第六百十五話 メルカバー出撃
---三人称視点---
「パスコードを入力してください」
熾天使ラファエルの目の前の高性能コンピューターから、
無機質な女性の音声アナウンスが流れてきた。
それと同時にラファエルは、右手を動かして、キーボードを叩く。
「第一認証完了、続いて第二認証のパスコードを入力してください」
ラファエルは、再び右手でキーボードを叩いて、
正確なパスコードを打ち込んだ。
「第二認証完了、網膜認証を開始します」
新たなアナウンスが聞こえるなり、
ラファエルは右眼をパソコンのモニターに近づける。
すると「網膜認証完了に成功」という無機質な声がパソコンから聞こえる。
「これより挿入されたディスクの情報を読み込みます。
……ローディング中、ローディング中。
……総司令官の交代を実行しますか?」
「嗚呼、直ちに実行してくれ」
「了解しました、天使長ミカエルから、
メルカバーの指揮権をラファエルに移します。
……残り時間00:30:25」
ラファエルの言葉を事務的に実行する高性能コンピュータのAI。
「それが噂のマスターディスクですか?
熾天使の間だけで使用される機密ディスクですよね?」
「座天使ソロネ、余計な質問はするな。
貴公も何処か適当な席に座りたまえっ!」
「……はい」
ラファエルに言われて、
ソロネは艦長席の近くの席に座った。
「指揮権交代完了。
ラファエル艦長、ご指示をお願いします」
「良し、これで全指揮権が俺の手に委ねられた。
システムチェック開始」
「……システムチェック開始。
ローディング中、ローディング中。
全システム正常です」
無機質な女性のAI音声がそう告げる。
「ならばメルカバーを発進させて宇宙船ドックから出航せよ。
それから安全地帯に突入後に時空転移を開始。
全乗組員に告ぐ、時空転移を行うから、
各員、安全な場所へ退避せよ」
ラファエルは、メルカバー発進させて、宇宙船ドックから出航する。
航路は安全なようだ。
メルカバーは、そのままゆっくりと天界の宇宙船ドックを後にする。
この天界エリシオンは、
時の概念がない超特殊空間だが、
時間の流れは、他の世界や次元と同じである。
時の概念はないが、時間の流れは存在する。
それがこの天界エリシオンの特殊性の一つである。
それからラファエルは、メルカバーの巡航速度を上げる。
「……メルカバーが時空転移の可能地点に到達。
五分後に時空転移を開始。
ラファエル艦長、転移先を指定してください」
「……転移先は惑星ウェルガリアを指定。
時空転移後にワープも同時に開始せよ。
ワープ後の座標点は、惑星ウェルガリア内部の上空に設定せよ」
「転移先を惑星ウェルガリアに設定しました。
五分後に時空転移を開始。
時空転移の完了と同時にワープを開始します。
ワープ後の正確な座標点は、如何なさいますか?」
ラファエルは、無機質のAIの音声に問いに「ふうむ」と少し考えて――
「そうだな、惑星ウェルガリアのエルフ族領。
自治領エルバインの上空に座標点を設定出来るか?」
「……少々お待ち下さい。
該当データを検索中、残り時間01:50:45」
「……ワープ後には、多少のタイムラグが生じますよね?」
座天使ソロネがラファエルにそう問うた。
するとラファエルは、一瞬視線をソロネに向けた。
「嗚呼、このエリシオンは時の概念がないからな。
だから時の概念がある別次元及び世界にワープする際には、
一定のタイムラグが生じる。
……まあ多少遅れてもウリエル達は持ちこたえるだろう」
「……そう願いたいですね」
「嗚呼」
「検索が終了しました。
ワープ後の座標点を指定された空域に設定しました。
こちら天空の方舟メルカバー。
時空転移装置とワープエンジンの状態が安定しました。
次なる指示をお願いします」
再び無機質な女性のAI音声が事務的にそう告げる。
「うむ」
AIの音声に従いながら、
ラファエルは、凜とした声で次なる命令を下した。
「時空転移装置を起動。
転移先を惑星ウェルガリアに設定。
全乗組員に告ぐ、これより時空転移を開始する。
各員、直ちに安全な場所へ退避せよ」
ラファエルがそう指示を下すと、
メルカバーの時空転移装置が起動して、
想定通りに時空転移を発動し、
数千の乗組員を乗せた宇宙戦艦が一瞬にして、
この場から消え去った。
この間に生じた時間は、ほんの三分にも満たなかった。
だが天空の方舟メルカバーは、
惑星ウェルガリアのある次元まで時空転移して、
数千の乗組員と共に、ウェルガリアに降臨するであろう。
この光景を宇宙ドックに残ったミカエル達が見守っていた。
「メルカバーは無事に飛び立ったようね」
「同士ガブリエル、浮かない表情だな。
何か不服があるのか?」」
天使長ミカエルが単刀直入にそう問うた。
だが熾天使ガブリエルは、弱々しく首を左右に振った。
「いえ、私も熾天使の一人。
皆で決めた事に反対するつもりはないわ。
ただ……」
「ただ……何なんだ?」
「……私達、天使。
そして今回の標的の地上人。
その双方の被害が少しでも減って欲しい。
と心から思ってるだけよ」
「同士ガブリエル、相変わらず君は優しいな。
だがメルカバーが出撃された今、
お互いに無傷というわけにもいかまい。
我々としてもこれ以上、失態を見せるわけにはいかない」
「……そうね」
「嗚呼、だが我々も世界を統べる大天使。
制裁対象に対しても、最低限の慈悲の心を持とう。
しかしその過程で多くの血が流れるであろう。
だがそれも避けられない定めだ。
……君も余計な企てをしないようにな」
「……分かってるわ」
こうして天空の方舟メルカバーが地上――ウェルガリアに派遣された。
これによって、再び多くの血が流れる事は必然となったが、
ラサミス達――ウェルガリアの民は、
そんな事は露知らず、次なる戦いに向けて準備を整えていた。
次回の更新は2025年4月29日(火)の予定です。
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