第六百四十五話 魔王出陣(前編)
---三人称視点---
魔大陸の魔帝都アーラスは活気と熱気で満ちていた。
双頭龍の魔族旗が至る所で翻る中、
魔帝都アーラスのアストンガレフ城の二階のバルコニーから、
魔王レクサーが姿を見せるなり、
その下に集う熱気に帯びた多くの魔族の民と群臣が片腕と上げて叫びを高々とあげる。
「魔王レクサー陛下ばんざい!」
「魔族ばんざい!」
魔王レクサーはバルコニーから、片手をあげて群臣の歓呼にこたえた。
この魔王は外見的にも美しく見るものを魅了させる容貌の持ち主であった。
彼の近くには大賢者シーネンレムス。
親衛隊長ミルトバッハと情報部隊の隊長マーネス。
竜魔部隊を率いる幹部バーナック、龍族部隊を率いるキャスパー。
魔大陸に残った五人の幹部が魔王の前で姿勢良く立っていた。
魔王レクサーは白いマントを翻し、城内の幹部達に向けてこう叫んだ。
「これより我が魔王軍は五大種族連合軍に加勢すべく、
魔大陸から猫族領へ向かう。
相手は大天使の集団との事だ。
恐らく厳しい戦いになるであろうが、
余と卿等が力を合わせれば、勝機は充分にあるであろう」
そう宣言して、魔王レクサーは振り返ることもなく、
威風堂々と謁見の間の玉座の前へと戻り腰を下ろした。
艶のある肌に左手で頬杖をつきながら指をパチンとならす。
その合図と共に魔族幼年学校の従卒の少年魔族が一つのグラスとワインボトルを運んできた。
レクサーはそのグラスを手に取り少年が赤ワインを丁寧に注ぐ。
なみなみと注がれた赤ワインを軽く飲み干すとレクサーはグラスを従卒の少年魔族に手渡した。
そして魔王はご自慢のプラチナゴールドの髪を掻き上げてこう叫んだ。
「これはウェルガリアの存亡をかけた戦いである!
余、魔王レクサー一世はこの場にて宣言する。
我々は相手が大天使でも怯まない。
この世界を護る為ならば、余は神とも戦う。
大天使などこの手で滅ぼしてくれるわ!
我々魔族の民は神など必要としない!!
余は卿等に命令する、神を恐れるな、神を信じるな、神を敬うな!」
戦慄に近い高揚感が五人の幹部達の中枢神経をも駆け抜けた。
五人の幹部達も魔王の言葉に煽動されるかのように、歓呼と熱気の渦に飲み込まれた。
「魔王レクサー陛下!! ばんざい!!」
「魔王レクサー陛下ばんざい! 魔族に栄光あれ!!」
すると魔王レクサーは、眉に力を込め遥か遠くへと眼差しを向けた。
とりあえず出だしは悪くない感じだ。
だが恐らく厳しい戦いになるであろう。
だからオレが先陣に立って、兵を率いてみせる。
レクサーはそう胸に刻み込んだ。
「魔王陛下ばんざい! 魔族に栄光あれ!!」
この叫びと共に魔王レクサーは、
十万を超える大軍と共に魔大陸の最南端のハドレス半島へ向かった。
総兵力は凡そ十五万人を超えていた。
レクサー達は、まずは陸路でハドレス半島に向かい、
海岸付近に泊めていた多数の軍艦に乗り込んだ。
尚、護衛役として猫族海賊のキャプテン・ガラバーン。
その旗艦であるネオ・ブラックサーベル号に魔王レクサーと五人の幹部は乗艦した。
その他の艦隊と商船、武装商船、輸送船、病院船。
数百隻に及ぶ大艦隊で南下して、まずは大猫島へ向かった。
これ程の大軍の移動。
更には兵糧の確保は大変だったが、
魔王レクサーの迅速な指揮の許、
大軍を乗せた大艦隊は統率された状態で、
十日後のウェルガリア歴1606年9月2日に大猫島へ寄港した。
大猫島で大艦隊は補給を済ませて、
魔王レクサーは一日だけ兵士達に休暇を与えた。
歴戦の猛者である魔族兵も疲れを知らない訳ではない。
この休暇には魔族兵も素直に喜んだ。
そして大猫島の各所にある酒場を借り切って、
兵士達に振る舞う酒や料理も無料で提供した。
「恐らく大半の者にとって最後の晩餐になるでしょうな」
ネオ・ブラックサーベル号の広い船室で、
魔王レクサーの右隣に立った大賢者がそう告げた。
「嗚呼、だが余はなるべく兵士の犠牲は減らすつもりだ。
だからシーネンレムス。 卿の知識を余に貸してくれ」
「無論ですよ、ワタシはその為にここに居ますので」
「うむ、卿には期待しているぞ。
我等で力を合わせて、このウェルガリアから天使を追い出そう」
「ええ……」
そして翌日の9月3日。
魔王軍は大猫島から猫族領の港町クルレーベに寄港した。
十五万を超える魔王軍に、クルレーベの民は戦々恐々としたが、
魔王レクサーの指揮の許、
魔王軍は問題行動などは起こさず、
大量の軍馬を手配して、魔王と共に王都ニャンドランドへ向かった。
またそれと同時に竜人大陸から、
「竜の雷」の傭兵隊長シャルクが率いた竜人族の部隊。
冒険者及び傭兵で構成した竜人軍一万五千人もニャンドランドへやって来た。
マリウス王弟の強い要望で、
族長アルガスが竜人大陸の精鋭部隊を派遣した形であった。
尚、ヒューマンにはあえて要請を出さず、
今回の戦いでもヒューマンの王族や軍は不参加だが、
下手に参戦させれても何かと五月蠅いので、
マリウス王弟だけでなく、魔王レクサー、族長アルガス。
そして巫女ミリアムも特に不平は漏らさなかった。
魔王軍十五万人と竜人軍一万五千人。
援軍としては充分な戦力であったが、
王都ニャンドランドが陥落すれば、
中立都市リアーナ、ヒューマン領も次の攻略対象になるであろう。
だから魔王レクサーは、
二頭の白馬に引かせた戦車の台座に乗りながら、
物思いにふけっていた。
――竜人軍と併せて約十六万の戦力。
――普通の戦いなら充分な戦力だが相手は大天使。
――更には空飛ぶ黒い船と戦わねばならん。
――正直どうなるか分からん。
――だがここで退く訳にはいかぬ。
――兎に角、現状の戦力で戦うしかない。
――その為にはオレは手段を選ばん。
――この大地を、ウェルガリアを護る。
――それが魔王としてのオレの役割だ!
次回の更新は2025年7月6日(日)の予定です。
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