第六十五話「エルシトロン迷宮」
一方その頃、ミネルバ達は執拗にラサミス達の後を追っていた。
まずアーガスが監視役に放った小竜族の飛竜の追跡により、ラサミス達が港町バイルに向かった事を知った。
竜人は自分自身と使役したドラゴンに魔力刻印を刻む事によって、常に互いの居場所や魔力状態が把握できる。
今回の件に関しても、ラサミス達が何処かへ向かいそうになると、その都度、監視役の飛竜がアーガスにその位置を知らせ、その際に一時的だがアーガスと飛竜は視界を共有する事が可能だ。
それによってラサミス達の行き先を知ったミネルバとアーガスは、即座にバイル行きの馬車に乗り込んだ。
バイル到着後も飛竜にラサミス達の動向を探らせた。
そして彼らがバイルからラムローダ行きの定期船に乗船した事を知り、ミネルバ達も同じ船に乗った。 乗船の際にはきちんと乗船料を払ったが、彼女らは客室でなく、貨物などを置いた船室に身を潜めていた。
相手も名うての連合。
昨日の今日だ。 当然ミネルバ達に対して、警戒心を抱いているだろう。
だからこうして目立たないように、隠れていた。
何回か船員に見つかり、その度に軽く注意されたが、その都度、船員に五千グラン程のチップを握らせると、彼らは見逃してくれた。 そして数時間が過ぎて、ラムローダに到着。
船から降りるなり、アーガスがまた飛竜を監視役として上空に解き放った。
どうやら連中の行き先はラム島ではなく、ロール島のようだ。
ラサミス達が馬車に乗ると、ミネルバ達もやや遅れて馬車に乗る。
そして追跡を重ねて、ようやく彼等の行き先を突き止めた。
連中はどうやらロール島の宿屋に泊まるようだ。
そういえばこの辺りには迷宮やダンジョンが多いとの話だ。
連合で迷宮探索するのが主目的なのであろうか?
だがそれにしては、随分と念入りに周囲を警戒している。
「連中の目的はわからんが、何か大きな秘密を握ってそうだな」
「そうね。 でもマルクスらしき男はまるで現れないわ」
「ミネルバ。 お前の気持ちもわからんでもないが、ここまで来れば、もうマルクスの事は気にするな。 大切なのは、奴等が何を捜し求めているかだ。 大きな手土産さえあれば、上層部もきっと俺達を手厚く歓迎するさ」
「……そうね。 ここまで追ってきたのですもの。 今更引き返す事もできないわ。 いいでしょう、私も任務に専念するわ」
「ああ、それじゃとりあえず今夜のねぐらを決めよう」
そしてミネルバ達は、ラサミス達が宿泊した宿の近くの宿屋に泊まった。
恐らく彼らもミネルバ達がこんな近くで宿泊するとは思ってないだろう。
灯台下暗しとはこの事である。
部屋は当然別々。
そしてミネルバは部屋に入るなり、武装を解除してラフな恰好になる。
上は黒のタンクトップ、下は青のホットパンツという姿。
それから室内のシャワー室に入り、念入りに身を清める。
ミネルバはシャワーが終わると、再び先程と同じ恰好になり、ベッドに腰掛けた。
正直このような事態になるとは思わなかった。
この五年間、ひたすらマルクスに復讐する事だけを考えてきた。
だがその当のマルクスが死んでいるというのだ。
そして流石のミネルバもその話が事実だと悟りだした。
「これじゃ悲劇でなく、喜劇ね」
誰も居ない部屋でそう呟くミネルバ。
今のミネルバは全ての物事に対して、冷めた気分であった。
確かに『暁の大地』の連中が連れていた喋る小竜族は、気になる。 恐らく連中は何か隠している。 そしてその何かを探り、その成果を本国へ持ち帰れば、ミネルバ達は厚遇されるだろう。
だがそれが何だというのだ。
今更過去のような恵まれた暮らしなど求めていない。
もう全ての事がどうでも良く思えてきた。
だが彼女にも竜騎士としての誇りが残っていた。
このまま何も成果をあげず、本国に帰ったら自分はいい笑い者だ。
