第六百四十二話 崖っぷちの攻防(後編)
---三人称視点---
「糞ったれっ! 雷炎剣っ!!」
次々と攻めて来る戦闘バイオロイドに対して、
ラサミス達は、必死に剣技や魔法を駆使して、
その進撃を何とか食い止めていた。
「次から次へとキリがないわね」
「ミネルバの言う通りよ。
でも大聖林に続いて、
エルフィッシュ・パレスが陥落した今、
何が何でもこのエルドリア城は死守すべきよ」
メイリンのこの言葉に、
周囲の者達も無言で相槌を打った。
まさかこんな短期間で、
エルフ領の半数が制圧されるとは、
思いもしなかった。
メルカバー降臨前は、
ウェルガリア軍が優勢を保っていたが、
たった一隻の宇宙戦艦の登場によって、
戦いの流れは、一気に天使軍に傾いた。
だがこれも無理もない話だ。
ウェルガリアという惑星は、
魔法文明はなかなか高いレベルを維持しているが、
科学文明は、まだまだ発展途上中であった。
そんな中に時空や次元を跳躍する宇宙戦艦が現れたのだ。
ビーム、レーザー攻撃に加えてミサイル攻撃。
この段階でウェルガリアの科学文明で対応出来るレベルでなかったが、
ニャラード団長達が先陣を切って、
それらの攻撃にも何とか耐える事が出来た。
だが「メギドの炎」は、完全にオーバーテクノロジーであった。
たった一撃でエルフ族の本拠地である大聖林を壊滅させたという事実は、
エルフ族だけでなく、他の種族の頭目達にも深い衝撃を与えた。
――正直、ボクらが敵う相手ではないかもしれニャい。
表面上は冷静を装うマリウス王弟も内心では、
このように考えていたが、
本音を言えば、周囲の頭目及び全軍の指揮が著しく低下する。
という事を理解していたので、
恐怖を無理矢理押さえつけて、
周囲を盛り上げるような言葉を発していたに過ぎない。
その事は前線で戦うラサミス達も薄々勘づいていたが、
彼等も敵を前にして、逃げるという選択肢は選べなかった。
このまま敵の進軍を赦して、
猫族の王都ニャンドランドが陥落すれば、
ウェルガリア軍は、完全に瓦解する。
ラサミスにしても、中立都市リアーナに妻子を残した状態。
もしリアーナまで攻められたら……。
そう思うだけで、背筋が凍るような感覚を感じた。
そしてそれは周囲の者達も同じであった。
だからこのような状況でも彼等は果敢に戦った。
「敵の機械兵の遠距離攻撃は、
対魔結界や障壁で確実に防ごう。
こちらも出来る限り反撃するが、
前に出すぎず、残り魔力にも注意を払うんだ」
剣聖ヨハンがそう言って、
周囲の仲間達に的確な指示を下した。
こうしてウェルガリア軍は瓦解する事なく、
エルドリア城を死守しながら、
力天使ヴァーチャ率いる天使軍の進軍を何とか食い止めた。
「……思いの他、敵の動きが良いわね。
根拠地が二つも陥落したのに、意外と冷静ね。
これは下手に攻めない方がいいかもしれないわ。
とりあえずメルカバーの熾天使ラファエルとウリエルの指示を仰ぎましょう」
ヴァーチャが警戒したのも当然であった。
現時点でアーク・エンジェル、プリンシパティ、パワー。
この三人の大天使がウェルガリア軍に討ち取られていた。
今はメルカバーが降臨して天使軍が圧倒的に優勢だが、
窮鼠と化したウェルガリア軍に自分が討たれる。
という可能性も考慮して、ヴァーチャはここ様子見に回った。
数時間後、伝令役の天使兵がメルカバーに着艦。
そしてラファエルの許へ行き、ヴァーチャの伝令を伝えた。
「確かにヴァーチャの言う事も一理あるな。
我々は大聖林とエルフの新都市を陥落させたが、
周囲の平定、また駐留部隊を置くと、
兵士の数が些か不安でもある」
「同士ラファエル、私も同意見だ。
ここは焦る必要もないであろう。
戦闘バイオロイドも結構な数を失ったし、
メルカバーを地上の何処かに着艦させて、
天界から新たな戦闘バイオロイドを転送してもらおう」
ウリエルの言葉にラファエルが大きく頷いた。
「メギドの炎の使用で、
このメルカバーもそれ相応のエネルギーを消費したからな。
ここは一度、エネルギーの補給と修理の時間を設けよう」
こうして天使軍は一時の休息を挟んだ。
また力天使ヴァーチャも一度兵を退いて、体勢を立て直した。
このおかげでウェルガリア軍もある程度の余裕が出来て、
エルドリア城に陣取った部隊は、
城の守りを固めつつ、主力部隊を猫族領のガルフ砦まで後退させた。
エルドリア城は今となっては、
エルフィッシュ・パレスと自治領エルバインに挟まれた形なので、
天使軍に挟撃されたら、孤立する可能性が高い。
よって最低限の防衛部隊だけを残して、
ラサミスや剣聖ヨハン、ニャラード団長は、
猫族領の国境付近のガルフ砦へ向かった。
このエルフ領で二ヶ月余りの攻防戦が繰り広げられて、
ウェルガリア軍の天使軍の大天使を三体も撃破したが、
こちらも大聖林とエルフィッシュ・パレスが陥落させられた。
よってこのエルフ領における勝者は天使軍であったが、
ウェルガリア軍も体勢を立て直して、
ガルフ砦に兵を集めて、天使軍との対決に備えた。
メルカバーの降臨によって、
戦局に大きな変化が生じたが、
まだ天使軍の勝利が確定した訳でもなかった。
次なる決戦の地は、猫族領。
ここで勝つか、負けるかで両軍の命運は大きく分かれる。
「猫族領が落ちたら、
リアーナまで目と鼻の先だ。
そうなればオレ達の拠点も攻められるだろう。
その時はオレ達「暁の大地」も崩壊する。
だがオレは何としても連合、そして自分の妻子を護る。
その為にも皆、オレと共に戦ってくれ」
ガルフ砦に撤退する際に、
ラサミスがそう言うと、周囲の団員も無言で頷いた。
何ともしても次の戦いには勝利する。
各自、胸にそう深く刻み込んで、
自分達の居場所を護るべく、
次なる決戦に向けて、戦意と闘志を高めていた。
次回の更新は2025年6月29日(日)の予定です。
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