第六百四十四話 父子相伝
---三人称視点---
「それはどう意味だ?」
先代魔王の言葉にレクサーも怪訝な表情を浮かべた。
だが彼の言葉を聞きたかったので、
レクサーはムルガペーラの次の言葉をジッと待った。
するとムルガペーラは、妙に落ち着いた口調で語り出した。
『そのまんまの意味さ。
お前は天使相手に本気で戦うつもりなのか?』
「……」
どうやらいつもと違い真剣のようだ。
この空間に来て、数百年になるが、
こんな風に真面目に語るムルガペーラは初めてだ。
「……まあ連中は空飛ぶ黒い船で、時空を超えてやって来た。
更には超高度な遠隔攻撃で我々五大種族に大打撃を与えた。
そんな連中と戦うのは、莫迦げている、とでも云いたいのか?」
『そうだな、あながち間違ってない言葉だ』
「そうか、貴様らしくもないが、
貴様の云わんとする事も分からなくはない。
要するに正体不明の相手と無駄な戦いはするな。
という意見も分からなくはない、ただ……」
『ただ……どうした?』
「既にエルフ族が壊滅的なダメージを受けた。
次は恐らく猫族の番であろう。
今の貴様はここで無駄な援軍など送らず、
魔大陸に籠もって、天使軍の様子見に徹しろ。
とでも云いたいのだろうが、そうはいかぬ」
『……何故だ?』
「我々、魔族は数年前に四大種族と盟約を交わした。
この状況で我が身可愛さに、
他種族を見捨てる事はオレの矜持が赦さん」
『……そうか』
どうにも会話がしっくりこない。
というかムルガペーラらしくない。
こんな弱気の発言は今まで聞いた事もなかった。
レクサーはその辺に違和感を感じながら、様子を探った。
「今日はいつになく殊勝ではないか?
貴様らしくもない、何かあったのか?」
『いや別に何もないさ。
ただ先代魔王としては、
無責任にお前を後押しする訳にもいかねえ。
何せ相手は大天使様だからな』
「嗚呼、確かに奴等は今までの相手とは違う。
だが絶対に敵わない相手でもない。
現にオレの盟友が奴等の中の大天使を三人も倒した。
奴等は確かに我々の常識を越えた存在だが、
神そのものではない。
故に勝機があるのであれば、オレは奴等に戦いを挑む」
『成る程、決意が方固いようだな』
「嗚呼、既にエルフ族に大きな被害が出た。
しかもこれは相手から売ってきた喧嘩だ。
だからオレは魔王として、
五大種族の代表として、
奴等にもそれ相応の報いを受けてもらう」
レクサーのこの言葉に偽りはなかった。
だが彼とて不安な気持ちがない訳ではない。
何せ相手はたった一撃でエルフの根拠地・大聖林を壊滅させたのだ。
同じようにこの魔帝都が攻められたら……。
と思うと愉快でない感情が沸き起こる。
『そうか、お前がそこまで決めたら、
オレとしても止める事は出来ねえよ。
ただレクサー、一言だけいいか?』
「……何だ、云ってみろ?」
『相手との最低限の交渉の窓口は用意しておけよ。
勝つにしろ、負けるにしろ。
相手と最低限の交渉はしなくちゃならんからな。
まさかお前も双方が滅びるまで戦う気はないだろう?』
「まあ……そうだな」
『ならば問題あるまい。
勝った時はお前の裁量で何とかするがいいさ。
だが問題は負けた時だ。
その時は相手に譲歩する事を忘れちゃいけない。
それと心配事が一つある』
「……何だ?」
『糞真面目なお前の事だから、
「余の首を差し出す代わりに他の者には手を出さないでくれ」
なんて事を言い出さないか、不安でな』
この言葉にレクサーは思わず苦笑した。
全くもってどういうつもりだ。
この男がここまでオレの身を案じるとはな。
またレクサーとて我が身は可愛い。
自分の責任は限界まで果たすつもりだが、
自分の命を差し出すつもりはない。
「生憎、そこまで無垢でもないし、
莫迦でもない。
オレとて自分の身は可愛いさ。
だが魔王としての役目は果たすがな」
『そうか、なら良かったよ』
「どうにも調子が狂うな。
いつもの貴様らしくないぞ」
『そうか?』
「嗚呼、逆に気味が悪いくらいだ」
『まあそれはオレが年老いた証拠かもな。
それにもうオレなんかが出る幕もなさそうだ。
レクサー、厳しい戦いになるだろうが、
悔いを残さず、その上で民を守れるといいな』
「無論だ、貴様に言われるまでもない」
『そうか、じゃあ頑張れよ』
「……」
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そこでレクサーは目を覚ました。
視界に慣れた魔王の寝室の天井が映った。
レクサーが眠っていたベッドの右隣で、
皇后マリアローリアが小さく寝息をかいていた。
「……奴らしくもない」
「……陛下、何か言いましたか?」
今の独り言でマリアローリアが起きたようだ。
するとレクサーは優しい声音で答えた。
「いや何でもないさ。
今日は正午から決起集会があるから、
君はもう少し寝てるが良いさ」
「ではそうさせてもらいます」
「嗚呼」
そして魔王レクサーはベッドから起き上がり、
純白の寝間着の上に黒いガウンを羽織って、
近くの木製の椅子に腰掛けた。
「まあ良い、オレは魔王としての役割を果たすまでだ。
ここから先は厳しい戦いになるだろろうが、
オレは負けない、必ず勝ってみせる!」
次回の更新は2025年7月3日(木)の予定です。
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