第六十話「一人頭一千万!」
それから俺達は冒険者区の教会へと向かった。
俺達ヒューマンの間では、レディス教という宗教が国教であり、ヒューマンの街には、必ずと言っていい程、レディス教の教会が存在する。
もっとも宗教的なしがらみは少なく、現代では冠婚葬祭の際にレディス教のしきたりに従って、神父に祝詞とかを唱えてもらうくらいだ。
それ以外では半ば形骸化している。
まあ流石に国の祭祀とかでは、それなりの形を整えるが、俺達一般庶民にとっては、さして宗教は重要事項でもない。
だがエリスは神学校の学生だ。
将来的には神職に就く予定の彼女は、普段から教会で手伝いをしている。
「教会って何処だったけ?」
「多分アレだろう」
兄貴が指差す方向に教会らしき尖塔が建っていた。
薄い青色の屋根を持つ塔の天辺に、金属性の十字架が輝いている。
基本的に教会は冒険者にとって、状態異常の『呪い』の解除をお願いする以外は、特に用がない場所だからな。
まあ継続的にお布施する事によって、運が上がるという噂があるが、俺は信じていない。 神頼みをするくらいなら自力で努力した方がいい。
教会の建物は、二階建てだが、街の規模を考えたら、やや小さかった。
俺達は正面の大きな扉を右手で押し開けて、中に入る。
内部は少し薄暗いが、壁面に張り巡らされたステンドグラスは鮮やかだ。
そして正面の祭壇の近くに佇んだ法衣姿の神父らしき男の傍に、エリスとメイリンが立っていた。
「あっ~!? ラサミスにライルさん!」
相変わらずのキンキン声のメイリン。
「「よう!」」
と、異口同音に答え、俺達は軽く右手を上げた。
「ちょっとメイリン。 ここは教会よ、静かにしようよ!」
エリスが口元に右手の人差し指を立てる仕草をする。
「彼らは貴方達のお知り合いですか?」
「はい、神父様。 よくお話する連合の仲間ですわ!」
「なる程、ならば積もる話もあるでしょう。
あそこの小部屋を使っていいですよ」
と、温和そうな中年の神父が礼拝堂の左にある小部屋を指差した。
俺と兄貴は神父に軽く会釈して、エリス達に案内されて、小部屋の中に入った。
部屋には小さな木製のテーブルと同じく木製の椅子が四つある以外は、質素な仮眠用の木製のベッドが部屋の隅にあるくらいだった。
とりあえず俺と兄貴は机の手前の椅子に腰掛けた。
そしてその対面の位置にエリス、メイリンの順で椅子に座る。
「しかしエリスは分かるが、なんでメイリンが昼間から教会に居るんだ?」
俺は素朴な疑問を投げかけた。
するとメイリンが自己主張の欠片もない胸の前で、両腕を組みながら――
「いやさ、アタシもエリスも学校が冬休みに入ったから、暇なのよ。 だから頃合を見てリアーナへ行こうと二人で相談してたわけ。 でも二人がこうして来てくれたから、手間が省けたわ!」
「そうか、なら俺達と一緒に竜人領ラムローダに行かないか? 実はさっき居住区で例の伯爵夫人に会って、依頼を受けてきたばかりだ。 回復役のエリスと火力のメイリンに是非参加してもらいたい」
だが兄貴の言葉にメイリンとエリスは即答しなかった。
「う~ん、行きたいのは山々なんだけど、アタシ達の冬休みって二週間くらいしかないのよねえ」
「うん、ここ三ヵ月くらいは学校通いだったから、少し冒険者としての勘が鈍ってるから、皆さんにご迷惑かけるかもしれません」
「大丈夫だ、その辺は俺達がフォローするさ。 それに二週間もかからない。 ラムローダへは、リアーナの近くの港町バイルから、船で半日で行けるからな。 まあ今回の任務は正直厳しいが、その分、報酬は格段に良い!」
「え? いくらですか?」と、メイリン。
すると兄貴はニヤリと笑い、右手の人差し指をピンと立てた。
「……百万、いやもしかして一千万ですか?」
「ああ、成功報酬で合計六千万グラン。 それを六等分して、一人頭一千万さ!」
「なっ……マジッスか!?」
ガタンと椅子から立ち上がるメイリン。
「行くッス、行くッス、絶体行くッス! エリスもいいでしょ?」
「まあ私はいいけど、メイリン少し鼻息が荒いわよ!」
「だってアンタ、一千万よ? 一千万ッ!? これは行くしかないでしょ!」
「尚、成功した際には、騎士爵の授与、冒険者ランクのアップも考慮するとの話だ」
「はい、決定! 行きます、例え地の果てでもアタシはついて行きますよ!」
「そうね、確かにそれは魅力的だわ。 私も行きたいです!」
兄貴の奴、相変わらず交渉が上手いな。
エリスとメイリンはすっかりやる気になって、「頑張るぞ!」と叫んでいた。
これで回復役と魔法使いを確保。
「じゃあ余り時間がないから、早速旅の準備をしてくれ! 出発の準備が出来たら、冒険者区の瞬間移動場に集合だ!」
