第六百三十話 天使軍の逆襲(前編)
天空の方舟メルカバーは、自治領エルバインの上空で待機しながら、
回収した200体以上の天使兵を調整槽に入れて、メンテナンスを行う。
自治領主のロイエンスは、
部下と共にメルカバーの乗艦を望んだが、
熾天使ラファエルとウリエルはそれを固く拒んだ。
「この天空の方舟メルカバーは、我等、天使の叡智の結晶。
貴様等のような地上人を乗せる筋合いはない」
と、ラファエルが返した。
「で、ですが我等は同盟関係にあります。
この後に文明派のエルフ領に攻めるのであれば、
我等「エルドリア解放軍」も同行するべきでしょう」
と、自治領主ロイエンスが申し立てたが――
「くどい、どうしても同行したいのであれば、
地上から馬に乗るなりして、同行せよ」
こう言われたらロイエンスとしても動きようがなかった。
解放軍の隊長マクドガルは、先の戦いで戦死。
解放軍の兵士も半数以下になった。
もしもう一度連合軍が攻めてきたら――
という考えが頭によぎり、
ロイエンスは残った解放軍の兵士を派遣する事を止めた。
但しダークエルフ部隊を指揮する隊長ラルレイドは、
二千人の騎兵を率いて、地上からメルカバーの後を追うに事にした。
だがラファエル達も地上に降りてきたばかりなので、
天使兵の調整などをかねて、五日ほどの休憩を取る事にした。
その五日の間に、ウェルガリア軍は、
敗残兵と無事に合流を果たして、
旧エルドリア城の二階の会議室にて、
各種族、各部隊のリーダーを集めて今後について会議を行った。
各リーダーは会議室の中央に配置された長テーブルの前の木製の椅子に腰掛けた。
長テーブルの左側にヨハン団長、ラサミス、デュークハルト、レフ団長、シモーヌ副隊長が陣取り、
マリウス王弟、ニャラード団長、魔将軍グリファム、エンドラが右側の椅子に座る。
「さて今後について語り合いと思うが、
現実問題として、あの空飛ぶ黒い船相手にどう戦っていいか分からない。
というのがボクの本音だニャン」
「確かにあの空飛ぶ黒い船は、
人智を超えた存在でありますが、
このエルフ領へ攻め込んで来るのは時間の問題です。
だから何もしない、という選択肢はあり得ないでしょう」
シモーヌ副隊長が意気揚々とそう叫ぶ。
だが周囲の者達は、沈痛な表情を浮かべていた。
「無論そうだろうさ。
だがあの黒い船の攻撃を見ただろ?
一瞬にして、山猫の騎士連中が木っ端微塵になったんだぜ。
その後、ニャラードの旦那達の踏ん張りで、
何とか攻撃を防げたが、
あの筒状の爆弾攻撃、あるいはレーザー攻撃などを
連発されたら、こちらとしてはお手上げするしかねえだろ?」
デュークハルトの主張は、
この場に居るラサミス達の言葉の代弁でもあった。
「デュークハルト殿、言う通りだニャ。
アレでケビン団長を含めた山猫騎士団は、壊滅状態。
それに攻撃を防げたとして、
あの遙か上空に居る黒い船にどう攻撃を仕掛けるニャ?」
「ニャラード団長、魔法攻撃では厳しいですか?」
と、ヨハン団長。
「まあ距離的に魔法攻撃がギリギリ届く範囲であるニャ。
だが先の空中要塞と同じように、
バリアを張って来るのは目に見えている。
そうなると魔力的にも厳しいから、
まずは各エリアに大結界を張って、
地上部隊の進軍を食い止めて、
あの黒い船の攻撃方法を見極める。
というのが今、我々に与えられた選択肢と思うニャ」
ニャラード団長の無難な意見に大半の者が同意したが、
シモーヌ副隊長だけは、納得のいかない表情で反論した。
「しかしそれでは後手後手に回る事になるでしょう。
それでこの旧エルドリア城だけでなく、
エルフィッシュ・パレス、また大聖林の防衛が出来ますでしょうか?」
「ん~、本音を言うとそこまで戦力を回す余裕はないニャン。
エルドリア城やエルフィッシュ・パレスを突破されたら、
猫族領まで敵は攻めて来るでしょう。
その場合を想定してボクも王都ニャンドランドの護りを
固める必要があるニャン」
「マリウス王弟殿下、それはつまりエルフ領を見捨てる。
という事でしょうか?」
「シモーヌ副隊長、別にそういうつもりじゃニャいよ。
ただこうなれば各種族で各拠点を護る。
という選択肢を選ぶべきだよ」
「……」
マリウス王弟の言葉に、
シモーヌ副隊長はしばし考え込んだが、
彼の言う事にも一理があったので、
これ以上の反論は控える事にした。
「それより魔将軍グリファム殿。
本国の魔王陛下と大賢者殿に援軍を要請出来ませんか?」
「そうですな、エルフ領や猫族領が落ちたら、
連合軍が瓦解するのは目に見えてますからな。
では私の方から本国の魔王陛下と大賢者殿に援軍を要請してみます」
「ニャー、助かりますニャ」
その後も話し合いが続いたが、
シモーヌ副隊長率いるネイティブ・ガーディアンは、
巫女ミリアムが控えるエルフィッシュ・パレスの防衛に当たる事となった。
本拠地である大聖林は、現地の守備隊五千人。
近場から集めた警備隊などの混成部隊が三千人。
合計八千人の部隊で大聖林を護る事となった。
連合軍の攻守の要であるラサミス達は、
エルドリア城に残り、周囲に大結界を張って、
天使軍の出方を見ることにした。
そして五日後の8月19日。
熾天使ラファエルは、メルカバーをエルドリア城でなく、
エルフィッシュ・パレス方面に向けて、
反撃となる一手を打ってきた。
「エルドリア城とあの新しいエルフの都市へは、
牽制攻撃だけしておけ。
相手が反撃してきた隙に北上せよ。
そして大聖林に目掛けて、「メギドの炎」を放つ。
こうして天使軍による逆襲が始まろうとしていた。
次回の更新は2025年6月1日(日)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




