくれ」
「嗚呼、そこに居る連れも来るが良い。
だが運動場に着いたら、
これ以上の戦闘参加者を増やさない為にも
隔壁を閉鎖するが構わないな?」
ここも素直に従おう。
ラサミスとヨハンはアイコンタクトを交わす。
「では今から案内するから、
私の後について来るが良い」
そう言って、北側の戸口から、
外へ出たウリエルの後にラサミス達はついていった。
次回の更新は2025年11月18日(火)の予定です。
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