第六十七話「災厄の元凶は?」
「――せいっ!!」
白銀の軌跡を描く兄貴の長剣がモンスターの体躯を両断する。
「ギ、ギギャアアアアアアアアアッ!?」
轟く『ブルテッシュ・リザード』の断末魔。
この『ブルテッシュ・リザード』は十六階層から出現したが、なかなか厄介な敵だ。 見た目は通常の蜥蜴人間を薄茶色の肌して、その背中に二枚の漆黒の翼を生やした感じだ。
翼があるから、短時間なら上空を飛行する事も可能だ。
体長は180セレチ(約180センチ)が標準サイズで、大きい奴となると二メーレル(約二メートル)くらいの奴も居る。
そして名前の通りかなり狂暴だ。
更には闘気を纏うから、これまでの敵とは一味違う。
そういう連中が群れをなして、襲って来るから、油断するとかなり危険だ。
現在地点は十八階層。
十五階層までは、比較的順調だったが、この『ブルテッシュ・リザード』が現れた十六階層以降は苦戦が続いている。
「ギョアアアアアアッ!」
「今度は上かっ!?」
一体を斬り捨てても、すぐに別の個体が襲いかかってきる。
正面から来たかと思えば、今度は上空から襲いかかって来た。
「――アタシが動きを止めます! フレイム・ボルトッ!」
そう言いながら、右手を突き出して砲声するメイリン。
放たれた炎雷が、兄貴の頭上の『ブルテッシュ・リザード』に命中。
それと同時に兄貴が強く地を蹴り、大きく跳躍して、右腕を引きながら――
「――ピアシング・ブレードッッ!!』
と、技名を叫びながら遠心力を生かした鋭い突きを放った。
そしてその鋭い突きが眼前の敵の眉間に命中。 続いて喉元にも命中。
だが兄貴が空中に浮かんでいる間隙を突いて、二列目の『ブルテッシュ・リザード』がこちらに向かって突貫してきた。 それと同時にアイラが剣と盾を構えるが、
「大丈夫だ。 俺に任せろ! ――ハアアアアアアッ!!」
そう言いながら、近くの壁を左足で蹴って方向転換する兄貴。
突撃してきた『ブルテッシュ・リザード』の頭上に、炎の闘気を右足に宿らせ、脳天踵落としを喰らわせる。
「ぐぎゃっ!?」
怯む薄茶色の蜥蜴人間。
そして次の瞬間には、兄貴は白銀の長剣を水平に払い、標的の喉笛を切り裂いた。
兄貴は瞬く間に二体を斬り捨てた。
敵が強くなっても、冷静に状況判断するところは流石の一言。
だがとにかく敵の数が多いのだ。
視界に映るだけでも、前方には五体のフレイム・フォックスが居る。
そして五体全てが地に低く伏せて、口内を赤熱させる。
「またかっ!? メイリン、頼んだぞ!」
「はい、団長! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 『アクア・ウォール』ッ!!」
メイリンが素早く呪文を詠唱すると、俺達の前方に長方形型の水壁が生み出される。 それと同時にフレイム・フォックスが一斉に頭を振り上げ、赤く燃える口腔を開き、火炎ブレスを放射。
そして放たれた火炎ブレスが長方形型の水壁に衝突。
力と力が透明の障壁の前で激しくせめぎ合う。
じゅわ、じゅわ、じゅわ。 水壁が湯気をあげながら炎を包み込む。
すると緋色の炎は次第に勢いを失い、そのまま消え失せた。
このように隙を見つけては、フレイム・フォックスが火炎ブレスを放射してくる。 その度にメイリンに水属性の対魔結界を張ってもらうが、こう何度も何度も続くと、流石のメイリンも疲れ気味に肩で息をしていた。
「苦しそうだな、また拙者の魔力を分け与えてやろう! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ! 我が魔力を我が友に分け与えたまえ! 『魔力パサー』!」
ドラガンが魔法戦士の職業能力である『魔力パサー』を発動。 この能力は自分の魔力を他者に分け与える事が可能だ。
魔力回復薬を飲む余裕すらない緊急時には、この能力はかなり役に立つ。 ドラガンがメイリンに魔力を分け与えたのは、これで二回目だ。 ドラガンも少し苦しそうな表情だ。
