第六百六十六話 熊虎之士(後編)
---三人称視点---
迫るミネルバと愛竜ギルガスト。
一方の力天使ヴァーチャは、
先程の一撃で胸部にダメージを負っていた。
だが幸いにも心臓には異常はなく、
このような状況でも正気を保っていた。
――相手は飛竜込みの状態。
――実質一対二の状況ね。
――ならば飛竜共々、消し去るまで!
ヴァーチャはそう思い描きながら、
左手を前に突き出して、
無詠唱で氷結魔法「シューティング・ブリザード」を解き放った。
威力は強く、速度も最速。
範囲は狭いが、まともに喰らえば、
ミネルバは愛竜と共に戦闘不能となっていただろう。
ヴァーチャの左手の平から、
凍てつくような大冷気が放射されるが――
「――アクセル・ターン!」
ミネルバは咄嗟に上級風魔法『アクセル・ターン』を唱えた。
すると彼女を乗せた竜は、高速でターン旋回しながら、
迫り来る大冷気を完全に回避して、ヴァーチャの背後を見事に取った。
その瞬間、ミネルバの双眸が細まった。
そして両手に持った漆黒の魔槍に闇の闘気を宿らせながら――
「――ヴォーパル・スラストッ!」
ミネルバは大声で技名コールして、上級槍術スキルを放つ。
漆黒の魔槍の穂先を物凄い速度で、
ヴァーチャの背面――背中の中心部目掛けて突き刺した。
「ごはっ!?」
背中を刺されたヴァーチャが激しく呻いた。
軽鎧の上から刺したが、
穂先に宿らせた闇の闘気が鎧越しに衝撃が浸透して、
ヴァーチャに致命傷を与えた模様。
ランクの上では、上級槍術スキルだが、
これまで何百回と使ってきた熟練度の高さが、
下手な英雄級、聖人級の槍術スキルを上回り、
眼前の大天使に確かなダメージを与えた。
左胸に加えて、背中の中心にダメージを負ったヴァーチャは、
両翼で空に浮遊する事も出来なくなり、
重力の法則に従い、地面に向かって落下し始めた。
「良し、ギルガストッ!
――急降下よっ!!!」
「――ガオオオンッ!」
迫るミネルバとギルガスト。
対するヴァーチャは、手負いの状態。
だが彼女にも大天使として自尊心がある。
地面に落下する中、左腕を前へ突き出す。
そして余力を振り絞り、残る魔力を駆使して、
無詠唱で氷結魔法「フロスト・キャノン」を発動させる。
するとヴァーチャの左手から、
鋭く尖った氷塊がうねりを生じて放射された。
だがミネルバも予想外の防御法を取った。
「ギルガスト! 反転して翼で防御なさいっ!」
「グルオオオンッ!!」
ギルガストは時計回りに身体を半回転させた。
そして背中の青い左翼で、鋭く尖った氷塊を防ぐ。
だが完全に防ぐ事は出来ず、
「グエエエ」と悲鳴を上げて、戦いた。
「クッ……まさか飛竜にガードさせるとは!」
薄れゆく意識の中、ヴァーチャがそう独りごちた。
だがまだヴァーチャは死んだ訳ではない。
――ならば確実に止めを刺すっ!
そう決意したミネルバは、
闘志を漲らせて、職業能力「ハイジャンプ」を使った。
だが上昇するのではなく、
下降するヴァーチャ目掛けて、飛竜から飛び降りて肉薄する。
そして彼我の距離が狭まったところで――
「――ペンタ・トゥレラッ!!!」
英雄級の槍術スキルを放つ。
ミネルバは漆黒の魔槍の穂先を高速で、前方に突き刺した。
一発から五発目が見事に命中。
ヴァーチャの両胸と腹部、そして喉元にも命中すると、
彼女は声にならない声で呻いた。
「あ、あ、あ、あっ……あああぁっ!」
この時点で勝負はほぼ決まった。
だがまだヴァーチャが死んだ訳ではない。
そこでミネルバは、左手の指で「ピューイ」と指笛を鳴らした。
「ギルガスト! 急降下してアタシを受けて止めて!」
「ガオオオンッ!」
再度、吠えるギルガスト。
そして全速力で急降下して、
降下するミネルバを背中で受け止めた。
「ギルガスト、ありがとう!」
「グルルッ……」
それと同時に地面から「どんっ」と大きな音が響いた。
視線を向けると、ヴァーチャが背中から地面に落下して、
両手足、そして背中の骨などが折れており、目も虚ろだった。
だがミネルバは、一切同情しなかった。
先の戦いでは、エルフ領が焼け野原にされたのだ。
ミネルバはラサミスほど他種族に対して寛容ではない。
敵は敵、敵相手には容赦しない。
その信条を実行すべく、
ギルガストを降下させて、死に身体のヴァーチャに迫った。
そして地上まで三メーレル(約三メートル)まで降下した所で、
ギルガストの鞍から飛び降りて、
右膝を曲げて、地面に大の字になったヴァーチャの首に命中させた。
「ぼきっ」
という鈍い音と共に、ヴァーチャの首があらぬ方向へ曲がった。
だがまだ死んではいないようだ。
すると今度は右手に持った漆黒の魔槍の穂先で、
ヴァーチャの喉笛と心臓部を突き刺した。
「が、がばぁっ……」
ヴァーチャが口から赤い鮮血を吐いた。
そして何度か身体を痙攣させてから、
数秒後に完全に息絶えた。
「……」
勝利者となったミネルバは、無表情だった。
その表情には、喜びも後悔もなく、
ただ目の前の現実を淡々と受け止めていた。
しばらくするとヴァーチャの身体が徐々に消えて、
過去の大天使の時と同じように、
謎の石を二個だけ残して、その姿が完全に消滅した。
「……一応、回収しておくわ」
ミネルバは地面に落ちた二つの石を拾い、
自分の携帯ポーチの中にしまいこんだ。
そしてその数秒後に、ミネルバの全身に物凄い力が漲った。
「ぬうううぅっ……こ、これは凄いわっ!」
ミネルバはとんでもない経験値を得た。
全身から溢れ出る力と万能感。
その余韻に浸りながら、
腰のポーチから自分の冒険者の証を取り出す。
そしてレベルの表記を見て、眼を瞬かせた。
「嘘でしょ? レベルが70まで上がってるわ」
確かミネルバのレベルは54だった筈。
それが一気に16も上がって、70に到達したのだ。
尚、取得したスキルポイントは120であった。
「ミネルバ、よくやった!」
「ラサミス、レベル70になっちゃったよ」
「マジか、そいつは凄げえや」
「たった一体でレベル16も上がるのか。
今度機会あれば、ハイエナしようかな」
「ジウバルト、それは止めておけ。
とんでもない恨みを買うぞ」
と、ラサミスが釘を刺す。
するとジウバルトも苦笑を浮かべた。
「だろうな、なら実力で大天使を倒すか!」
「その前にここの残敵掃討が先ですね。
それ以外にもまだ百体以上の敵が残ってますよ」
と、バルデロン。
「そうだな、ミネルバのスキルポイントの割り振りは、
後でしよう。 まずは残った敵を蹴散らすぞ」
こうしてラサミス以外の者が初めて大天使を倒した。
それによってラサミスの周囲の兵士達の士気は、
自然と高まり、残った天使軍を容赦なく掃討した。
こうして地上戦においては、
ラサミス達が率いる地上部隊が勝利を収めたが、
メルカバーと抗戦する空戦部隊は、相変わらず苦戦していた。
次回の更新は2025年8月24日(日)の予定です。
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