自分はまだしも一族が嘲笑されるのは我慢ならない。
だから例え望まなくとも、彼女は己の役割を果たすべく戦う。
色々な事が頭に浮かんでは消えていく。
そして次第に睡魔に襲われ、彼女は一人ベッドの中で眠りにつくのであった。
翌朝。
俺達は宿屋の食堂で簡単な朝食を摂ると、早速出発した。
行き先はダール島のエルシトロン迷宮。
俺達はそれぞれ背中にバックパックを背負いながら、徒歩で二十分程歩き、ロール島からダール島へ渡る渡し船に乗った。 ちなみにブルーはエリスとメイリンに交互で抱きかかえられていた。
渡し船の船員に六人分の運賃とチップを渡すと、船員は「どうも」とだけ告げて、船を漕ぎ始めた。
十五分後に対岸にあるダール島に到着。
それからまた徒歩で三十分程歩いて、エルシトロン迷宮に到着。
エルシトロン迷宮。
他の迷宮と同様にこの迷宮がいつの時代にできたかは定かではない。
だが少なくともこの百年くらいの間では、数々の冒険者や探索者がこの迷宮に挑んでいる。
この迷宮は少なくとも十層以上はあるらしい。
だが十層を超えると一気に迷宮内のモンスターが強くなるらしい。
そういうわけで一人旅での探索は絶対不可能。
というわけで必然的にパーティを組んでの探索となるが、パーティを組んだ状態でも十層以降の探索はかなり厳しいとの話。
だが俺達も遊びでこの迷宮を訪れたわけではない。
あの伯爵夫人から依頼を受けて、遥々、竜魔を探し求めてこの地にやってきた。
だから何らかの成果をあげるまで、この迷宮に潜る必要がある。
「ではこれから迷宮探索を開始する。 各自、気を怠るなよ!」
「はい!」
俺達は下準備を終えてエルシトロン迷宮の入り口の前まで進んだ。
前一列にドラガンと兄貴とアイラ。 後一列に俺とエリスとメイリンが並び、先頭のドラガンが魔法のランタンをぶら下げて、事前に購入した地図を頼りに迷宮内を進む。
視界を埋め尽くす薄灰色の壁面と天井。
一本道、二股道、十字路、やや緩やかな下り坂。
それらの道を辿りながら、俺達はこの地下迷宮を突き進んだ。
早朝ということもあってか、他の冒険者の姿は見当たらない。
一層には殆どモンスターが出なかったが、二層以降には、蜥蜴人間が群れをなして襲い掛かって来た。
定石通りアイラが防御役を務め、ドラガンが付与魔法。
そして兄貴が次々と蜥蜴人間を斬り捨てた。
討ち漏らして、後衛に向かってきた蜥蜴人間は、俺のプラチナ製のポールアックスで容赦なく始末した。 そんな感じで四層までは、ひたすら蜥蜴人間と戦闘。
そして五層以降には、蜥蜴人間に加え、オークやオーガ、キラービートル、キラービー、吸血蝙蝠。 ワイルド・ウルフなどの様々の魔獣や魔物が出現。
だがこの程度のモンスターは、俺達の敵ではない。
兄貴とアイラは上級職のブレードマスターと聖騎士。
二人にかかれば、この程度のモンスターを倒す事など造作もない。
ドラガンも敵の弱点属性に合わせて、臨機応変に付与魔法。
そして後方からメイリンも敵の弱点属性の魔法で狙い撃ち。
エリスを狙った敵は、俺が盾となり、手にしたポールアックスで斬り捨てる。
俺達は確実にモンスターを仕留めながら、奥へ奥へと進んだ。
そして十層に入り、その入り口の近くで正方形型の小部屋を発見。
とりあえずここで一端、休憩を取り、昼食代わりに携帯食を食べた。
俺はズボンのポケットに入れた懐中時計を取り出し、時間を確認する。
時刻は昼の一四時四十五分。
とりあえずここまでは順調だ。
だが問題なのは、この十層以降だ。
ここから先は一気にモンスターが強くなるらしい。
「コラ、ラサミス。 アンタもちゃんと食べなさいよ! 食べないといざって時に力が出ないわよ!」
「わかってるさ、メイリン。 ちゃんと食べるさ」
そう答えながら、俺は携帯食の干し肉を口に運ぶ。