かなり高レベルの魔法戦士は『魔力吸収』というモンスターや他者から魔力を奪う職業能力を有しており、その気になれば、魔力の永久機関になれるが、残念ながらドラガンはその能力を有していない。 あくまで『魔力パサー』のみだ。 だがそれでもメイリンの魔力はやや回復した。
「サンキュー、団長。 ならアタシの魔法でこいつ等を一掃しますね! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ、我に力を与えたまえ! 行くわよっ! ……『ハイパー・ブリザード!!』」
呪文の詠唱と共にメイリンの周囲の大気がビリビリと震える。
そして杖の先端の緋色の魔石が眩く光り、絶対零度のような冷気が迸った。
物凄い速度で凍てつく冷気が放射状に前方の標的目掛けて放たれた。
凍てつく冷気が前方のフレイム・フォックス達だけでなく、後方に陣取ったブルテッシュ・リザード達も飲み込み氷結状態にさせる。
「そしてこれで止めよ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う大地の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ロック・シャワー!!』」
続いてメイリンは土魔法で自分の周囲に岩石を作り出す。
大中小と様々な大きさの岩石が鋭く回転しながら、氷結状態のモンスター達に次々と命中。
がしゃん、がしゃん。
岩石が命中するなり、氷結状態のフレイム・フォックスやブルテッシュ・リザードの身体がガラスが砕けたように、四方八方に飛び散った。
「ふう、とりあえず当面の敵は片付いたようね。
あ、ラサミス。 今のうちに魔石とドロップアイテムを拾いなさいよ」
「ん? ああ、そうだな。 せっかくだしそうするか」
俺はメイリンに言われて、魔石とドロップアイテムの回収作業に入る。
基本的にモンスターは魔石を核としており、その魔石が破壊されれば、生命活動に終止符を打つ。
だが派手な乱戦の最中は、魔石ごと破壊する事も珍しくない。
熟練の冒険者となると、あえて魔石を壊さないでモンスターを討伐するらしいが、こうも敵の数が多いとそんな余裕はない。
実際、今回倒したモンスターも殆ど魔石が破壊されていた。
収拾できた魔石はたったの三個。 だが純度が高い優れた魔石だ。
魔石は純度が高い程、冒険者ギルドが高値で買い取ってくれる。
そしてドロップアイテムはフレイム・フォックスの牙を三個、ブルテッシュ・リザードの鱗を二個。 合計五つのドロップアイテムを魔石と同様に腰帯の薄茶色の皮袋の中に入れた。
「こう数が多いと気の休まる暇もないな」
「ああ、今のうちに魔力回復薬を使おう」
兄貴の言葉に同意して、ドラガンが魔力回復薬の入った瓶に口をつける。 同様にメイリンも魔力を補給する。
だが魔力回復薬とて、無限にあるわけではない。
故に基本は火力であるメイリンの魔力補給を優先して、次点でドラガン。
そして回復役であるエリスの魔力管理にも注意を払う。
戦闘中は基本的にドラガンの『魔力パサー』で仲間に魔力を受け渡し、余裕が出た時はこうして魔力回復薬を使う。
「現在地点は十八階層。 この迷宮は意外と深いわね」と、アイラ。
「うむ、まだまだ先は長そうだな。 各自、気を緩めるなよ」
と、ドラガンの言葉に全員小さく頷き、再び迷宮探索が開始された。
だが基本戦術は変わらない。 前衛の兄貴が敵を切り捨て、アイラが防御役兼攻撃役。
ドラガンは付与魔法を状況に応じて使い分け、仲間の魔力が減れば、『魔力パサー』。 メイリンは後衛から魔法攻撃。 俺は後衛の二人を護りつつ、状況に応じて、ハンドボーガンやブーメランで敵を狙い打つ。
そんな戦闘が何度も繰り返されて、ようやく二十階層に到着。
ズボンから取り出した金の懐中時計をかぱっと開き、覗き込む兄貴。
「二十一時三十分か。 今日はこれぐらいにしておこう」
「そうだな。 見張り番は前日通りでいいな?」
「「はい」」「問題ないッス!」
俺達はドラガンの言葉に従い、野営の準備を始めた。
