第五百九十九話 怯防勇戦(中編)
---ラサミス視点---
「どうやら空での戦いは決着がついたようだ。
あの白衣の大天使が封印結界の類いの大結界を張って、
戦線を離脱したようだな、この辺まで結界は……」
オレはそう言って、
左手で周囲の空間に触れるが、特に異変はなかった。
どうやらこの付近までは、結界の影響はないようだ。
「空の戦いが終わったのなら、
私達も無理に敵を追撃しない方がいいのでは?」
このミネルバの発言は、
この状況下においては妥当なものと言えた。
だが敵は大天使。
倒せる時に倒した方が良い気がする。
あの空中要塞を見れば分かるが、
奴等の技術力や文化レベルは、
オレ達のそれを遙かに大きく上回っている。
「まあその判断は、マリウス王弟に任せよう」
「お? その猫の旦那の許へ行ったオレの兵士が
こちらに戻って来たぞ」
デュークハルトの言葉を聞き、
オレは後ろに振り返ってみると、
馬頭の獣人兵がこちら走って来る姿が見えた。
十数秒後、馬頭の獣人がオレ達の近く来ると、
雨でぬかるんだ地面に左膝をつけて、やや早口で伝令を伝えた。
「お伝えします。 マリウス王弟殿下から、
追撃の許可をを得ました。 但し深追いは避けて、
平原の西の深い森付近に達したら、追撃を中止せよ。
と申しておられました」
まあ妥当な判断だな。
西の森の火事がこのまま収ればいいが、
それも現時点じゃ不透明。
また人工降雨で地面もぬかるんでいる。
この状態で深い追いするのは少々危険だな。
「他には何か言ってなかったか?」
「あ、デュークハルト様!
あ、後は西の森の周辺を毒物探知して、
毒物反応があるか、どうかを確かめよ、との事です」
「毒物探知?
何故そんな事をする必要があるんだ?」
オレがそう言うと、横からクロエが会話に割り込んで来た。
「あの空中要塞クラスの機動兵器だと、
人体に有害な物質などで、構成されている可能性があるのよ。
だから事前に毒物探知するのは妥当な判断よ」
「そうか、まああんだけの巨大要塞だからな。
製造過程でどんな有害物質が使われているか分からん。
そうだな、ここはマリウス王弟の指示に従おう」
「オレも賛成だ。 でその毒物探知は誰がやるんだ?」
と、デュークハルト。
「あ、アタシは出来ないわよ」
そうか、メイリンでも出来ないのか?
まあ普段あんまり使うスキルじゃないからな。
だから習得してなくてもおかしくないな。
「私は一応使えるわよ。
誰も使い手にならないなら、
私がその役に立候補するけど……」
「それじゃクロエさん。
悪いけど、お願い出来るかな?」
「ラサミスくん、ええ、分かったわ」
するとクロエは、
腰帯にぶらさげた皮袋に右手を突っ込んだ。
そして皮袋の中から右手一杯に握りしめた白い粉を取り出した。
「それでは毒物探知を開始するわ。
……ハアァア……アァァァ! 毒物探知ッ!」
そう呪文を離礁して。
クロエは両眼を瞑り、精神を集中させた。
それから再び腰帯の皮袋に右手を入れて、
今度は黒い粉を取り出した。
その黒い粉を地面に巻かれた白い粉の上にふりかけた。
すると白い粉の上で、
黒い粉が「しゅうう」っという音を立てて、黒光りした。
その光景を見据えながら、クロエが言葉を紡ぐ。
「……前方十時方向の三キール(約三キロ)先にある西の森から、
一部の有毒物質反応があるけど、
恐らくこれは火事で発生した一酸化炭素でしょう。
それ以外にも小さな毒物反応はあるけど、
多分、森にある毒草や毒キノコの類いでしょう。
心配される要塞の残骸から漏れた有毒物質はないと思うわ」
「どうやら最悪の事態は避けれたようだが、
火事による一酸化炭素中毒も危険と言えば危険だ。
だから追撃は西の森の手前で止めた方が良さそうだな」
成る程。
最悪のケースは避けれたが、
油断出来ない状況ではあるようだ。
ここはマリウス王弟や剣聖ヨハンの言葉に素直に従おう。
「分かりました。
後、敵の数を一応、索敵しておきませんか?」
「嗚呼、そうだな。 それがいいな」
と、剣聖ヨハン。
「じゃあメイリン、魔力探査を頼む」
「分かったわ。 ――魔力探査開始っ!!」
メイリンはそう言いながら、両目を瞑り、精神を集中させた。
数十秒後、「うう……ん」とメイリンが小さく呻いた。
広範囲の探査は、想像以上に魔力と精神力を消耗するようだ。
そして一秒、十秒、三十秒、と時間が経過。
「探査終了。 二時方向、約二キール(約二キロ)大天使と思われる強い魔力反応を検知。
その周辺に一千、いや二千以上の魔力反応も検知。
どうやら敵の大天使が殿を務めているようね」
「そうか、ならばその大天使と戦うのも有りだな。
ミネルバは飛竜に、オレとメイリンは軍馬に!
ジュリーとバルデロンはポニーに乗れ。
この雨で地面が泥濘んでいるから、
無理せずゆっくりと進むぞ」
「「ええ」」「「はいっ!」」
「良し、我々「ヴァンキッシュ」も追撃に参加しよう」
「同じくオレ様とその部下も参加するぜ」
「ヴァンキッシュ」とデュークハルトが同行してくれるのは、
素直に有り難いし、戦力としても頼もしい。
それに加えて傭兵及び冒険者部隊五百人。
シモーヌ副隊長率いる「ネイティブ・ガーディアン」三千名が
追撃に参加する事となった。
「カーマイン殿、賊軍――エルフ族の文明派の残党と
交戦した際には、敵の首魁の始末は、
我々に任せて頂けませんか?」
「ええ、お任せしますよ」
「ありがとうございます!」
このお姉ちゃん――シモーヌ副隊長は、
見かけによらず好戦的だが、
追撃戦の戦力が欲しいところだからな。
だからこの場は彼女に従い、
気を良くさせていた方が何かと良いだろう。
そしてミネルバは、先の戦いの空戦で乗った飛竜。
ギルガストを再び借り入れて、その背中に乗った。
オレは黒い軍馬、メイリンは栗毛の軍馬。
ジュリーは栗毛のポニー、バルデロンは白いポニー。
そしてデュークハルトは、鹿毛の軍馬に、
それぞれ跨がって、二時方向に向けて走らせた。
……あまり無理はしたくないが、
状況次第では、敵の大天使を叩いておきたい。
今はこちらが有利だが、
天使側の文化レベル、技術レベルは、
オレ達が想像している以上のモノだ。
今後、あの空中要塞以上の機動兵器が実戦投入される。
というのは充分にあり得る未来だ。
そうなる前に少しでも敵の戦力を減らしておくぜ。
オレはそう胸に刻みながら、
両手で器用に手綱を操り、黒い軍馬を走らせた。
次回の更新は2025年3月23日(日)の予定です。
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