第五百三十九話 救世主きどり(後編)
---三人称視点---
『さて、何処から話したもんか。
まあ要点を絞って言うから、
気になる部分があったら指摘してくれ』
「嗚呼」
そう言葉を交わして、
先代魔王ムルガペーラは、
やや大仰な口調で過去話を語り出した。
『アレは第一次ウェルガリア大戦の中期だったな。
その時は予想に反して、四大種族連合が強くて、
魔族の幹部も何人かが戦死していた。
なのでその穴埋めをするべく、
オレは幹部候補生から数人をピックアップして、
どいつを新たな幹部にするか、悩んでいた』
「そうか」
『その中で白羽の矢に立ったのが渦中の人物だ。
名前は……忘れてしまったな。
まあそいつは百歳前後といった年齢で、
魔族としては、若すぎもせず、年も食いすぎず、
といった感じに加えて、
頭脳明晰、戦闘能力も高い。
おまけに弁も立つ、といった優良な人材だったが……』
「……救世主きどりになったのか?」
『まあ救世主きどりというよりかは、
英雄きどりかな? でも最初の頃は上手く行ってたんだ。
新幹部となったそいつは、
古参や先輩の幹部を立てながらも、
自分の意見や戦術を積極的に述べた。
また数々の任務を無難にこなしていった。
まあ魔王からすれば、有り難い存在さ』
「ふむ」
『だが活躍を重ねるごとに、
そいつは日に日に態度がデカくなってきた。
挙げ句の果てには、
古参幹部や先輩幹部にも戦術面で口を出す。
「アンタ等は古いタイプの司令官だ」
とか言い出してさ、当然、幹部内の空気は、
悪くなったよ、でもオレはそれでも
そいつを限界まで庇ったんだがなあ。
でもそしたらそいつは、
オレに対しても上から目線で意見を言うようになったんだ』
「……成る程、確かに英雄きどりだな。
多分、自分が歴史上の人物になりつつある。
とか誇大妄想を抱き始めたのであろうな」
レクサーの指摘は、概ね正しかった。
ムルガペーラもレクサーの指摘を素直に受け入れた。
『嗚呼、まさにそんな感じだったよ。
オレは正直、不思議だったよ。
若くて聡いと思った若手幹部が日に日に
馬鹿になっていく姿を見て、
「なんでこいつ、急に馬鹿になったんだろう?」
と、内心思っていたよ』
「……オレの時の大戦。
第二次ウェルガリア大戦では、
幸いにもそういう奴は出てこなかったな」
と、レクサー。
『そうか? だから勝てたのかもな』
「……そうかもしれん」
『まあいい、まあ結局、そいつは無茶な作戦を
言い出して、面倒だからそいつの言い出した作戦を
そのままやらせたけど、
無謀な作戦だったから、そいつもあえなく戦死したよ』
「そうか……」
『でオレの言いたい事、分かるか?』
「何となくだが分かる気がする。
要するに今度の戦いは、
世界を股に掛けた戦いになるであろう。
その時に誰かが「オレがこの戦いの救世主になる」
といった具合に救世主きどりしたら、
魔王として最大限に注意せよ、という事だな?」
『ふうん、レクサー。 やっぱりお前は馬鹿じゃねえな。
オレの言わんとする事を即座に理解した。
今回の戦いは、お前が言うように、
この世界の覇権を掛けた戦いになるだろう。
その時に自意識が肥大化した馬鹿が現れる。
……というシチュエーションは覚悟しておくべきだな』
「……オレ自身、そうならないように気をつけよう。
ところで一つ質問していいか?」
『……何だ? 言ってみろよ?』
だがレクサーはすぐには言い出さなかった。
彼自身、他人に聞くべき問題か?
という疑念を抱いたからだ。
だがこの男の意見は聞いておきたい。
レクサーはそう決心して、
真面目な口調で先代魔王ムルガペーラに問うた。
「貴様なら天使相手にどう立ち振る舞う?
やはり正面から全面戦争を挑むのか?」
『……成る程、興味深い話だな。
答えはイエス、と言いたいところだが、
実際は限界まで様子見するだろうな』
「様子見? 貴様らしくないな」
『だって相手は天使様だぜ?
どんな魔法や能力、それに発達したテクノロジーを
持っているのかも分からん相手だぞ?
そんな連中と真正面で戦うほど、
オレは馬鹿じゃねえよ……』
「そうか……」
『だが相手がどういう理由で、
ウェルガリアに侵攻して来るかは、
色々と探っておいた方がいいな。
そうしないと相手との対話の機会も失う』
「嗚呼、ならばオレもしばらくは様子見で行こうと思う」
『まあそれが一番無難だろうよ』
「……もう一つ聞きたい事がある。
もう戦うしかないという状況になったら、
貴様はどうする? 戦うのか? あるは降伏するのか?」
『……』
この問いに関しては、
ムルガペーラもすぐには、
答えが出なかったようだ。
だが何十秒か、考えた後に――
『まあ結局、戦うしかねえだろうさ。
魔族とはそういう生き物じゃねえか。
あっ、でも今のお前は魔族以外の種族も率いる立場か。
そうなるとオレのような答えは出せないよな。
まっ、その辺は他の種族の頭も交えて、
よくよく話し合うんだな』
「……うむ、それが良さそうだな。
今回はなかなか有意義な会話であった。
貴重な意見に感謝する」
『……レクサー、お前も律儀だな。
だがオレとしても悪い気はしねえ。
まあオレは気楽な立場で高見の見物をするよ。
でも「救世主きどり」やそれ以外の馬鹿にも
注意しろよ、んじゃ適当に頑張れや!』
「……」
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そしてレクサーは目を覚ました。
視界に映るのは慣れた魔王の寝室の天井。
レクサーが眠っていたベッドの右隣には、
皇后マリアローリアが寝ていた。
「……兎に角、細心の注意を払おう。
オレの一存で魔族やこの世界を滅ぼす訳にはいかん」
レクサーはベッドから起き上がると、
純白の寝間着の上に黒いガウンを羽織り、
近くの木製の椅子に腰掛けて、一言漏らした。
「救世主きどりか……。
オレ自身がそうならないように務める必要があるな。
兎に角、焦っては駄目だ。
慎重に慎重に物事を見据えてから、行動しよう」
次回の更新は2024年11月3日(日)の予定です。
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