第六百六十八話 議論百出(前編)
---三人称視点---
「敵艦の攻撃が想像以上に厳しいのか?」
ラサミスの問いに白黒の八割れ猫族が「ハイ」と頷く。
「敵の猛攻撃によって、
ニャーラン殿が壮絶な戦死を遂げましニャ。
それによって、味方の防御が弱まり、
そこから敵が波状攻撃を仕掛けてきましたニャ。
我が軍の空戦部隊も奮戦してましたが、
敵の空飛ぶ小型船や空飛ぶ鉄馬にやられて、
今現在、劣勢でありますニャ」
自分らの勝利に酔いしれていたが、
この事実によって、
ラサミス達も見たくない現実に引き戻された。
「そうか、ならばオレ達も後退するしかなさそうだな」
「ええ、制空権を握ったのであれば、
次は敵も地上戦を仕掛けるでしょう」
「ミネルバの言う通りだわ。
ラサミス、今すぐ後退しましょう」
「メイリン、分かっているさ。
そこの白黒の猫族!」
「ハイ、何ですニャン!」
「この事をシモーヌ副隊長やシャルク団長にも伝えてくれ!」
「了解ですニャン」
こうしてラサミス達は、
地上戦で勝利を収めながらも後退する事となった。
一方その頃、
エルフ領のアスラ平原の上空で戦うウェルガリア軍は、
敵艦メルカバーの波状攻撃を喰らって、
防戦一方に追い込まれた。
やはりこの場において、ニャーランの戦死が悪い方向に影響を与えていた。
そして彼にニャラード団長と同等の活躍を求めた事が間違いであった。
ニャーランもツシマンも一流の魔導猫騎士。
だがニャラード団長は、数百年に一匹出るか、
出ないの超一流の天才猫族なのだ。
実際、猫族一匹で、
あの空中要塞アーケインを撃破するなど異例中の異例の事態。
更にはメルカバーにも打撃を与えた。
その事でウェルガリア軍も少し浮かれていたのかもしれない。
そして天空の方舟メルカバーを指揮する熾天使ラファエルは、
残弾数の減ってきた低周波ミハイルの使用を控え、
代わりにビーム砲やレーザー砲で敵兵を狙い撃った。
これ自体は特に捻りもない策だが、
ラファエルは何度も何度もビーム及びレーザー攻撃を命じた。
それによって、
ウェルガリア軍の空戦部隊は、
迫り来るビーム攻撃とレーザー攻撃を受けて、
身を焦がして、一瞬にして灰となった。
そこから戦闘艇。
そして戦闘バイオロイド達を乗せた小型戦闘艇。
あるいはエア・バイクをドンドンと実戦投入すると、
ウェルガリア軍の空戦部隊は、更に追い込まれた。
反撃したくても、メルカバーは常にバリアを展開。
また自動操縦の機銃で凄まじい火力の弾幕を張った。
敵艦メルカバーにダメージが与えられず、
徐々に上空の仲間が撃墜されていく中、
地上で指揮をする大賢者シーネンレムスは迷っていた。
「シーネンレムス卿、我が軍の劣勢は明らかです。
このまま無駄に防戦しても被害が増えるだけです。
ここはプライドを棄てて、
全軍に撤退命令を出すべきです」
「私もレストマイヤーと同じ意見です」
レストマイヤーとアグネシャールが真剣な眼差しで、
指揮官であるシーネンレムスに訴え掛けた。
――仕方あるまい。
――ここは恥をしのんで撤退させよう。
「分かった、貴公等の進言を受け入れよう。
今すぐ撤退を意味する信号弾を上空に解き放て!
それと同時に全軍をガルフ砦の近辺まで撤退させる」
「大賢者殿のご英断、感謝致します」
「同じく! これでも無駄な戦死者が出なくて済みます」
魔族の若手幹部の男女がそう言って、深々と一礼した。
それに対して大賢者は「うむ」と鷹揚に頷いた。
そして兵を退き、ガルフ砦の近辺まで撤退を開始。
熾天使ウリエルとラファエル。
それに座天使ソロネを加えた大天使三人は、
メルカバーの中央発令所にて、
液晶スクリーンを横に並んで見据えていた。
「どうやら敵は砦付近まで撤退するようだな」
「同士ウリエル、判断としては間違ってないさ。
だがこちらもヴァーチャが殺られた状態。
手駒不足の感は否めないな」
「同士ラファエル、ここは主天使ドミニオンを呼び寄せるべきでしょう。
後、ご命令とあらば、この私も戦場へ馳せ参じます」
「同士ソロネ、そうだな。
状況次第では君にも動いてもらう事になるやもしれん。
だが現時点では君の意見は、我々にとって貴重だ。
だからしばらくは私とウリエルの傍に居たまえ」
「……了解致しました」
ソロネがそう返事すると、
ラファエルは僅かに口の端を持ち上げた。
「とりあえずエルフィッシュ・パレスに居るドミニオンへ
我々の援軍に来るように伝えよっ!」
「ははっ!」
ラファエル達の近くに居た天使兵が凜とした声で応じた。
そして伝令係と護衛に、
天使兵三体とエア・バイクに乗った三体の戦闘バイオロイドがエルフィッシュ・パレスへ向かった。
こうしてウェルガリア軍と天使軍は、
次なる戦いに向けて、新たな布石を打った。
そして大賢者とその配下の若手魔族幹部の男女二人。
それに魔将軍グリファムとレフ団長。
この五人がアスラ砦の司令室にやって来た。
司令室には、魔王レクサー。
それと猫族軍の最高司令官マリウス王弟が居て、
シーネンレムス達の戦況報告に耳を傾けた。
「魔王陛下、如何でしょうか?」
「ふうむ、敵の空飛ぶ黒い船は想像以上だな。
とりあえずこの砦の作戦司令室に、
各部隊、各種族の頭目やリーダーを集結させよ」
「ええ、これは全員で話し合うべきですニャ」
レクサーとマリウス王弟の判断によって、
ラサミス達を含めた各部隊、各種族の頭目やリーダーは、
9月14日の正午過ぎに、
ガルフ砦の作戦司令部に集結した。
このガルフ砦を落とされたら、
後は王都ニャンドランド、その先にある中立都市リアーナも
天使軍の攻撃対象にされるであろう。
その事を各自に肝に銘じて、
やや緊張感を高めながら、作戦会議に参加する事となった。
次回の更新は2025年8月28日(木)の予定です。
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