正直言って美味しくない。 だが贅沢はいえない。
俺は自分の水筒に口をつけながら、水で干し肉を口の中に流し込んだ。
「さて問題はここからだ。 この十層から一気にモンスターが強くなるらしい。 くれぐれも油断するな。 だが基本的な戦術は変えないつもりだ。 今まで通りの陣形と戦術でこの先も進むぞ!」
ドラガンがそう告げると、休憩も終わり、探索が再開された。
この十層からは、俺達が前に戦ったフレイム・フォックスが出現。
更に火を吐く小型の竜ベビーサラマンダーも連なって現れた。
二匹とも火炎属性のブレスを吐く為、一箇所に固まると危険だ。 そしてこの二匹のモンスターが大量に現れて、一斉に火炎ブレスを放射されたら、最悪の全滅の危険性もある。
「――グガアァァァァァァァァァ!!」
「舐めるな! ――シールド・ストライク!」
アイラは飛び掛るフレイム・フォックスを盾で殴打。
そして一瞬硬直した瞬間を狙って、兄貴が首を刎ねる。
見事な連携だが、モンスターは次々と沸いてくる。
「――ピアシング・ブレードッ!」
「――ピアシング・ドライバー!」
兄貴とドラガンはそう技名を叫びながら、飛び掛るフレイム・フォックスを切り捨てる。
俺も前方から目を離さず、周囲に目を配りながら、隙を突いては手にしたハンドボーガンで敵を狙い打つ。
「ギャワッッ!?」
炎を吐こうとしたベビー・サラマンダーの左眼に金属製の矢が命中。
「なかなかやるじゃない、ラサミス! アタシも負けてられないわ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ! 我に力を与えたまえ! ――行けえ! ……『フロスト・キャノン!!』」
メイリンが早口でそう呪文を紡いだ。
そして手にした杖の先の宝石から、鋭く尖った氷塊が放射される。
弾丸のように放たれた氷塊が、ベビー・サラマンダーの喉下に命中。
すると「ギャウッ!?」と低い悲鳴を上げて、地面に倒れるベビー・サラマンダー。 悪くない、連携だ。
要するに敵の喉を潰せば、火炎ブレスを封じる事が可能だ。
アイラが敵を引きつけ、兄貴とドラガンが敵に切りかかり、俺がブーメランやハンドボーガンで不意を突き、メイリンが水、氷属性の魔法で的確に急所を突く。
俺達はそれぞれが己の役割を果たし、厳しいと言われる十層以降も順調に突き進んだ。
そして一五層に到着。
入り口の近くにまた正方形型の部屋があった。
俺は再び懐中時計を取り出して、時間を確認する。
すると時刻は二十時半を過ぎていた。
「少し早いが今夜はここを拠点にキャンプを張ろう」
「賛成だな。 今のところ順調だから、ここで無理する必要はない」
と、アイラ。
「うむ、とりあえず交代で見張り役を置くぞ」と、ドラガン。
俺達はバックパックから、テントと寝袋を取り出した。
そして要らない物を集めて、メイリンの初級火炎魔法で焚き火を焚いた。
とりあえず見張り役は兄貴、ドラガン、アイラ、俺という順番で、二時間おきに交代。 エリスは貴重な回復役なので、充分に休養をとる必要がある。 メイリンは居眠りしそうなので、最初から除外しておいた。 そうとは知らず喜ぶメイリン。
そして味気ないが携帯食で遅めの夕食を摂る。
干し肉と豆、それと乾パンとビスケット。
それからドラガンの料理スキルで豆スープを作ってもらった。
これが意外に美味しかった。 こういう時、調理スキルが役立つよな。
そして男性陣は寝袋。 女性陣はテントの中で眠る。
ここまでは順調過ぎると言っても過言はない。
だが流石に一五層以降は厳しくなるだろう。
しかし今から緊張していたら、身が持たない。
今はとにかくゆっくり休もう。
俺は自分の寝袋に入り、周りに「おやすみ」と告げて浅い眠りに就いた。
次回の更新は2018年12月22日(土)の予定です。