今夜の野営場所は二十階層の出入り口の近くにある円形状のやや広い広間。
昨夜通りメイリンの初級火炎魔法で焚き火を焚き、男性陣は寝袋。 女性陣はテントを地面に張る。
そして夕食のメニューも昨夜とほぼ同じ。
干し肉と豆、乾パンとビスケット。
だが今夜は少し疲れたとの事で、ドラガンの豆スープはなかった。
少し残念に思いながらも、栄養を補給すべく、食事を摂った。
う~ん、正直味気ない食事だ。 だが贅沢は言えないから、我慢する。
そしてエリスとメイリン、アイラの女性陣がテントの中に入る。
俺の見張り番はアイラの後だから、六時間後か。
とりあえず俺も寝袋に入り、両眼を閉じて黙考する。
十五階層以降は、想像以上に厳しい戦闘が続いた。
とにかく敵の数が多い。 ブルテッシュ・リザードは状況に応じて、闘気を使うし、フレイム・フォックスは隙あらば、集団で火炎ブレスを放射してくるから、気の休まる暇もない。
対魔結界を張れるメイリンがパーティに居たから良かったが、もし彼女が居なかったと思うと、軽く背中に悪寒が走る。 だが厳しい事は厳しいが、まだ限界ではない。
しかしながらこうも思う。
確かにこのエルシトロン迷宮は他の迷宮よりやや厳しいが、まだ予想の範疇だ。 本当にここに竜魔なる存在が居るのであろうか?
別に伯爵夫人を疑っているわけではない。
だがどうにもピンと来ない。 ここにそんな凄い存在が居るという話がだ。
しかしもし本当にこの迷宮に竜魔が居るとしたら、その目的は何だろう?
薄暗い迷宮の地下で何年も何年も過ごす。
もし自分がその立場だったらと思うと、ぞっとする。
伯爵夫人曰く、現在このウェルガリアの大地にも魔族は存在するらしい。
しかしその多くは僻地に隠れ潜んでいるとの話だ。
確かに四大種族から見れば、魔族は分かり易い憎悪の対象だろう。
だがその魔族をこのウェルガリアに召喚したのは、他ならぬヒューマン自身だ。
それが都合が悪くなれば、敵対関係になり、討伐対象にもなる。
考えてみれば、このウェルガリアの災厄の影にはいつもヒューマンが居る。
猫に知性の実を与えて、猫族なる種族を生み出したのもヒューマンだ。
エルフ族や竜人族をこの大地に召喚したのもヒューマンだ。
そしてその四種族の間で争い、長引く闘いに痺れを切らして、魔界から魔族を召喚したのもヒューマン!
よくよく考えると全ての災厄の元凶はヒューマンだ。
そして全ての始まりは、知性の実だ。
もしこの地上に知性の実が存在しなければ、猫族は誕生してないし、ヒューマンがエルフ族や竜人族をウェルガリアの大地に召喚する事もなかったかもしれん。
そしてこの現代に再び知性の実が発見された。
それにより兄貴達とマルクス達が争い、エルフ族がその禁断の果実を手に入れて、約三ヶ月前の漆黒の巨人騒動が勃発。
更に今回マルクスに恨みを持つ竜人族の男女が現れた。
思い返せば、あの日メイリン達とゴブリン狩りに行った帰り道に、アイラと出会った事が、俺の運命を変えたのかもしれない。
だが別にその事自体は後悔していない。
今こうして兄貴やドラガン、アイラ。 それとエリス、メイリンといった仲間と一緒に冒険するというのは、底辺冒険者時代の俺の夢だった。
だからこうして遥々ラムローダに訪れた事にも不満はない。
だがそれと同時に気になる事も多い。
伯爵夫人が言った『世界各地で高い知性を有したモンスターが発見されている』
という話も何かの前触れかもしれない。
そして今回もし無事に竜魔を発見すれば、
それはまた何かを呼び起こす引き金になるかもしれない。
だがここまで来て、逃げ帰るわけにはいかない。
それにあの竜人二人組の動向も気になる。
とりあえず俺は俺の役割を果たすしかない。
しかし今自分達が何か大きな事象に巻き込まれているかもしれない、
という事は常に頭の隅に入れておく必要はありそうだ。
そうこう考えているうちに、俺は睡魔に襲われそのまま眠りこけた。
迷宮探索の二日目の夜は、こんな風に過ぎていった。
次回の更新は2019年1月5日(土)の予定です。




