第六百六十一話 屍山血河(後編)
---三人称視点---
「ぬおおおっ! ――皆、大丈夫か!?」
職業能力「黄金の壁」によって、
ラサミスとその仲間達は、ほぼ無傷であった。
だが障壁越しにもとてつもない冷気を感じたので、
ラサミスやその仲間達は、周囲を見渡したが、そこで恐るべき光景を観た。
口の中や歯、そして鼻の穴が凍らされて、
半ば死に身体で「助けて」と言う者はまだ良かった。
酷い者になると、完全に身体が凍結されて、
まるで氷人形のようになっており、
その数は軽く見ても数百人以上居た。
「ま、マジかよ!」
この状態から仮に完全解凍しても、
その生命活動が再開する事はない。
と、ラサミスも瞬時でそれを悟った。
「とんでもない魔法だ。
あんなのが連発されたら、手の打ちようがない」
ジウバルトが怒りつつも、
何処かで相手の力に畏怖する感じでそう呟く。
幸いにもラサミスを含めた「暁の大地」の面々。
それとシモーヌ副隊長やシャルク団長は無事であったが、
エルフ族にも竜人族にも多くの犠牲が出たようだ。
だがこれで終わりではなかった。
第二波が来る。
それを瞬時に察したメイリンが大声で周囲に
「これで終わりじゃないわ!
次は必ず風魔法が来るわっ!
そしたら魔力反応「分解」が発生する。
そうさせない為にも余裕がある者は、
風属性の対魔結界や障壁を張って頂戴」
「なっ……そうか!」
メイリンの言葉にラサミスも「はっ」とした表情を浮かべた。
元来、魔族を含めた五大種族は、
それなりの魔力と魔力耐性を持っている為に、
魔力反応「分解」の影響を受ける事は少ないが、
このように完全凍結や凍結されたらとなると話は別だ。
最悪、完全凍結した者は見捨てても構わない。
どのみちもう助からないのだ。
だがまだ息のある者が「分解」によって、
破砕される状況は避けねばならない。
「――我は汝、汝は我。 嗚呼、母なる大地ウェルガリアよ!
この大地を風で埋め尽くしたまえ!
ハアアアァァッ! 『風の障壁』ッ!!
メイリンが呪文を紡ぐなり、
メイリンの周辺に強力な風の障壁が生み出された。
「バルデロン! オレ達もやるぞ! ――ウインド・ウォールッ!」
「ジウバルト殿、了解です! ――ウィンド・ウォール!」
メイリンに触発されて、
ジウバルトとバルデロンも風属性の対魔結界を張った。
それを見てラサミスも動いた。
「黄金の壁」は既に発動した。
ここでつい最近覚えた職業能力「黄金時間」を使えば、
蓄積時間が強制解除されるが、
この段階でこの能力を使うのは、時期尚早に思えた。
だから彼は違う選択肢を選んだ。
「――黄金の息吹っ!!!」
ここで黄金の息吹を発動。
使う魔力は全体の約三割、そして――
「――ウインド・ウォールッ!」
仲間と同じように風属性の対魔結界を張る。
その光景を遠目に見ていたヴァーチャが「チッ」と舌打ちする。
「やはりこの世界の魔導師は侮れないわ。
こちらの意図を瞬時に見破るとは……」
「ヴァーチャ殿、次は如何なる行動をするべきですか?」
ヴァーチャの近くの天使兵がそう問うた。
するとヴァーチャは、少し苛立った様子で告げた。
「敵を氷結させて、風魔法のコンボよ。
これで魔力反応「分解」が発生するわ。
完全氷結した敵は軽く見ても数百人単位。
一瞬で敵兵を数百人も倒せたら上出来でしょ?」
「た、確かに……」
「では私がお手本を見せてあげるわ。
我は汝、汝は我。 我が名は大天使ヴァーチャ。
我は力を求める。 偉大なる風の精霊よ、我が願いを叶えたまえ!
嗚呼、風よ! 全ての物を吹き飛ばせっ!!」
ヴァーチャが紡ぐなり、彼女の頭上に膨大な魔力が生じた。
上空の大気が激しく渦巻く中、、
ヴァーチャは、表情を変えず淡々と呪文を唱える。
「天の覇者、風帝よ!
我が名は大天使ヴァーチャ!
我が身を風帝に捧ぐ!
偉大なる風帝よ。 我に力を与えたまえ!」
ヴァーチャはそう言って、両腕を頭上に掲げた。
攻撃する座標地点は、
先程と同じく敵の前衛部隊の中心部。
速度と威力は最大、範囲は中範囲。
そして両腕を頭上に突き上げながら、
ヴァーチャは、叫ぶように最後の呪文を紡いだ。
「――ヴォルテクス・インゲンスッ!!」
ヴァーチャが両手を頭上に掲げて、
神帝級の風魔法を放つ。
すると風と嵐が吹き荒れて、
ヴァーチャの頭上に湧き出た大きな竜巻が
物凄い速度でウェルガリア軍の地上部隊に目掛けて迫った。
様々な物を呑み込みながら、
大きな竜巻が物を、そして人を巻き込んだ。
「な、何よ! この竜巻っ!?
災害級の破壊力じゃないっ!」
思わずそう叫ぶメイリン。
だが彼女が張った強力な風の障壁は、
この大きな竜巻による衝撃を何とか防いでいた。
またラサミスやジウバルト、バルデロン。
その他の魔導師達の対魔結界と障壁も
何とか破壊されずに、耐えていた。
だが氷人形化した数百体の兵士達は、
この大きな竜巻に乱暴にシェイクされて、
魔力反応「分解」と共にその凍りついた身体が
砕け散って、四方八方に飛散した。
また半凍結状態の兵士達も
過度の氷結状態で、耐魔力がまともに機能せず、
大きな竜巻の餌食となって、
その身体が砕け散って、望まぬ死を強引に与えられた。
その数は凡そ二百数十人。
完全氷結化した者と合わせれば、
その被害数は、六百人以上にも及ぶ。
たった数十分でこの被害。
屍山血河。
周囲の状況を表すのなら、まさしくそんな状態だった。
だがまだ多くの兵士が残されていた。
そして残された兵士の役割は決まっていた。
仲間の死を無駄にせず、敵を倒して、仇を討つ。
そう胸に刻み込んで、ラサミスが大声で叫ぶ。
「まだだ、オレ達はまだ終わってない。
仲間の死を無駄にしない為にも、
アイツを、あの大天使を必ず倒すぞっ!」
次回の更新は2025年8月11日(月)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




