第六百七十四話 談論風発(前編)
---三人称視点---
ウェルガリア歴1606年9月17日。
猫族領のレスシーバ平原。
王都ニャンドランドの真東にあるこの平原地帯に、
ウェルガリア軍の中心部隊が陣取っていた。
まず本陣に魔王レクサーが率いる魔王軍の本隊八万の兵士。
参謀役として大賢者シーネンレムス。
そして魔将軍グリファムは、「獣魔団」に加えて、
本隊のうち、約三万の兵士を率いる事となった。
更に約一万の魔導士部隊をレストマイヤーとアグネシャール。
空戦部隊はサキュバス・クイーンのエンドラがサキュバス部隊を五百人。
若手幹部のバーナックとキャスパーには、
先日の戦い同様にそれぞれ五千の兵が与えられた。
それに加えて竜騎士団の団長レフが「竜騎士団」。
そしてシャルク団長を含めた約一万の竜人軍を率いる事となった。
またニャラード団長が指揮する猫族軍が約一万匹。
シモーヌ副隊長がエルフ軍の残党を約二千人。
そしてラサミス達「暁の大地」と剣聖ヨハン率いる「ヴァンキッシュ」も
地上部隊の主力として、前線に配置される事となった。
全軍合わせて約十二万を超える大軍。
恐らく彼等がこのウェルガリアの大地から集められた最強の部隊。
……と言っても過言はないであろう。
王都ニャンドランドには、
先代国王ガリウス三世が残り、
ニャンドランド城にマリウス王弟の右腕のジョニー率いる猫族兵五千匹。
同じくマリウス王弟の腹心のガルバンも猫族兵五千匹を率いて、
猫族の居城であるニャンドランド城の守りを固めた。
そして王都とレスシーバ平原の中間地点にある丘陵地帯に、
マリウス王弟が率いる猫族軍の本隊三万匹と魔王軍二万人が配置された。
マリウス王弟は、魔王レクサーの事を信頼していたが、
もし彼等が敗れたら、天使軍は王都ニャンドランドに確実に攻め込んで来るであろう。
だから最悪の事態を想定して、
王都の付近に約六万の戦力を配置したのは、妥当な判断と言えただろう。
対する天使軍は、
メルカバーに熾天使ラファエルとウリエルが陣取り、
主天使ドミニオンに約300名の天使騎士と戦闘バイオロイド二千体を与えた。
また地上部隊の頭数が少なかったので、
座天使ソロネにも天使騎士300体。
戦闘バイオロイド二千体を与えて、空戦部隊に配置した。
その際にエルフ領のエルドリア解放軍が「我々も助太刀します」と、
上申してきたが、これを口実に猫族領の領土の統治に、
口を出すのは目に見えていたので、彼等はエルフ領に残してきた。
尚、リーンバッシュ率いるダークエルフ族部隊は、
特に何も言わず、命じられたまま旧エルフィッシュ・パレスの統治と防衛に専念した。
こうしてウェルガリア軍が約十八万。
天使軍は地上及び空戦部隊だけで、魔物、魔獣を除いて約五千の戦力。
総勢十八万五千を超える大軍がこの猫族領で激突する事となった。
この戦いの勝敗如何によって、明暗が分かれるのは、
誰の目から見ても明白であった。
だが両軍の頭目や司令官は思いのほか、落ち着いていた。
そして魔王レクサーが陣取る本陣の天幕に、
大賢者シーネンレムス、魔将軍グリファム、エンドラ、
マリウス王弟、レフ団長、ニャラード団長、シモーヌ副隊長、
更にはラサミスと剣聖ヨハンの姿もあった。
この総勢十名によって、
このウェルガリアの今後を変える戦いの作戦会議が行われようとしていた。
魔王レクサーは、本陣の天幕の中央の床几に腰掛けていた。
彼の左隣にシーネンレムス、右隣に親衛隊長のミルトバッハが立っていた。
そして魔王の正面に第一列目に左から、
魔将軍グリファム、エンドラ、マリウス王弟、レフ団長。
第二列目に左からニャラード団長、シモーヌ副隊長、
ラサミスと剣聖ヨハンが直立不動の姿勢で魔王の言葉を待った。
すると床几に腰掛けた魔王レクサーは、
前方に立つ各種族の頭目や司令官を見て、
何秒か考え込んでから、最初の言葉を発した。
「諸君等に集まってもらった理由は、
言うまでもない。 これから起こる大決戦についての作戦会議である。
だが余の独断で全てを決めるつもりはない。
だから諸君等の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「……」
だがこう言われても、
直ぐに意見を述べれるのは難しかったであろう。
魔王レクサー相手に言われてもないのに、
戦術や戦略について意見の述べるほど、
この場に居る者は厚顔でもなかった。
その空気を察したレクサーは、
左隣に立つシーネンレムスに視線を向け、目配せをする。
するとシーネンレムスは、「コホン」と咳払いして――
「僭越ながら、わたくしが意見を述べさせて頂きます。
とはいえ基本方針は、先日話した通りに、
あの空飛ぶ黒い船を猫族領に引き込んだところで、
時限式の封印結界を発動させます。
尚、この時限式の封印結界に関しては、
既にわたくしとニャラード団長が協力して、
このレスシーバ平原の周辺に事前に配置しております」
「だがあの黒い船を封印結界で封じたところで、
またビームやレーザー攻撃されたら、
せっかく設置した結界も破壊されるんじゃ?」
マリウス王弟が慎重論を唱える。
だがシーネンレムスも彼の疑問を正論で応じた。
「大丈夫です、そのような事態を想定して、
このレスシーバ平原の至る箇所に複数の時限式の封印結界を
展開しましたので、あの黒い船の動きを封じれる事は間違いないでしょう」
「黒い船を封印結界で封じるタイミングは、どうします?
恐らく自分やそこのラサミスくんが地上部隊を率いる事に
なるでしょうが、結界の外に追いやられては目も当てれない」
と、剣聖ヨハンが尤もな意見を述べた。
「作戦にあたって、各部隊の指揮官には、
「耳錠の魔道具」を配りますので、
わたくし、あるいは魔王陛下が直々に撤退のタイミングを
伝えるので、ご安心ください」
大賢者がそう言うと、
周囲の視線が自然と床几に座る魔王に向いた。
すると魔王レクサーは不敵に笑った。
「貴公等が心配するのも無理ない。
だがこの作戦は各部隊と本隊との指揮系統が
一本化されて、はじめて成り立つ。
だから不安もあるだろうが、
貴公等も余を信じて欲しい」
魔王の言葉で周囲の空気が少し和らいだが、
各部隊の頭目や司令官は、
気を緩める事なく、黙って魔王の次の言葉を待った。
次回の更新は2025年9月11日(木)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




