第六百五十四話 勢力伯仲(中編)
---三人称視点---
決死の天候操作魔法によって、
敵艦である黒い船――メルカバーの動きを封じた。
と、空中に浮遊する魔導師部隊は、俄に活気だっていたが、
大賢者シーネンレムスは、直ぐに異変に気が付いた。
「……何か物凄い質量を前方から感じる。
まさか連中は超短距離で転移魔法のようなものを使ったのか!?」
「ニャー、ボクもそれを感じるニャン。
こ、こ、これはとんでもない質量だニャン!」
ニャーランがそう言うなり、
前方一キール(約一キロ)先で突如、次元に歪みが生じた。
すると数秒ほどの間を置いてから、
黒い船――天空の方舟メルカバーが突如、現れた。
これは完全に想定外の出来事であった。
だがシーネンレムスとニャーランは、
すぐに周囲の魔導師達に障壁を張るように命じた。
「いかん! 敵艦が突如テレポートして来た。
敵艦から攻撃の可能性があるっ!
皆、障壁を張るんだ!」
「大賢者殿の言う通りに、
皆、障壁を張って欲しいニャンッ!」
だが周囲の魔導師達は、突然の事態に唖然としていた。
その一方で黒い船――メルカバーに乗艦する熾天使ラファエル達は、
的確に指示を出して、先手を打った。
「超短距離ワープに成功しました。
ワープ後の座標点は上空6223メーレル(約6223メートル)です。
また前方1325メーレル(約1325メートル)に敵影を確認しました」
淡々と状況を告げる無機質な女性のAI音声。
ワープ後に起こる振動によって、
ラファエル達は少し気分を悪くしていたが、
すぐに気を取り直して、正確に状況を確認する。
「前方1325メーレルか、良い位置にワープしたな。
とりあえず嵐から抜け出せたようだな。
おまけに敵との距離も絶妙だ。
良し、ここから低周波ミサイルを敵にぶっ放せっ!」
「了解しました、ミサイルは何発撃ちますか?」
「とりあえず15発ほど撃て!」
「了解です、低周波ミサイル15発を発射します」
ラファエルがそう命じると、目の前の高性能コンピューターから、
無機質な女性の音声アナウンスが流れて、命令が実行された。
数秒後、メルカバーのミサイル発射口から、
今度は15発の低周波ミサイルが発射された。
「糞っ……いきなり攻撃して来たか!」
「大賢者殿、ここはボクにお任せください。
ニャアアァァァッ! ――ニャーマン・バリアァァァッ!!」
ニャーランは、巨大化した状態で強力なバリアを張り巡らせた。
バリアの範囲も広く、強度もかなりのレベルであった。
その強力なバリアに、
15発の低周波ミサイルが命中。
ニャーランが張った広範囲のバリアに、
低周波ミサイルが着弾するなり、
眩い光が生じて、耳朶を打つ衝撃音が周囲に鳴り響いた。
「グニャニャニャッ!
これは持ちそうにもないニャ!
大賢者殿、ここから急降下して逃げるニャン!」
「……そうさせて頂こう。
ニャーラン殿も無理をなさらずに!」
「ニャアアァァァッ!
正直、無事に済みそうにないニャン。
ニャアアァァッ! ば、バリアがあああァッ!!」
14発目のミサイルでニャーランのバリアが決壊して、
15発目のミサイルでバリアが完全に破壊された。
そしてミサイルの爆発と爆風に巻き込まれるニャーラン。
咄嗟に無詠唱で障壁を張ったが、
即席のバリアは簡単に打ち砕かれて、
ニャーランの巨体に爆発と爆風が襲いかかった。
「ギャアアア……アニャーンッ!」
バリアで衝撃を弱めていたが、
ミサイルの威力でニャーランの巨体が激しく傷ついた。
意識は飛ばなかったが、
全身に大火傷を負ったニャーラン。
この傷は回復魔法でも完治する事は難しそうだ。
というかこのままでは命も危ない。
その事を瞬時で悟ったニャーランは、
自分の命より目の前の任務を優先した。
「只では死なないニャンッ!
ニャアアァァァ……アァァァッ!
ひ、ひ、ひ、必殺っ! ニャルソック砲っ!」
ニャーランは余力を振り絞って、
上空に浮遊して、首を少し首をかしげて、
左手と右手の手の平を合わせた。
するとその手の間に、物凄い魔力の波動が生じた。
そして両手を前に突き出して、
生じたとんでもない魔力の波動を放出した。
このニャルソック砲は、
ニャーランの奥の手の中の奥の手。
彼の切り札である独創的魔法であった。
「――前方から物凄い魔力の発動が接近中!
直ちにバリアを張りますっ!」
「嗚呼、そうしろぉっ!」
突然の事態にラファエルもやや動揺しながら、
制御システムがバリアを張る事に同意した。
ニャルソック砲がメルカバーの張ったバリアに命中。
物凄い魔力の波動とバリアが激しくせめぎ合う。
「緊急事態発生、緊急事態発生!
とてつもない魔力の波動が着弾!
自動操縦システムで、
フルパワーのバリアを展開してますが、
完全に防げる保証はありませんっ!
各員は今すぐ安全な場所に退避してください!」
「……ここから逃げても、
どうせ船体にダメージを負うのは確定だ。
ならばここで見届けてから、
反撃の機会を待つぞ。
ウリエル、ソロネもそれでいいな!」
「あ、嗚呼」「はいっ!」
そして物凄い魔力の波動――ニャルソック砲は、
バリアを貫通して、メルカバーの装甲に命中した。
直撃を受けた装甲が赤熱して泡立ち、内部から爆炎が噴出する。
「本艦の装甲に敵の魔法攻撃が命中。
装甲が貫通されて、艦内で爆発が発生。
破損箇所に工作ロボ、リペア・マシーンを派遣して、
粘液状のトリモチで補修します。
尚、近隣エリアにもシャッターを下ろして、
立ち入り禁止状態にしますっ!」
「嗚呼……そうしてもらえると助かるよ」
今の衝撃でラファエル。
またウリエルとソロネも中央発令所の床に転倒したが、
三人とも左膝を床につきながら、周囲を見渡した。
「……ダメージは受けたが、
致命傷ではないようだな」
「同士ウリエル、そのようですね」
ウリエルとソロネは無事を確認すると、
少しホッとしたような表情を浮かべた。
だがラファエルは、ギリリッと奥歯を強く噛みしめた。
「安心している場合ではないっ!
このメルカバーがまたしても猫如きに傷つけられたのだぞっ!
こんな屈辱は初めてだ、絶対に赦さんぞっ!
制御システム、現時点でビーム及びレーザー攻撃は可能か?」
「はい、可能でございますっ!」
「ならばレーザー攻撃であの化け猫を焼き殺せっ!」
「了解しました、これよりレーザー攻撃を行いますっ!」
無機質な女性のAI音声が響く中、
熾天使ラファエルは、怒りに満ちた声で叫んだ。
「あの化け猫を消し炭にせよっ!!」
次回の更新は2025年7月27日(日)の予定です。
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