第六百七話 天空の方舟(前編)
---三人称視点---
天界エリシオンの中枢部のセントラル・エリア。
そこに熾天使ミカエル、ラファエル、ガブリエル。
以上の三人の大天使が陣取り、
監視用のスフィアを見据えていた。
「まさか空中要塞アーケインが撃破されるとは……。
正直、俄には信じがたい……」
「同士ラファエル、だが残念ながら、これは現実だ。
我々の叡智の結晶であるあの空中要塞は、
物の見事に地上の民に破壊された。
これは通常では考えられない事態だ」
「そうだな……」
天使長ミカエルの言葉に、
熾天使ラファエルも小さく相槌を打つ。
「……」
残り一人の熾天使ガブリエルは、
無言で監視用のスフィアを見つめていたが、
特にこれといった反応を見せなかった。
「更には権天使プリンシパティも討ち取られた。
なので私の独断で、座天使ソロネ。
智天使ケルプの二体の大天使を調整槽から、
解放しておいた。 今後はこの二人にも働いてもらうつもりだ」
「そうか、正直人手はいくつあっても困らん。
私もソロネとケルプの解放には賛成だ」
「……解放するのは、その二人だけで良いの?」
ここで初めて熾天使ガブリエルが口を開いた。
その言葉にラファエルは、眉間に皺寄せるが、
天使長ミカエルは、表情を変えずガブリエルの問いに答えた。
「嗚呼、これで既存の大天使の大半は、
解放した状態だ、この状態ならば、
我々が地上の民に遅れを取る事もないだろう」
「そうね、常識的に考えれば、そうでしょうね。
でも現時点で二人も大天使が倒された。
これは通常ではあり得ない由々しき事態よ」
「……同士ガブリエル、何が言いたいのだ?
貴公は天使長のやりように異議があるのか?」
「同士ラファエル、私にそんなつもりはないわ。
ただ彼等をあまり侮らない方がいい。
そう思っているだけよ」
「……奇遇だな、私もそう思い始めたところだ。
だから次の侵攻では、
天空の方舟メルカバーを実戦投入するつもりだ」
「天使長ミカエル、遂にメルカバーを実戦投入するのか!」
「そうだ、同士ラファエル。
その際の総司令官を貴公に任せたいと思う」
「わ、私が総司令官?」
「……不服か?」
「いや身に余る光栄だ。
その際には、私が持てる限りの力を尽すよ」
「うむ、期待しているよ。
それでは少し宇宙船ドックに行ってみないか?
メルカバーの調子をこの目で確かめてみたい」
「嗚呼、私も同行するよ」
「うむ、で同士ガブリエル。
貴公はどうする?」
天使長ミカエルは、静かにそう問いかけた。
するとガブリエルは、微笑みを浮かべて応じた。
「私も同席して良いのかしら?」
「勿論だ、貴公も我々と同じ熾天使。
必要な情報は、包み隠さず共有する。
それが我等が定めたルールじゃないか」
「そうね、そうだったわね。
それでは私もお邪魔させて頂くわ」
ガブリエルの言葉に、ミカエルが「うむ」と頷く。
そして三人は、つかつかと床を鳴らして宇宙船ドックに向かった。
---------
天界エリシオンの宇宙船ドック。
そこは大天使達の叡智によって築かれたオーバーテクノロジーの結晶体であった。
「ここには幾つかの宇宙戦艦が係留されているが、
その中でもメルカバーは最大級の宇宙戦艦だ」
「こうしてメルカバーを目にするのも久しぶりだな」
天使長ミカエルとラファエルは、
そう言葉を交わして、大型通路を抜けて巨大な宇宙船ドックに出た。
宇宙船ドックは、想像以上に広かった。
高さは50メーレル(約50メートル)程。
縦幅、横幅も非常に広くて、
メルカバー以外にも数機の宇宙船及び宇宙戦艦の姿が見えた。
そしてこのエリアには、
工作ロボ、リペア・マシーン、掃除ロボ。
工業ロボ、戦闘用バイオロイドがこの広い宇宙ドックの各所で、
それぞれの役割を果たしていた。
「やはりこうして観ると大きいな……」
ラファエルの言葉に、ミカエルが「嗚呼」と相槌を打つ。
ミカエル達が天空の方舟メルカバーに近づくと、
メルカバーの姿が段々と大きく見え始めた。
全長980メーレル(約980メートル)。
重量は1500000トル(約1500000トン)。
流線型で優美なフォルムを持つ最新型の宇宙戦艦。
装甲は黒く、正面は戦端が尖っており、
縦よりも横幅の方が広くて、
形で例えるなら、横幅のある鋭利な長剣に似ていた。
「……やっぱり美しいフォルムをしているわね」
メルカバーを近くで見てガブリエルがそう言う。
「見た目が美しいだけではない。
航行速度も戦闘力も並の宇宙船の比じゃない。
時空転移、ワープも可能で、
ビーム砲もレーザー砲、電磁砲も武装についている。
この黒い宇宙戦艦一つで、
一つの惑星を滅ぼす事も可能だ」
「……あの世界を、ウェルガリアを滅ぼす気なの?」
ガブリエルが悲しそうな視線をミカエルに向けた。
するとミカエルは、「いや」と言って首を左右に振った。
「我々は世界の統治者ではあるが、
神そのものではない、だから監視体制の惑星であっても、
過度な干渉や戦闘行為は避けねばならん。
だがウェルガリアの民は、
我々が想像していた以上に、賢く戦闘に長けている」
「ええ、確かにそうね。
それで天使長、貴方はどうするつもりなの?」
「同士ガブリエル、私としては、
このメルカバーを実戦投入するからには、
絶対に負ける事は赦されない、と思っている。
だから……」
「だから、何かしら?」
すると天使長ミカエルは、
双眸を冷たく細めながら、口を開いた。
「――メギドの炎の使用を解禁しようと思う」
「!?」
ミカエルの言葉に、
ガブリエルは眼を瞬かせたが、
ミカエルの表情は至って真剣であった。
その姿を見て、ガブリエルは上手く二の句が継げなかった。
超えてはいけない一線を超える事態を前にして、
ガブリエルは、すぐに反論する言葉が浮かばなかった。
一方のミカエルは、
覚悟を決めた顔でガブリエルを見据えていた。
それは何かの為に、何かを犠牲にする。
という決意を固めた表情であった。
次回の更新は2025年4月10日(木)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




