第六百八十九話 以長撃短(後編)
---三人称視点---
メルカバーから発射された電磁砲によって、
レスシーバ平原のウェルガリア軍の地上部隊は、
あっという間に身体が黒焦げになって、消し炭と化した。
破壊力はメギドの炎の方が高いが、
発射速度に関しては、電磁砲の方が上であった。
ウェルガリア軍の地上部隊は、
何が起こったか、分からない状態で一瞬にして焼き払われた。
今の一撃だけで、
ウェルガリア軍の地上部隊は、八千人近くの兵士が犠牲となった。
急な一撃に加えて、指揮官のレクサーが離脱していたので、
現場に残された兵士達は、この事態に激しく狼狽した。
だがそこで魔将軍グリファムが動いて、
慌てる兵士達を素早く指揮して部隊を立て直した。
とはいえ超兵器による味方の一掃は、
残された兵士達に強い恐怖心を植え付けて、
彼等の士気を著しく低下させた。
その光景をメルカバーの中央発令所から、
見据えたラファエルは、勝利の余韻に酔いしれていた。
だが他の熾天使、特にガブリエルは批判的な視線を向けていた。
「そういう風に勝ち誇った表情は控えるべきと思うわ」
だがラファエルは、ガブリエルの批判に対して――
「別に俺は喜んでなどいないよ。
俺とて熾天使の一人、最低限の倫理観は持ち合わせている。
だが今回のウェルガリア掃討作戦で、
味方の大天使が多く倒されたように、
ここまでの戦いは決して楽ではなかった。
だからここからは地上人を罰する熾天使と振る舞うつもりだ」
「その考えそのものが傲慢なのよ」
「……同士ガブリエル、そのような言い様は俺も不愉快だ」
「私も同様に不愉快よ」
「何っ……」
この言われように、ラファエルも立腹して、
ガブリエルの許に詰め寄ろうとしたが、
その前にミカエルが間に入って仲裁した。
「落ち着け、ラファエル。
それとガブリエル、君も口が過ぎるぞ!」
「……俺は冷静だ」
「……そうね、少し言い過ぎたわ」
「我等で争っている場合ではなかろう。
どのみちこの戦いでは大きな犠牲は避けられない。
だから早い段階で、相手を無力化する必要がある。
以上の点からも私はラファエルの行動を支持する」
「……そう」
そう言うガブリエルは、悲しそうな表情を浮かべた。
これにはウリエルも少し慌てていたが、
ラファエルとミカエルは彼女を無視して会話を推し進めた。
「兎に角、俺は自分の任務を忠実に果たしたまでさ。
だがこれで終わりではない。
このまま猫族の王都へ向かい、
今度は「メギドの炎を使うつもりだ」
「私も同士ラファエルのやり方に賛成だ。
このまま猫族を無力化して、
連中の王都を制圧すれば、我々の勝利も確定する」
「俺も同士ラファエルや天使長の行動を支持する」
ウリエルが控えめにそう言う。
「……私はあなた達のやることを否定も肯定もしないわ」
「同士ガブリエル、それで構わないさ。
ではラファエル、メルカバーを王都へ向けてくれ」
「嗚呼、では司令官として命じる。
メルカバーをこのまま王都ニャンドランドへ向かわせよ」
ラファエルがそう命じると、
AI制御システムは、
言われるがまま、ニャンドランドへとメルカバーを向かわせた。
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「……今の攻撃はエルフ領の大聖林を一掃した攻撃とは、
少し違うようだニャン」
「そのようですニャ」
マリウス王弟の言葉に彼の副官を務める老猫のバーマンがそう答えた。
マリウス王弟の腹心の部下であるジョニーとガルバンは、
ニャンドランド城の警備にあたってたさので、
このバーマン――ルードルがこの場では副官を務めていた。
「このまま敵がここに攻めて来る可能性は高いニャン。
だからその前にボクとボクの臣下達は、
瞬間移動魔法で王城まで逃げるニャン」
「それがよろしいでしょう」
「そして王城の前に強力な大結界を何重にも張り巡らせよう。
そうすればある程度は持ちこたえられるだろう」
「その際にこの丘陵地帯に残した部下はどうするのですか?」
「彼等には悪いが、犠牲になってもらうニャン」
「仕方ありませんニャ」
「嗚呼、仕方ないニャン。
それにしても魔王陛下もここに逃げてくるのは、
少し迷惑ニャン、この後の後始末は彼に任せよう」
「それが宜しいでしょう」
そしてマリウス王弟は、
伝令兵を魔王レクサーの許に飛ばした。
「ご報告します。
マリウス王弟殿下は、
敵艦が迫り次第、王城へ転移魔法で避難するので、
後のことは魔王陛下にお任せしたい、と申してます」
キジトラの雄猫族がそう告げると、
魔王レクサーは「そうか」と鷹揚に頷いた。
「分かった、後の事は引き受けよう。
マリウス王弟は王城の防衛に励め。
とだけ伝えてくれ」
「はいはいニャーン」
緊張感の欠ける返事をして、
キジトラの雄猫族は意気揚々とこの場から去った。
するとレクサーの側に居たシーネンレムスが苦言を呈した。
「安易に引き受けたのは良いですが、
これからどうするおつもりで?」
「無論、余が残った兵を率いるまでさ」
「しかし現状、我々と本隊が分断された状態ですが……」
「敵艦がここに攻めてきたら、
今度は本隊の方に転移魔法で転移する。
そして本隊を指揮して、背面から敵艦を攻める」
「そうなるとここに居る猫族部隊を
見捨てる事になりますが……」
「まあ多少の犠牲は出るであろうが、
次の攻撃には余も全戦力をつぎ込むつもりだ」
「そうですか」
「嗚呼……」
やや気まずい空気が流れる中、
魔王の許に親衛隊の隊士が駆けつけてきた。
「ご報告します、敵艦がこの丘陵地帯に攻め込んできました」
「そうか、ならば余は今より余とその部下を
転移魔法でもう一度本隊の許へ転移させる」
「……御意」
そしてメルカバーがこの丘陵地帯に接近してきた。
やや場当たり的な行動が目につく中、
魔王レクサーも覚悟を決めて、次なる戦いに挑もうとしていた。
果たして勝つのはウェルガリア軍か。
あるいは天使軍か、それは現時点では分からないが、
この後の攻防で両軍の明暗も分かれようとしていた。
次回の更新は2025年10月16日(木)の予定です。
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