「了解」「了解ですわ」「ハイッス」
そして待つ事、数時間。
旅の準備を終えたエリスとメイリンが瞬間移動場に現れた。
エリスはいつものように純白の法衣姿で右手に銀の錫杖を持っており、メイリンも相変わらずの黒マントと黒ローブに紺色の三角帽子という格好。 そして二人は背中に中くらいの大きさのバックパックを背負っていた。
「じゃあ早速リアーナに飛ぶぞ」
「「「はい」」」
兄貴の言葉に俺達三人は元気良く返事する。
そして瞬間移動場の魔法使いに瞬間移動魔法をかけてもらい、リアーナへと旅立った。
リアーナに到着した時は、既に夕方を過ぎていた。
俺達はとりあえず連合の拠点へ行き、用意してもらった部屋に自分達の荷物を置いた。
とりあえず腹が減っていたので、食堂で俺達四人は食事を摂った。
夕食のメニューは魚料理が中心だった。
俺達四人はそれをぺろりと綺麗にたいらげた。
「う~ん、満腹。 余は満足である」
と、腹を手でポンポンと叩くメイリン。
食堂の時計に目をやると、時刻は一八時四十五分を指していた。
「そういえば今日はドラガン達が芸を披露する日だな。
とりあえず暇だし、観に行ってみるか?」
「行きたいですわ!」「行く、行く、絶対行きます」
兄貴の言葉に凄い勢いで食いつくエリスとメイリン。
俺は最近ではドラガン達の芸をよく目の当たりにするが、
エリス達は久々のリアーナだからな。 ここは彼女等に合わせよう。
「俺も付き合うよ」
「ああ、なら早速向かおう。
十九時に開演の予定だから急ごう!」と、兄貴。
「「は~い」」「了解!」
会場は街の中央広場から、少し歩いた所にある大きなテントだった。
このリアーナには居住区、冒険者区、商業区に加えて、娯楽区が存在する。
娯楽区には、賭博場、オークション会場、闘技場、劇場などの娯楽施設が多い。
更には歓楽街もあるが、基本的に俺はそういう所へは行かない。
こういう場所は必然的に住人も荒くれ者が多くなる。
だからドラガン達の仕事を手伝う以外では、娯楽区には足を運ばない。
前にちょっと絡まれたからね。 だから俺は街中では拳士に転職してから、歩くようにしている。
まあ喧嘩になった時に色々と便利だからね。 なので今は拳士だ。
もちろん無駄な喧嘩はしない。 あくまで自衛手段さ。
俺達は一人一千グランの入場券を購入して、テントの中に入った。
会場は既に多くの観客で席が埋まっていた。
軽くみて五十人以上居るな。 前列辺りの席は満席だ。
仕方ないので、俺達は後列の席から観賞する事にした。
今は華やか衣装の猫族の子猫達が、ステージ上でジャグリングを披露している。 俺に懐いているアロンやポロン、ダビデ達もテンポ良くジャグリングをする。
「やっぱ猫族の子猫って神ってるわ!」
「うんうん、まさにこの世の楽園ですわ!」
と、満足気な表情のメイリンとエリス。
でも俺は最近見慣れているからな。 正直面白くもつまらなくもない。
だが表面上は笑顔を浮かべながら、エリス達に調子を合わせた。
しばらくするとステージが暗転して、子猫達が舞台から退場。
再びステージに照明が灯ると、壇上に天井からワイヤーで吊るされた三つの銀色の大きなフラフープが等間隔で、台座に置かれていた。
すると体長三十セレチ(約三十センチ)くらいの青い小竜が壇上に現れた。
そう、アイツは兄貴がマルクスから託された小竜のブルーだ。
最初は分からなかったけど、どうやらブルーは小竜族の
ブルードラゴンのようだ。 端的に言えば極端に小さいドラゴン種だ。
だが小竜族でも龍は龍。
ブルーは見かけによらずかなりの大食いだ。 正直餌代も馬鹿にならない。
なのでコイツにも旅芸人一座の仕事を手伝わせている。
そして自らの仕事を果たすべく、ブルーが口内から火炎ブレスを放射。
すると台座に置かれていた三つのフラフープが炎に包まれた。
あのフラフープには事前に発火薬を塗っているから、当然の現象だ。
だが周囲の観客は歓声を上げる。
メイリンとエリスもノリノリでキャー、キャーと声援を送る。
しばらくすると派手な赤い衣装を着たドラガンが、
颯爽と壇上に現れて、観客に向けて軽く一礼。
「キャーッ! ドラさんっ!!」
「頑張ってください、ドラさん!!」
興奮のあまりドラさん呼ばりに戻る二人。
そして壇上のドラガンは物凄い勢いで、燃え盛るフラフープに突撃。
燃え盛るフラフープの中を次々と潜るドラガン。
壇上の端に着くなり、即ターン。
再び燃え盛るフラフープの中を潜り、最後は大きく垂直に跳躍して、宙で身体を回転させながら、綺麗に両足から着地して、両手を広げるドラガン。
やや間を置いてから、
観客席から歓声が沸き起こり、壇上に黒い幕が降りて終演。
次回の更新は2018年11月17日(土)の予定です。