第六百六十九話 議論百出(中編)
---三人称視点---
中規模の砦。
それがガルフ砦の正確な規模と言えただろう。
だが砦内は意外と広くて、
猫族を含めて数万以上の兵士が
この石造りの砦に待機していた。
そしてこの砦にの二階にある司令室。
そこに魔王レクサー、マリウス王弟。
それ以外にもニャラード団長、大賢者シーネンレムス。
魔将軍グリファムに古参幹部のエンドラ。
また「暁の大地」と「ヴァンキッシュ」からは、
団長のラサミスとヨハンが代表として、
これから行われる作戦会議に参加する事となった。
司令室の広さは、猫族の砦としては、
なかなかの広さで、会議の参加者八人も問題なく、
部屋に入る事が出来た。
そして部屋の中央にある木製の机に、
左側にレクサー、シーネンレムス、グリファム、エンドラ。
右側にマリウス王弟、ニャラード団長。
それにラサミスとヨハンを加えて、
机の前にある木製の椅子にそれぞれ座った。
「……」
十数秒ほど、無言の状態が続く。
それも無理はなかった。
あの空飛ぶ黒い船――メルカバーが目の鼻と先に迫っているのだ。
おまけに魔導猫騎士のニャーランも壮絶な戦死を遂げた。
最悪の事態ではないが、
状況が悪いことには変わりなかった。
そんな場の空気を変えるべく、
魔王レクサーが凜とした声で静寂を打ち破った。
「全員、表情が固いな。 だがそれも無理もあるまい。
あの空飛ぶ黒い船に我が軍の空戦部隊は蹂躙され、
猫騎士ニャーランも戦死した。
だが我々はまだ負けた訳ではない。
ここからの動向次第では、
我々が勝利する事も十分にありうる。
だから皆のもの、お互いに知恵を出し合って、
この劣勢を挽回すべく、有効な意見を交わし合おうではないか」
レクサーのこの言葉は、
具体的な解決策ではなかったが、
この発言で場の空気が少し和んだの事実。
そしてシーネンレムスが控えめだが、
魔王の言葉に対して返答した。
「そうですな、ニャーラン殿の戦死は非常に残念ですが、
力業であの空飛ぶ黒い船に攻めるのは、危険と分かりました。
とはいえ持久戦や受け身に回ってもこちらが不利でしょう。
まずはどうやってあの空飛ぶ黒い船に相対するか。
その話題に絞って、話し合うべきでしょう」
「確かにそうですニャ。
ニャーランのように特攻したら、
戦死する事が判明しました。
とはいえ基本的に中・遠距離からの魔法攻撃で
応戦するのが基本戦略になるでしょう」
「うん、ボクもニャラード団長と同じ考えだニャ」
と、相づちを打つマリウス王弟。
「しかし少し戦うだけでも、
一回の戦闘で千人単位の戦死者が出ている。
これから先の事を考えると、
何とか敵を不利な状況に持っていきたいですね」
そう言ったのは、魔将軍グリファムだ。
魔王レクサーは、グリファムの言葉にその形の良い唇で微笑んだ。
「そう考えるのも無理はない。
だが余はあの黒い船に関して、あることに気付いた」
「へえ、それって何なの?」
魔王相手にため口で話すエンドラ。
シーネンレムスは僅かに眉を潜めたが、
当の本人である魔王は、さして気にしてない様子だ。
「それはあの黒い船にも燃料や弾数があるという事だ。
もし燃料や弾数が無制限であるならば、
エルフ領を襲った業火やあの筒状の爆弾を
我々に対して、容赦なく使うであろう」
「あ、成る程。 確かにそうだわ」
と、ラサミスが同調する。
尤もこの件に関しては、
以前シーネンレムスが指摘した問題であったが、
変に口出しして、魔王の機嫌を損ねたくなかったので、
周囲の会議参加者も黙って、レクサーの言葉に耳を傾けていた。
「まあ彼等も――天使も我々とそう変わらない肉体の持ち主では、
あるので、魔王陛下の仰ったように、
燃料切れ、弾切れを起こした状態で、
大天使以上の天使を各個撃破していけば、
我々にも価値の目が見えてくるでしょう」
と、シーネンレムス。
「うむ、後、あの空飛ぶ小型船や空飛ぶ鉄馬を捕獲して、
レーザー剣のように、
こちらが使用する事は可能か?」
「どうでしょう? ただ仮にこちらが捕獲して、
扱うとしても、専門知識などが必要となるでしょう」
と、ニャラード団長。
「だが試してみる価値はありそうですな」
剣聖ヨハンが魔王の提案に賛成すると、
ラサミスも「オレも有りと思う」と便乗した。
「その奪った小型船や鉄馬をどう活用するのかしら?」
「エンドラ、知れた事よ。
小型船や鉄馬があれば、あの空飛ぶ黒い船の内部に
潜入しやすい、余はそう思ったまでだ」
「魔王陛下は、あくまであの黒い船の拿捕に拘るのですか?」
と、シーネンレムスが軽く牽制するが、
魔王レクサーは、意を介さず持論を述べた。
「無論、今やれる事を優先すべきとは、
余も理解している。 だが仮にあの黒い船を撃破したとしても、
また数年後に天使軍がもっと凄い戦艦や兵器をもって、
このウェルガリアへ再侵略して来る可能性は高い」
「そしてあの黒い船を拿捕して、
天使達の本拠地へ攻め込む、という筋書きですか?」
ニャラード団長の言葉に、レクサーは目で頷いた。
だがこの件に関しては、
この場における会議の参加者でも意見が割れた。
賛成はラサミス、グリファム、エンドラ、ニャラード団長。
反対はマリウス王弟、シーネンレムス、剣聖ヨハン。
その中でもマリウス王弟の――
「レディス経典によれば、天使の本拠地といえば、
天界や天国と呼ばれています。
そんな所に我々が武力を持って、
押しかけるというのは、やや度を過ぎた行為と思いますニャ」
この意見には賛成派。
そして魔王レクサー自身も直ぐには、
反論する事は出来なかった。
だからこの話題は一旦、後回しにして、
このガルフ砦で黒い船――メルカバーとどう戦うか。
という戦術、戦略についての会議に切り替わった。
「ではあの黒い船とどう戦うか、皆の意見を聞かせて欲しい!」
次回の更新は2025年8月31日(日)の予定です。
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