第六百三十六話 堅忍不抜(中編)
---三人称視点---
エルフィッシュ・パレスの東部にあるヴァルデア荒野。
そこでエルフ軍と主天使ドミニオン率いる天使軍が死闘を繰り広げていた。
エルフ軍の指揮官はナース隊長。
彼の耳にも既に大聖林が陥落した事は伝わっていた。
数百年の歴史を持つエルフの聖地の陥落。
その事実にナース隊長だけでなく、
賢者ベルロームなどの幹部も少なからず精神的ショックを受けていた。
だがそこは堅忍不抜の精神で耐えた。
もしここで自分達が負けたら、
大聖林に続いて、重要拠点のエルフィッシュ・パレスが乾酪する。
そうなれば穏健派のエルフ族はお終いだ。
彼等が敗れたら、天使軍に下った旧文明派のエルフ族が
また力と勢力を取り戻す可能性は高い。
それだけは何としても阻止したい。
言葉には出さずとも、皆、同じ思いであった。
「何としてもここを死守せよ。
大聖林が死んでも我等は死なぬっ!
巫女ミリアムが居れば、我等はきっと復活出来る。
だから皆、私と共に戦えっ!」
ナース隊長がそう叫ぶと、
周囲のエルフ軍達の士気も上がり、
迫り来る戦闘バイオロイド達の侵攻を食い止めた。
基本戦略は先程までと同じで、
火炎属性か、電撃属性で魔法攻撃。
敵のレーザー攻撃や熱光線銃に対しては、
光属性の耐魔結界、あるいは障壁を張って凌いだ。
開戦前にはエルフ軍も5000人以上の兵力を誇っていたが、
戦闘艇や小型船到底、エアバイクを操る戦闘バイオロイド達に苦戦を強いられて、
気が付けば、兵力は3000弱まで減らされていた。
だがそれは敵も同じであった。
天使軍も天使兵500体。
戦闘バイオロイド3000体の戦力を有していたが、
今では天使兵350体。
戦闘バイオロイドに関しては、1700体まで減っていた。
上空から戦況を見据える熾天使ラファエルは、
この事実にいち早く気付いた。
彼はメルカバーの中央発令所の液晶スクリーンで眺めながら、
この戦況を打開すべく、新たな策を講じた。
「本拠地を破壊された為か。
思いの他、エルフ軍の抵抗が激しいな」
「同士ラファエル、そうだな。
戦闘バイオロイドだけでも2000体以下まで、減らされたようだな。
これ以上減るようだと、今後の任務に支障を来す」
熾天使ウリエルの言葉に、ラファエルは「嗚呼」と鷹揚に頷く。
座天使ソロネもこの二人の近くで立っていたが、
あえて発言はせず、その視線を液晶スクリーンに向けていた。
「ここは変な自尊心は棄てよう。
信号弾を打ち上げて、ドミニオン達を撤退させよう。
その後でミサイル攻撃でエルフ軍を一網打尽にするぞ」
「うむ、私もその意見に賛成だ」
「……私もです」
ウリエルとソロネもラファエルの考えを肯定した。
するとやや気を良くしたラファエルは、
凜とした声でAI制御ステムに命じた。
「――今すぐ信号弾を打ち上げよ。
そして味方が無事撤退したら、
敵の中央部に向かって、低周波ミサイルを発射せよっ!」
「了解致しました。
これより信号弾を打ち上げます」
無機質な女性の声が艦内に響き、
30秒後にメルカバーの上空目掛けて信号弾が放たれた。
「……アレは撤退の合図」
地上に居た主天使ドミニオンも信号弾に気付いた。
「……上の方々(かたがた)がどうするおつもりかは、
分からんが、ここは素直に従っておこう」
そしてドミニオンは全軍に対して「撤退命令」を下した。
部隊の大半が天使兵と戦闘バイオロイド。
彼等には主の声には逆らえないようになっている。
その結果、ドミニオン率いる天使軍は、
問題なく撤退することが出来た。
これにはエルフ軍のナース隊長も不可解に思ったが、
ラファエルの次なる手で、
嫌な現実を無理矢理見せつけられる事となった。
「良し、味方部隊は無事に撤退したようだな。
では敵の中央部に目掛けて、低周波ミサイルを発射せよっ!」
「ご命令承りました。
敵の中央部目掛けて、
低周波ミサイルを発射しますっ!」
無機質な女性のAI音声がそう告げる。
間を置かずして、メルカバーのミサイル発射口が開き、
地上に目掛けて、十数発の低周波ミサイルが発射された。
それを見てナース隊長は、
顔を青くさせて大声で叫んだ。
「まずいっ! あの謎の超兵器だぁっ!
ベルローム卿、リリア! 障壁を張れっ!」
「りょ、了解ですっ!
ハアァア……アァァァッ! 念動障壁ッ!」
「サ、念動障壁ッ!」
賢者ベルロームと女魔導師リリアは、
心臓の鼓動を高めながら、全力で障壁を張った。
数秒後に低周波ミサイルが着弾。
それと同時に閃光と強引が大気と大地を揺るがした。
ナース隊長達の視界に眼も眩む光が覆い、
鼓膜に響く爆音が鳴り響き、
橙色の光彩が半球形に盛り上がった。
他のエルフ兵の魔導師部隊も必死に、
障壁や対魔結界を張ったが、
十数発の低周波ミサイルは、それらをいとも簡単に撃ち破った。
「あああぁっ! ――ライト・ウォールッ!」
「リリア、お前だけでも逃げろっ!」
「は、はいっ! 疾走っ!」
ベルロームに云われて、
リリアは生存本能を最大限に発揮して、
疾走を発動させて、全力で地を駆けた。
その直後、大爆発が起こった。
大地がひび割れ、ヴァルデア荒野の岩や岩壁が
一瞬にして、打ち砕かれて、
地面にはクレーター状の大穴がいくつも開いていた。
「う、うわあああぁっ!!」
後方から押し寄せる爆風にリリアは吹き飛ばされた。
リリアの全身に激しい痛みが襲い、
何度も何度も何度も地面を転がって、
ようやくリリアの身体は止まった。
「ぐ……うっ……」
痛みで意識が朦朧とする中、
リリアは両手足が動くか、確認してみせた。
両手の指も両足も何とか動くようだ。
どうやら両手足共に無事だった模様。
でも爆音で両耳が少し聞こえにくくなっていた。
三分程、そのままの体勢で居たが、
体力と魔力、そして意識が戻ってきたので、
フラつきながら、リリアは上体を起こした。
しかし目の前の光景を目の当たりにして、
リリアは心の底から深く絶望した。
目の前には焼死体となったナース隊長。
それと同じく焼け焦げたベルロームの死体が見えた。
だが彼等はまだマシな方であった。
殆どの者が爆発による衝撃で、
全身を焼かれて消し炭となっていた。
その数、軽く見ても1500人以上は居た。
運良くて焼け焦げた焼死体。
そしてリリアと同様に奇跡的に生き残った者達が
三十名くらい居たが、全員が放心状態であった。
「あっ、あっ、あっ……」
ガチガチと歯を鳴らすリリア。
彼女の視界には、耐えがたい非常な光景が映っていた。
こうしてたった十数発の低周波ミサイルで、
エルフ軍の主力部隊は、壊滅状態に追いやられた。
次回の更新は2025年6月15日(日)の予定です。
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